第37話 魔導フードプロセッサーと、亡き母のレシピ帖
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の王都アステリア。
その中心部から少し離れた、陽の光がよく差し込む静かな住宅街に、一軒の古びた屋敷があった。
そこに住んでいたのは、まだ十代の少女――アメリア・ブランシュ。
「今日も、あの味を思い出せなかった……」
木製のテーブルに、焦げたタルトと黒く変色したジャムが並ぶ。
彼女は溜息をつき、膝の上で小さく手を握った。
亡き母――セリーヌ・ブランシュは、この屋敷で「家庭の味」を極めた伝説的な料理人だった。
だが、彼女が病で亡くなった後、唯一残されたものは分厚いレシピ帖と、母の笑顔の記憶だけだった。
しかしレシピ帖は、母が自らの感覚で書き残したもの。
分量や加減、火加減の記述は曖昧で、再現するにはあまりにも困難だった。
「もう、わたしには無理かも……」
そう呟いたときだった。
屋敷の扉が突然ノックされる。アメリアがドアを開けると、そこに立っていたのは、白髪に穏やかな眼差しをたたえた男、佐藤達夫だった。
「こんにちは、お嬢さん。セリーヌさんのご令嬢ですね」
「あなたは……?」
「私は佐藤達夫。王立魔導技研の相談役をしています。セリーヌさんとは昔、家電と料理について語り合った仲でしてね」
アメリアの目が驚きに見開かれる。
「母と……?」
「ええ。あなたのお母様は、家庭用魔導具の未来を真剣に考えていた方だった。私は……その遺志を少しでも継ぎたくて」
達夫はそう言って、黒いケースを取り出す。
中に収められていたのは、一見して魔導具とは思えない丸い金属製の機械。
「これは……?」
「“魔導フードプロセッサー”です。あなたのお母様と共に考案し、未完成のまま眠っていたものを、私が修復しました」
アメリアは目を丸くした。達夫は続ける。
「これは、食材の切り方や混ぜ方を魔導式で自動最適化する調理補助具です。あなたのお母様の記憶……そして、味の記録も、この中に一部残っているかもしれません」
数日後。
アメリアは達夫の指導のもと、初めて魔導フードプロセッサーを起動させた。
「材料はレシピ帖にあったベリーと、小麦粉、バター、卵……」
フードプロセッサーが淡く光り始め、刃が魔力で高速回転する。
手作業では到底不可能な速度で、素材が均等に刻まれ、練られ、混ぜ合わされていく。
「こんなに簡単に……!」
だが驚きはそれだけではなかった。
魔導フードプロセッサーの側面が一瞬、淡い金色に光ったのだ。
「な、何?」
達夫が静かに微笑む。
「これは“記憶味覚再現機能”です。お母様がこの機械に入力した味覚の断片……それが、素材に干渉して再現されるのです」
焼き上がったタルトは、黄金色に輝き、香ばしい香りを放っていた。
アメリアが一口かじる。
「これ……間違いない……お母さんの味だ!」
彼女の目に涙が浮かぶ。
達夫はそっと肩に手を置いた。
「これからも、その味を守ってあげてください。あなたの手と、魔導具の力で」
その日から、アメリアは日々の料理を魔導フードプロセッサーと共に作り続けた。
そして一年後、アメリアは小さな菓子店を開いた。
その名は――『セリーヌの台所』。
母の味を守り、進化させながら、多くの人々の心を温める場所となっていった。
屋敷の窓辺に置かれた魔導フードプロセッサーは、今日も静かに稼働し、母の想いを次世代へと繋ぎ続けていた。
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