第40話 魔導空気清浄機と、穢れし森の再生
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
──呪霧に覆われた森に希望の風を届ける、浄化の魔導具とは。
ルメリア王国北端、かつて「生命の揺籃」とまで称された広大な森――グリムの森は、いまや「穢れし森」と呼ばれていた。
原因は七年前に勃発した対外戦争にある。
敵国の魔導士団が放った大規模な呪詛が、森全域を呪いの霧で包み込んだのだ。
動植物は枯れ果て、霧に触れた者は意識を失い、ひどい場合には命を落とすという。
王国は封印魔法を施し、森全体を立ち入り禁止区域とした。
だが、同時に多くの者が忘れていた。
そこにかつて生きていた者たちの生活も、記憶も、希望もあったことを。
「……浄化、か」
佐藤達夫は、魔導技術研究所の一室で資料に目を通しながら、椅子にもたれかかった。
空気を清める装置――それは彼のかつての世界では「空気清浄機」として市販され、花粉や埃、匂いまでも除去する便利な家電だった。
だが、この異世界ルメリアでは概念すら希薄だった。
「魔素には性質がある……清浄、濁穢、混濁、そして呪詛。現代魔導具において、呪詛を除去する手段はまだ未発達……か」
達夫は手元の設計図を見直し、うなずいた。
彼が開発中の新型魔導具――《魔導空気清浄機》は、ただの生活家電ではなかった。
それは魔素を物理的に吸引し、内蔵した《精霊核結晶》で霊的に浄化、再構成された“清らかな風”として放出する――いわば、「風の精霊を内包する魔導装置」だ。
ラボの助手であるラゼルが顔を覗かせた。
「達夫様、王国からの急使です」
扉の向こうから重装の騎士が現れた。
「佐藤達夫殿、王の勅命により申し上げます。穢れし森――グリムの森の再生に、貴殿の技術をお借りしたい。近日中に森への派遣を要請いたします」
達夫は、すぐさま首肯した。
「……了解した。準備を整えよう。ラゼル、例の空気清浄機――“エリシア型一号機”を運び出すぞ」
グリムの森の入り口に着いた達夫とラゼルの前には、今なお黒い霧が揺らめいていた。
その霧は、まるで意思を持つかのように二人を睨みつける。
「この空気……ただの毒気じゃない。呪詛そのものだな」
ラゼルは顔をしかめた。
「ですが、達夫様の空気清浄機なら……!」
達夫は無言でうなずき、大型の台車に載せた魔導空気清浄機の準備を始めた。
金属と木を融合した美しい外装。
中央にはエリシア女神の紋章が彫り込まれていた。
「起動。魔素変換炉、開放」
達夫が魔導術式を展開すると、装置の核が青く光を放つ。
風が集まり、渦巻き、黒い霧が引き寄せられていく。
霧は装置に吸い込まれ、内部の《精霊核結晶》で構成されたフィルターを通過して、再び風として外へ放たれた。
その風は、白く輝き、周囲の呪詛を打ち消していった。
「……始まったな。まずは、最初の十メートルを浄化する」
三日後。
一台の清浄機を起点に、達夫たちは装置を数十メートル間隔で配置していった。
森の地形に合わせ、風の流れと魔素の濃度を計算に入れて、まるで風の通り道を作るように慎重に設置していく。
そして一週間後――。
「達夫様……! 見てください!」
ラゼルが指差した先に、一本の若木が芽吹いていた。
小さな白い花をつけたその木は、かつて森に多く生えていた“祈樹”だった。
「この呪詛の土地で……自然が自力で再生しただと……!」
精霊たちが応えるように、その周囲には次々と草花が姿を見せ始める。
「“空気”は“命”を運ぶ媒体だ。汚れた空気は命を蝕み、清らかな空気は命を蘇らせる。それは、どの世界でも変わらんのだな」
そう呟いた達夫の目に、かつての世界で見た緑の風景がよぎった。
月が変わる頃、森の半分以上が浄化された。
達夫たちは、さらに大型の清浄機“エリシア型三号機”を投入。
呪詛の核とされる最奥部――黒い泉の調査に挑んだ。
「達夫様、霧の密度が急激に上がっています!」
「予想はしていた……ここには“呪詛の結晶”がある。魔導空気清浄機では除去しきれないかもしれん」
そのときだった。
達夫の脳裏に、神殿で出会った女神エリシアの言葉が蘇る。
『あなたがこの世界に来た意味は、ただ技術を伝えることではありません。人の心を、未来を変える“風”になること――』
「ならば、俺の全てを注ぎ込む時だな」
達夫は、清浄機の魔力炉に直接自身の魔力を流し込んだ。
生命力と等しいそれは、装置の限界を超えて、装置全体を青白く輝かせた。
轟音と共に、呪詛の核が浄化される。
黒い泉が砕け、地面から清らかな水が湧き出した。
空気が澄み、光が射し、森は――蘇った。
「ありがとう……森を、守ってくれて」
森の入口で、達夫は一人の老女に声をかけられた。
かつて森で暮らしていた者の末裔だという。
「ここは、私たちの“ふるさと”でした。あなたのおかげで、また歌が戻ってきました」
達夫は、深く一礼した。
「俺はただ、“風”を吹かせただけです。それに答えてくれたのは、この森自身ですよ」
再生した森は、王国の人々にとって“絶望の地”ではなく、“再生の象徴”となった。
多くの旅人が足を運び、精霊が舞い、未来を語る者たちの声が響き始めていた。
そして、達夫は改めて決意した。
――人と自然が共に在れる未来を、魔導技術によって創り出す。そのために、彼は歩き続けるのだ。
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