第47話 魔導通信機と、遠くの声を結ぶ橋
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
「……達夫様、本当に……これで遠くの者と話ができるのですね?」
静寂に包まれた魔導技研ラボの一角。
アステリアの王立魔導技術研究所で、今日も佐藤達夫は新たな魔導具の前で微笑んでいた。
彼の目の前には、青白く淡い光を放つ球状の装置が鎮座していた。
直径およそ二十センチ。
透明な水晶の中には、紫色の魔力の粒がゆっくりと回転している。
「そうだよ。魔導通信機——君たちの世界で言う“遠隔通話魔具”の進化版さ。魔力の強さに依存せず、安定して通信できるようにした。しかも、これが一つじゃない。複数の端末と同時に繋がるんだ」
達夫がそう言うと、助手のラゼルは驚きのあまり口を手で覆った。
「魔力の強さに左右されない……?それは、軍でも大変な需要があるのでは……」
「それも視野に入れてる。いや、むしろ最初から考慮していたよ。この“戦乱の大陸”で情報伝達の速さがどれほど価値を持つか、痛感しているからね」
達夫が開発した「魔導通信機」は、これまで王国が使用していた“念話水晶”とはまったく違う構造を持っていた。
念話水晶は、使用者同士の魔力を媒介にして短時間だけ意識を繋げるというもので、強力な魔力を持つ者でなければ通信できず、また長距離や同時通信には対応していなかった。
それに対し、達夫の魔導通信機は「魔石バッテリー」に蓄えた魔力を信号化し、それを“魔導波”として空間に飛ばす技術を用いていた。
送信側と受信側の魔導通信機が同じ「符号結晶」を内蔵していれば、場所や時間に関係なく通信が可能になる。
「たとえば、最前線の部隊と王都本部がリアルタイムで状況を共有できる。あるいは、災害時の避難指示も迅速に行える。家電が生活を変えたように、この通信機は“国”を変えるかもしれない」
「まるで……神話の中にある“風の精霊の声”のようですね」
ラゼルはうっとりと魔導通信機を見つめた。
その姿を見ながら、達夫の脳裏にはかつての日本の携帯電話の進化と、それに伴う社会の変化がよぎっていた。
魔導通信機の初の実地試験は、ルメリア王国軍の司令本部と、北部国境付近にある前哨基地との間で行われた。
「こちら前哨基地。通信機、起動完了。魔力出力、安定しています」
王国軍通信兵の声が、クリアに司令部の魔導通信機から流れた。
その場にいた将軍たちは一様に驚愕の表情を浮かべた。
「まさか……これほどまでに明瞭な声が、しかも時差なく伝わるとは……」
「これまでの通信具とは比べ物にならん!戦局が一変するぞ!」
達夫はその様子を静かに見守りながら、ただ一つの問いを投げかけた。
「ですが、この力……本当に使うべき場所はどこでしょう?」
「……なんだと?」
「戦争を有利にするためだけに使っていては、いずれ歪みが生まれます。これは“繋ぐ”ための魔導具です。人と人、国と国、心と心を」
一瞬、場が静まり返った。
しかし、その言葉が投げかけた種は、将軍たちの心に確かに根を下ろし始めていた。
数日後、意外な人物がアステリアを訪れた。
ルメリアの隣国、ガレスト王国からの特使であった。
「我が国は、魔導通信機の技術に強く関心を抱いています。達夫殿、その技術を、ぜひ我々にもご教授願いたい」
ラゼルが警戒の色を浮かべる中、達夫はしばし沈黙した後、静かに答えた。
「それは……あなた方が、何を“繋ぎたい”かによります」
「……?」
「この魔導通信機を通して、他国の民の悲鳴を聞きたいのか。それとも、友の声を届けたいのか。目的によって、この技術の意味はまったく変わる」
特使はしばし達夫を見つめ、最後に深く頷いた。
「……我々は、前者ではなく、後者であることを願います」
王都に戻った達夫は、ラゼルと共に次なる開発へと歩みを進めていた。
魔導通信機はすでに十数台が完成し、王国各地の要所に配備され始めていた。
ある日、避難民の少女がラボを訪れた。
「おじさん、この箱……話しかけたら、遠くの人に届くの?」
「そうだよ。誰に声を届けたいんだい?」
少女は、震える声で答えた。
「お父さん……まだ帰ってこないの。きっと北の方にいるの。……この“ラジオ”で、お父さんに伝えられる?」
達夫は微笑んで魔導通信機を少女に手渡した。
「名前を教えてごらん。届けてあげよう、君の声を」
少女は、涙を浮かべながら名を告げた。
遠く北の村で、少女の父はその声を聞いた。
「……マリア?マリアの声……」
魔導通信機はただの機械ではなかった。
それは、“遠くの声”を、“心”に変える橋だった。
魔導通信機の普及は、やがて王国と隣国との通信網にも応用されることになった。
外交の場では、初めて“顔を合わせずとも”協定を結ぶための会話がなされ、前線の兵士たちは本国の家族と声を交わせるようになった。
戦乱の大陸において、家電は武器にも、希望にもなりうる。
達夫はそれを、誰よりも理解していた。
「これは……人を繋げる魔法だ。戦争を終わらせる魔法にも、なれるかもしれない」
空を見上げる達夫の瞳には、今日も確かな決意が宿っていた。
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