第60話 極寒の地と、魔導カーペット
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国から北へ、およそ三百リーグ。
そこには雪と氷に閉ざされた地、バレンティア公国が広がっていた。
連なる山々には年中雪が降り積もり、風は骨まで冷やす。
だがその寒冷な地にも、人々は根を下ろし、代々の暮らしを守っていた。
達夫はそのバレンティアから届いた一通の手紙に応え、公国を訪れることになった。
彼の足元には、戦いを共にしてきた小型の運搬魔導具〈キャリオス〉が転がっていた。
家電道具を詰め込んだ魔導鞄とともに、雪原を越え、氷の砦に向かって歩みを進めていた。
「ふぅ……寒っ! これは電気毛布レベルじゃどうにもならんぞ……」
雪原を渡る風は、達夫の体に容赦なく吹きつける。
だが、彼の目は輝いていた。
「この寒さを逆手にとって、暖房系家電の真骨頂を見せるチャンスだな……」
達夫を出迎えたのは、バレンティア公国を治める若き公女、ミレイナ=バレンティア。
蒼銀の長髪に、氷のような白い肌。
寒冷地に適応した美しき公女は、礼儀正しく頭を下げた。
「ようこそ、ルメリアの英雄、佐藤達夫殿。ご足労、感謝いたします」
「こちらこそ、お招きいただき光栄です。……早速ですが、お手紙にあった“暖房器具の開発要請”、詳しくお聞かせいただけますか?」
ミレイナの表情は硬く、厳しい現実を語った。
「私たちの公国では、魔力炉の出力が限られており、魔法による暖房は貴族領の一部にしか届いておりません。一般の民家では、薪も貴重な資源で……この冬、多くの民が凍死の危機に晒されています」
「なるほど……なら、消費魔力が少なく、それでいて広範囲を効率的に暖められる装置が必要ですね」
「はい……できることなら、火を使わず、煙も出ないものを……。密閉された家屋では、一酸化炭素中毒も問題になっております」
達夫は深く頷いた。
「了解しました。私が試作機を持ってきた“魔導カーペット”なら、その条件、すべてクリアできるはずです」
「魔導カーペット……?」
公女とその側近たちは、首を傾げた。
だが達夫は自信満々だ。
「これを見てください」
彼が広げたのは、厚さ一センチほどの柔らかな布地。
見た目はただの敷物だが、裏面には微細な魔法回路が編み込まれていた。
「この中に“魔力伝導繊維”を使った加熱回路が組み込まれています。魔石を接続すれば、穏やかな熱が全面に広がる仕組みです」
「この薄さで……全体が温まるのですか?」
「はい。しかも、燃焼も排気も不要。煙も匂いもなし。寒さで凍えた足元からじんわりと暖まり、部屋全体に熱が伝わるんです」
試しに魔石を接続すると、じわじわとカーペットが発熱を始めた。
ミレイナの側近が思わず声を漏らす。
「……これは……! ほんのりと……まるで陽だまりのようだ……!」
「この快さ、ただの魔法とは違う……。魔力の揺らぎがまったくない、一定の温もりだ……!」
達夫は、畳みかけるように説明を続ける。
「しかも、出力は三段階で調節可能。魔石のエネルギーを効率よく使い、最低出力なら一晩以上稼働できます。回路が耐熱保護されているので、焦げたり焼けたりもしません」
「……まさに理想的です……!」
ミレイナの瞳に、希望の光が差した。
試作された魔導カーペットは、まず氷の城の使用人の詰所に試験的に導入された。
「うそ……なんて、あったかいの……?」
「寒さで足の感覚がなかったのに……今日は眠れそう……!」
やがて、その温もりは城下町の民家にも届けられた。
「ばあさんの足がもう動かないかと……でも、これを敷いたら、血色が戻ってきたんだ……!」
「子供たちが初めて、夜に震えずに眠ったんですよ……ありがとう、ありがとう……!」
雪の降る夜。
小さな家の中に、確かな“ぬくもり”が生まれていた。
数日後、ミレイナは研究室を訪れ、達夫に深く頭を下げた。
「達夫殿……あなたの家電は、民の命を救いました。私は公女として、これほど心強い贈り物を受け取ったことはありません……」
彼女の頬を一筋の涙が伝う。
「この国は、氷に閉ざされていても、希望は失わずにすみました……」
達夫は照れくさそうに笑った。
「道具は、人の手で使ってこそ価値がある。あなたの優しさと、民を想う心が、魔導カーペットに命を吹き込んだんです」
ミレイナは微笑み、手を差し出した。
「願わくば、この先も、あなたの知恵を借りることができれば……」
「もちろん。俺の知識で良ければ、いつでも」
新たな友情と信頼が、氷の地に芽吹いた瞬間だった。
バレンティアを後にする日。
城の広場には、魔導カーペットを抱えた子供たちと、見送りの民が集まっていた。
「ありがとう、おじちゃん!」
「達夫様、また来てくださいね!」
「身体に気をつけてな!」
それらの声に手を振りながら、達夫は雪原をあとにした。
(次は……“湿気”の問題かな。高湿度で悩んでいる地域があったはずだ)
彼の挑戦は続く。
家電という名の知恵と、魔法という未知の可能性を携えて。
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