第36話 魔導炭酸メーカーと、泡に弾ける夢
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の初夏――王都アステリアには、ひと足早く暑さが忍び寄り、人々は喉の渇きと戦っていた。
市場では氷菓や冷水が飛ぶように売れ、路地裏の井戸端では、子どもたちが桶の水で水遊びに興じていた。
そんな中、「魔導技研ラボ」では、またしても“時代を変える発明”が静かに産声をあげていた。
「――それが、“魔導炭酸メーカー”です!」
佐藤達夫が誇らしげに指し示したのは、真鍮の装飾がほどこされた小型の魔導具だった。
円筒形の本体には冷却魔石が内蔵されており、その上部には“炭素魔素”を発生させる特別な魔導装置が備わっていた。
「水に魔素を加圧して、泡を含ませる……つまり炭酸水を作る機械か」
興味深そうに覗き込んだのは、研究助手のラゼルだった。
彼女は水の精霊術に通じており、この発明が王都の水文化に与える影響に強い関心を抱いていた。
「ただの炭酸水じゃないぞ。これは“魔導炭酸”だ。魔素によって味が引き立ち、飲んだ人の疲労を一時的に回復させる効能もある。とくに労働者や兵士たちにはありがたいはずだ」
「まさか……飲むだけで疲労回復? ポーションよりも手軽じゃないですか!」
達夫はにやりと笑い、装置に透明な瓶をセットすると、そっと魔力を送り込んだ。
チリチリという細かな音の後、瓶の中に泡立つ液体が注がれていく。
見た目は、現代日本の炭酸水と何ら変わらなかった。
「よし、試飲してみよう」
そう言って差し出されたグラスを受け取り、ラゼルは一口――。
「んんっ!? なにこれ……レモンみたいな香り……しゅわしゅわして、冷たくて……すごくスッキリしますっ!」
「味は魔石で調整できる。“柑橘系”を模した魔素を使ってみたんだ」
「すごい、達夫様! これ、王都じゅうで売れますよ!」
その言葉に達夫は笑みを浮かべながらも、どこか遠くを見つめていた。
「売れるかどうかよりも……誰かが“うまい!”って言ってくれれば、それでいいんだ」
彼の脳裏には、かつて日本で一緒に自販機の炭酸を買って笑っていた、旧婚約者の笑顔がふとよぎっていた――。
数日後、王宮から一本の急報が舞い込んだ。
「王女殿下が、あなたを宮殿に招きたいとのことです」
王女、ミリア・エルトマールは国王ラダン四世の一人娘。
好奇心旺盛で、世間の流行に敏感な少女だった。
達夫の開発した“魔導アイスクリームメーカー”を宮廷に持ち込んだのも彼女である。
「達夫殿、あなたの“泡の魔法”を……夏祭りの目玉にしたいの」
王女は、自身の誕生日に開催される『星灯りの夏祭り』で、来賓にふるまう特別な飲み物を用意したいと考えていた。
「民も貴族も、楽しく笑える場を作りたい。あなたの炭酸で、それを叶えられる気がするの」
王女のその真剣なまなざしに、達夫は小さく頷いた。
「任せてください。誰よりも“うまい”って言わせてみせますよ」
王都最大の広場に並ぶ出店、煌びやかな提灯の光、舞う花火――その中心に、“魔導炭酸屋台”が設けられた。
達夫はラゼル、メルリ、そして幻具製造機で作った特製カップを手に、魔導炭酸メーカーを全力稼働させていた。
「いらっしゃい! しゅわっと冷たい、魔導炭酸はいかがですかー!」
ラゼルの掛け声に、子どもから老紳士まで行列ができる。
泡の弾ける音とともに、広場に歓声が沸き上がった。
「うわっ! 口の中で魔法が踊ってる!」
「これが……魔導炭酸か、すごい! 元気が出る!」
中には魔素に敏感な者もいて、軽い浮遊感を覚えたり、心が晴れやかになったりする者もいた。
王女ミリアも自ら列に並び、涼やかなグラスに口をつけた。
「んん……シュワシュワするのに、どこか懐かしい味。あたたかい気持ちになる……これが、達夫殿の“味”なのね」
夜空に上がる大輪の花火。
その下で、達夫は微笑みながら空を見上げた。
この世界に来てから、もうすぐ一年。
彼の技術は、ただ便利さをもたらすだけでなく、人々の笑顔や心の癒しになっていた。
「まだまだ、やれることはあるな……次は、何を作ろうか」
その手にはすでに、次なる設計図が握られていた――。
ブックマーク・評価・いいね、出来れば感想とレビューをお願いします!
モチベーション向上のため、よろしくお願いします!!




