第38話 魔導電気毛布と、冬を拒む少女
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の北端、雪深い山間にひっそりと佇む村、フィヨルナ。
白銀の世界に包まれたその村は、冬のあいだ人々が家に籠もることから「眠れる村」とも呼ばれていた。
だが、そんな静寂の中にあって、一人の少女だけが、冬を拒むように寒空の下を彷徨っていた。
「やっぱり……寒い……」
少女――リリィは、身を震わせながら外れの丘の上に腰を下ろした。
村の誰とも言葉を交わさず、寒さを避けるどころか、まるでそれを罰のように受け入れているかのようだった。
彼女が冬を憎むようになったのは、2年前の冬のこと。
大好きだった母親が、凍えるような夜に病で倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。
「……あの夜、毛布さえあれば、母さんは……」
そう口にしたことはなかったが、彼女の胸にはいつもその想いが渦巻いていた。
それ以来、リリィは暖を取ることを拒み続けた。
火を嫌い、暖炉を遠ざけ、分厚い毛布にもくるまらない。
村の者たちは何度も説得したが、彼女の心は頑なだった。
そんなある日、村に一人の旅人がやってきた。
年の頃は六十を過ぎた初老の男。
白髪交じりの頭に柔和な笑みを浮かべ、奇妙な形をした大きな袋を背負っていた。
男の名は――佐藤達夫。
「さて、雪国ってのは、冷蔵庫の中より冷えるなあ……」
村の広場で開かれた市場に現れた達夫は、村人たちに持参した“魔導毛布”を紹介していた。
「こちら、“魔導電気毛布”と申しまして! 見た目は普通の毛布ですが、魔力を通すとぽかぽかあったか~くなるスグレモノ。寒冷地での使用に最適! しかも魔素効率が抜群!」
「なんだいそりゃ、見たこともねえ毛布だな」
「魔力で動くのか? 火傷はしねえのか?」
「心配ご無用。安全設計バッチリ、自己調整機能つきです。小さいお子さんでも安心して使えますよ~」
はじめは半信半疑だった村人たちも、実際に触れてそのぬくもりを知ると目を輝かせた。
冷え切った指先がじんわりと温まり、心までほぐされるような感覚に、皆一様にため息をもらした。
「まるで……母ちゃんに包まれてるみてぇだ……」
その一言が、静かにリリィの心にも届いた。
市場の隅からその様子を見つめていたリリィに、達夫は声をかけた。
「お嬢ちゃんも、寒いのは苦手かい?」
「……べつに」
「でも震えてるよ」
リリィは黙って背を向けようとしたが、達夫は優しく語りかけた。
「昔、あるところに“冬を閉じ込める魔法の毛布”があったんだ。触れた人の心の奥まで、あたためてくれるってね」
「……そんなもの、あるわけないでしょ」
「さあ、試してみるかい?」
達夫は袋から小さめの魔導電気毛布を取り出し、リリィに手渡した。
表面には雪の結晶を模した模様が織り込まれ、端には小さな魔力調整石がついていた。
「魔力はほとんどいらない。これにちょっと触れてごらん」
リリィは訝しげに眉をひそめながらも、そっと指先を調整石に当てた。
次の瞬間――
「……あったかい……」
体の奥からじんわりと温もりが広がり、凍えていた心の壁が一枚、静かに剥がれるような感覚がした。
「お母さんと過ごした、あの部屋の匂いがする……」
「お母さんが愛情をこめて抱きしめてくれた、あの夜の記憶が……」
リリィの瞳に、涙が浮かんだ。
「……お母さんを思い出すのが、怖かったの。でも……忘れたくなかったんだ、本当は……」
達夫は黙って彼女の傍に立ち、雪の中で微笑んだ。
「想い出は、寒さじゃなくて、温かさと一緒に残すものさ」
その夜、リリィは初めて暖炉の前で眠った。
魔導電気毛布にくるまれながら、静かにまぶたを閉じ、母の夢を見た。
――「あったかいね、リリィ。いい子にしてた?」
――「うん。……ずっと、ずっと会いたかったよ、お母さん……」
彼女が目を覚ましたとき、村の空には小さな朝日が差し込んでいた。
「……冬って、こんなにきれいだったんだ」
それからのリリィは、少しずつ笑顔を見せるようになり、やがて村の子どもたちに手作りの防寒服を編んであげるようになった。
彼女が仕立てた服のすべてに、達夫から譲り受けた魔導電気毛布の技術が生かされていた。
「寒いのは、きっと誰かのぬくもりを感じるためにあるんだよ」
そう語るリリィは、もう“冬を拒む少女”ではなかった。
「さて……次はどこの寒村に行こうかな」
達夫は再び袋を背負い、雪を踏みしめながら村を後にした。
その背に、リリィがこっそり編んだ手袋が揺れていた。
「ありがとう、達夫さん。おかげで……冬が、好きになれました」
遠くで鐘が鳴り、また新しい朝が始まる。
魔導電気毛布は、今日もどこかで、誰かの心をあたため続けている――。
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