第43話 魔導ドローンを狙う敵国のスパイ
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作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
アステリアの空を、無音の影が横切っていた。
それは鳥でも、魔物でもない――翼の代わりに回転翼を持ち、金属製の胴体から青白い魔光を放つ、小型の機械。
魔導ドローン。
佐藤達夫が開発したその魔導具は、王国防衛の要として急速に注目を集めていた。
かつて、異世界に転生してきた元家電技術者――佐藤達夫。定年退職を迎えた彼が持ち込んだ「家電」の概念は、魔導技術と融合し、この世界の文明を一段階押し上げた。
だがその進歩は、必ずしも王国の内だけにとどまるものではなかった。
隣国・ゾルタニア帝国。
その中枢にある諜報機関“黒羽団”は、ルメリア王国の急成長を警戒していた。
「佐藤達夫――魔導ドローンの開発者。この老技師の命が、戦局を変える」
そう断じたのは、黒羽団の若きスパイ、エリアス・クライン。
偽名で王都アステリアに潜入した彼は、街の片隅で小さな工房を開き、ひそかに魔導技研ラボへの接近を図っていた。
「この辺りに、新しく入った工房があるらしいわよ」
王都の情報屋がそう告げたとき、助手のラゼルの眉がぴくりと動いた。
「達夫様、妙な動きがあります。ラボの近辺に不審な出入りが増えてるんです。誰かがドローンの製造工程を探っているのかもしれません」
「ふむ……情報が漏れているのか……」
達夫は、静かに頷いた。
魔導ドローンは、王国軍が現在進めている“次世代防衛計画”の要となる存在だった。
人が立ち入れない地帯の偵察、魔物の群れの監視、果ては簡易的な物資輸送にも応用可能で、他国が喉から手が出るほど欲しがる代物だった。
そして、まだ設計図の一部は達夫の脳内にしか存在していなかった。
それだけに、この技術が敵の手に渡れば、ただの損失では済まない。
一方、工房に潜伏するエリアスは、着々と準備を整えていた。
「この街の魔導工学は思っていた以上だ。だが……やはり、核心はあの老人にある」
彼は昼は親切な修理職人としてふるまいながら、夜は盗聴魔具を街路灯に忍ばせ、ラボへの通信魔法の傍受を続けていた。
やがて、ついにドローンの試験運用が北部演習場で行われるという情報を手に入れた。
「これはチャンスだ……」
その夜、彼は荷物をまとめ、馬車に魔導偽装布をかけると、誰にも気づかれないよう静かに王都を出発した。
だが、その動きは達夫たちの目を欺けなかった。
「やはり動いたか。ラゼル、試作機はどうなっている?」
「既に飛行準備完了です、達夫様。……監視型ドローン2号機、起動します」
ラゼルの声に応じ、ラボの屋上から魔導ドローンが音もなく浮上し、空へと駆けた。
宙を舞うそれは、既にエリアスの馬車を視認していた。
映像はラボ内の魔晶球に転送され、リアルタイムで進路を追跡している。
「やはり……北部演習場へ向かっているな。こちらも動こう」
達夫は旅装を整えると、王国治安局に連絡を取り、追跡の準備を整えた。
二日後――
北部演習場の外れに位置する古い監視塔に、エリアスは潜んでいた。
「これが……魔導ドローンか。実物は、思っていた以上に洗練されている」
遠く上空を旋回するドローンを見つめながら、彼は魔導双眼鏡を操作し、機体の構造を記録していく。
彼の腰には、盗撮魔具、複製用の魔導印刻板、そして帰還用の転移符が仕込まれていた。
(もう少しで……)
しかしその瞬間、彼の背後で「パシィィン!」と雷光が弾けた。
「動くな、スパイ」
声の主は、ラゼルだった。
両手には制圧魔具の「連鎖魔鎖」が光り、周囲には王国治安局の兵が姿を現していた。
「どうして……気付かれた……?」
エリアスの問いに、達夫がゆっくりと姿を現した。
「君が設置した盗聴魔具の中に、旧式の“音叉式魔力共鳴子”が混じっていたんだ。あれは私が昔使っていた型でね、すぐに分かったよ」
エリアスは、敗北の色を浮かべながらも、どこか笑っていた。
「なるほど……やはり、お前が“知識の本体”だったのか。……ルメリア王国は恐ろしい老人を持ったな」
「君のような若い人間が、その力を他者の奪取に費やしているのは、悲しいことだよ」
達夫の言葉に、エリアスは無言でうつむいた。
王都へと連行される道中、エリアスは達夫に問うた。
「なぜ、そこまでしてこの世界の技術を進める?」
達夫は馬車の窓から遠くを見つめたまま、静かに答えた。
「誰かのためだ。……君のような者が、道を誤らなくてすむように」
やがて、魔導ドローンの守秘はさらに厳重となり、魔導技術の軍事利用について、王国上層部は本格的な議論を始めることとなった。
スパイ事件を経て、達夫の心には新たな重荷が生まれていた。
技術は剣にもなる。
だが、それをどう使うかは――人の心次第なのだ。
だからこそ、彼は今日もまた魔導具を創る。
人の生活を支える道具として。
たとえ、そのすべてが戦場に引き込まれるとしても、技術の本質だけは決して汚さぬように。
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