第42話 魔導ドローンと監視の是非
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の北西、国境に接する砦都市ファーレン。
その空に、奇妙な光を放つ小型の飛行物体が舞っていた。
「……またあの鳥のようなものが来ている」
歩哨に立つ若き衛兵が、空を見上げて呟いた。仲間の衛兵が眉をひそめる。
「あれは“鳥”じゃない。“魔導ドローン”と呼ばれる、王都の魔導技研ラボが造った新型の監視具だ」
それはまるで、小型の機械鳥のような形状だった。
羽根の代わりに魔力の推進器がつき、空中を自在に滑空しながら、搭載された“魔眼レンズ”で地上の様子を記録している。
その発明主はもちろん――佐藤達夫。
王都アステリアの魔導技研ラボ。
達夫は机に向かい、ノートに設計図を描きながら、ドローンの映像を映す水晶盤に目を向けていた。
「……これで、国境警備もかなり効率化できるな」
達夫が開発した“魔導ドローン”は、遠隔操作が可能であり、加えて自律的に巡回ルートを飛行するようにプログラムされていた。
しかも、魔導録画機能を搭載しており、記録した映像は通信魔導陣によって本部に転送される。
実用化が始まって数週間。王国軍からの評価は非常に高く、防衛大臣も直接達夫の元を訪れたほどだった。
しかし、その一方で、ある種の“危うさ”も同時に生じていた。
「市街地にまで、魔導ドローンが飛ぶようになったって?」
アステリアの下町にある小さな居酒屋で、男たちの会話が聞こえてきた。
「昨日も見たよ。俺の工房の屋根の上で、あの機械鳥がじっとこっちを見てた」
「まるで、誰かに監視されてるみたいだな……。俺たちが何をしたって言うんだ?」
市民たちの間には、不穏な空気が流れ始めていた。
本来、魔導ドローンは国境や軍事施設の監視に使われるはずだった。
だがその有用性が注目されるにつれ、貴族の屋敷や城内、ひいては一般市街地にまで導入が進められていたのだ。
それはまるで――“魔導による監視社会”の始まりのようにも見えた。
「達夫様、民間からの不満が少しずつ……」
助手のラゼルが、報告書を手に研究室へ入ってきた。
「“魔導技術は民の生活を支えるものであるべきで、支配や監視のために使うべきではない”という抗議が、各地の市民団体から届いています」
達夫は手を止め、しばらく黙って空を見つめた。
「……便利すぎる技術は、時に使う者の心を映す鏡になる」
魔導冷蔵庫も、魔導洗濯機も、すべては人々の暮らしを豊かにするための道具だった。
しかし今、自分の技術が“監視”という形で人々を萎縮させている。
「俺は……どこで道を誤ったんだろうな」
そんなある日、国境から急報が届く。
北隣のヴァルゼ王国との国境地帯に、不審な魔力の集まりが感知されたのだ。
魔導ドローンが自動的に記録した映像によって、敵国が何かを準備している兆候が明らかになった。
この報を受け、王国軍は迅速に動き、事前に防衛体制を整えることに成功した。
「――侵略の芽を摘めたのは、魔導ドローンの力によるものです。佐藤殿、あなたの功績は計り知れない」
防衛大臣は深々と頭を下げた。
だが、達夫の表情は浮かない。
「それが……市民の自由を脅かすようでは、意味がないんです」
その夜、達夫は一通の手紙を受け取った。
差出人は、かつて魔導ドローンの開発に協力していた若き技師――ティアナ。
彼女は達夫の元を離れ、市民の側に立つ技術者として活動を始めていた。
《監視の目ではなく、見守る瞳を》
手紙には、そう書かれていた。
《もし、ドローンが“人を裁く目”になるのならば、それは兵器です。けれど、“人を守る目”になれるのなら、希望になります》
達夫は静かにうなずいた。
「……まだ遅くはないな」
それから数日後、達夫は新たな改良型魔導ドローンを発表した。
名称は――《守視鳥》。
これは単なる監視具ではなく、緊急時に限り魔導通信で助けを呼べる「警報機能」、遭難者や災害の発見にも対応した「探索モード」、プライバシーに配慮し、映像記録の使用範囲を限定する「認証制御システム」が搭載されていた。
それはまさに、“技術が人を見守るために在る”ことを証明する設計だった。
「魔導技術に、善も悪もない。大事なのは、それをどう使うかだ」
そう語る達夫の声には、かつてないほどの確信があった。
ファーレンの空。
再び魔導ドローンが舞っている。
だがそれは、静かに空を滑空し、周囲の異変を察知しては、森に迷い込んだ子どもや、雪に倒れた兵士を助ける、“守りの目”となっていた。
子どもが笑顔でそれを見上げ、小さく手を振る。
それに応えるように、魔導ドローンの魔眼が優しく光った。
その光は、まるで“技術と人の未来”が交わる希望の灯火のようだった。
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