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『定年異世界転生 ~家電の知識で魔法文明をアップデート!~』  作者: ねこあし


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第53話  魔導プリンターと、記憶の綴り手

いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。


作品ナンバー2。

ほっと一息ついていただければ幸いです。

王都アステリアの西端に位置する魔導技術研究所。


深夜にも関わらず、灯りの絶えぬ一室があった。


そこは、佐藤達夫が直々に管理する“機密開発室”――王国でもごく限られた人物しか立ち入ることの許されぬ場所だ。


今、その机上には、精巧な銀の魔導装置が鎮座していた。


大小様々な歯車と魔石で構成されたそれは、まるで近代的なプリンターのような形をしていた。


「……よし、魔力回路の動作も安定してる」


達夫は額の汗を拭いながら、隣に立つ技術補佐官のラゼルへ頷いた。


「これが、“魔導プリンター”……ですね?」


「そう。紙とインクではなく、“魔導紙”と“魔素インク”を使って、文字だけでなく魔法陣や図形、さらには小規模な結界符まで出力できる。記憶の保存や知識の伝達、あるいは戦闘における即時支援にも使えるはずだ」


「つまり、“記録と魔法の融合”というわけですね。まさに、現代知識と魔導技術の結晶です」


達夫は、魔素インクの出力部を微調整しながら答える。


「王都に記録を残す“印刷”の概念は存在していたけど、手作業の複製や魔力による転写には限界があった。しかも、魔導書ってのは高価で貴族や学者しか手に入れられない。でも、これを使えば――庶民でも、“魔法の知識”に触れられる時代が来る」


ラゼルの目が光る。


「革命的ですね……! でも、それは同時に、これまでの“情報の支配者”たちを敵に回す可能性もあるのでは?」


「……それは重々承知してる」


達夫は魔導プリンターを起動させ、試作の魔導紙をセットした。


魔石が淡く光り、内蔵された小型魔法陣が高速で回転を始める。


そして数秒後、一枚の薄い紙が排出された。


そこに描かれていたのは、美しく整った円形の魔法陣と、ラテン語に似た文字列。


「《記録の魔法陣》です。これは、術者の記憶を一時的に封じ込め、後から読み取れる簡易装置。いわば“魔法のUSB”みたいなもんだ」


「ではこれを利用して、ユリウスの記憶や技術を、安全な形で配布するのですね」


「その通り。情報というのは“力”でもあるが、“希望”にもなる。伝え方さえ誤らなければ、未来を変える原動力になるんだ」


達夫は微笑みながら、第二枚目の印刷を始めた。



ラダン・エルトマール四世は、夜半の執務室で一人、報告書に目を通していた。


そこには達夫が完成させた魔導プリンターの試作機の詳細が記されていた。


「……これが、文字と魔法を“民に解き放つ”装置か」


机の脇に立つのは、王国諜報機関《影の手》を束ねる総長・ヴィルド。年老いた隻眼の男だ。


「陛下。プリンターの量産が始まれば、魔法理論や魔導技術の拡散は避けられません」


「その影響は理解している。だが同時に、時代の流れも止められぬ」


「……ならば、利用するまで」


ヴィルドはゆっくりと笑った。


「我らもこの技術を“選別した者たち”にだけ配布すべきです。無闇に民衆へ渡せば、秩序が崩壊します」


ラダンは静かに応じた。


「それについては、達夫殿と話し合いを進めている。問題は……“敵国”だ」


「すでに動きがあります。南方ヴァルデス帝国が、“魔導知識拡散”の動きを警戒し、情報操作に動き出したようです」


「早すぎるな……」


ラダンの瞳が、王都の方角を見つめた。


「どうやら、時代は思った以上に早く回り出しているようだ。達夫殿の才覚が、いよいよ“世界”に届こうとしているのか」



市民が集う広場の一角に、簡易設置された“魔導知識配布所”が設けられた。


そこでは、魔導プリンターによって印刷された“初歩の魔法理論”や“生活魔法の簡易応用”などの文書が無料で配られていた。


達夫は、目を輝かせる少年少女たちを見つめながら呟いた。


「こうして少しずつ、“魔法が貴族だけのもの”じゃなくなっていく……その第一歩だ」


そのとき、彼の元に、見知った顔が現れた。


「……久しいな、佐藤達夫」


それは、元宮廷魔導士であり、かつてのユリウスの弟子でもあった男――レオン・ファーゼルだった。


「レオン!? 無事だったのか!」


「追放されただけだ。ユリウス様の記憶が戻りつつあると聞いてな」


達夫は一瞬警戒したが、レオンの顔には敵意はなかった。


「私も、君のやり方を応援するよ。ただし……“真実”にたどり着くには、まだ壁がある」


「……何のことだ?」


「ユリウス様の最後の研究。それは“自己記憶の封印解除”だ。その鍵となる魔導印刷式が、この世に一つだけ、残されている」


達夫はその言葉に息を呑んだ。


「どこにある?」


「……彼の故郷、《記憶の谷》に」


それは、王国北部、かつての魔導士一族が隠れ住んだ場所。


現在では封鎖され、立ち入りが制限されている。


「なら行くしかないな。全てのピースを揃えるために」


「その前に、“鍵となる文書”を魔導プリンターで再現する必要がある。だが、その魔素インクは特殊な調合が必要だ。普通の手段では……不可能に近い」


「だったら俺が“配合”してみせる。異世界のインク調合と、この世界の魔素の性質を融合させれば、可能性はある」


達夫の目に、決意の光が宿った。



特殊な暗室で、達夫は魔素インクの調合に取り掛かっていた。


インクには、《夜光草》《深海の魔水》《空蝉の灰》など、極めて稀少な素材が必要だった。


ラゼルが記録用の魔導板を手に、助手として立ち会っていた。


「成功すれば、“記憶解放文書”が蘇る……まるで、人の記憶を紙に刻むような技術ですね」


「それが“人の意思”として伝わるなら、ユリウスの想いも、未来に残せる」


調合が完了し、インクが淡く発光する。


達夫は魔導プリンターに魔素インクを注ぎ、最後の魔力入力を行った。


──カタリ、カタリ。


歯車が回転し、魔石が輝き、ついに一枚の文書が印刷された。


それは、ユリウス自身が最後に残した“封印解除呪式”。


達夫はそれを見つめ、静かに息を吐いた。


「――これで、“記憶の扉”が開ける」


そして、彼は《記憶の谷》へと旅立つ決意を固めた。


それは、かつて封じられた天才の記憶を、未来へと綴る“新たな物語”の始まりだった――。

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