第31話 達夫、過去と向き合う(旧婚約者の幻影)
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の王都・アステリアに、春の風が優しく吹いていた。
広場の噴水は陽の光を受けてきらめき、人々は穏やかな日常を楽しんでいる。
しかし、そんな穏やかな空気の中にあって、佐藤達夫の心だけは、どこか重たく、揺れていた。
この日、王城からの依頼で、とある古代遺跡の調査に同行することになっていた達夫は、王立魔導研究所の一室にいた。
依頼内容は単純だった。
かつての文明の遺物とされる魔力残留物の調査、そしてもし現代魔法技術に転用できるものがあれば、それを抽出すること。
だが、そこは偶然にも、ルメリアに転生した直後に目を覚ました遺跡に近い場所だった。
「……あのときと同じ匂いだな」
達夫は、古びた石壁に手を当てながら、小さくつぶやいた。
視界の端に、何かがちらついた気がして、思わず振り返る。
誰もいない。
だが、確かに、そこに“彼女”の姿が見えたような──
「まさか……」
彼女。達夫が日本で暮らしていた頃、心から愛した女性。
家電量販店で働いていた30代のある日、接客中に出会い、家電製品の話で意気投合し、やがて交際に発展した。
真剣に将来を考え、婚約までした女性だった。
しかし、彼女はある日、海外出張中の飛行機事故で帰らぬ人となった。
その日から、達夫の時間は止まった。
誰とも深く関わらず、仕事に全てを捧げ、淡々と生きた。
老いと共に静かに人生の終わりを迎える……そう思っていた矢先に、異世界・ルメリアへと転生してしまった。
達夫は奥歯を噛みしめ、遺跡の奥へと進んだ。
重たい扉を押し開けた瞬間、まるで空気が切り替わるような、ひんやりとした気配が辺りを包んだ。
そこに、いた。
彼女の姿が──
「……嘘だろ」
そこに立っていたのは、確かに彼女だった。
黒髪を後ろで束ね、落ち着いたスーツ姿。日本で最後に見た、あの姿そのままに。
「達夫さん……?」
その声を聞いた瞬間、膝が崩れそうになった。
だが、それは生きた人間ではなかった。
魔力が形作る幻影──
古代文明が遺した記憶投影装置が、達夫の記憶を読み取り、再現した存在だった。
しかし、幻であるとわかっていても、彼女の存在はあまりにも生々しく、達夫の心を揺さぶった。
「あなたは、幸せでしたか……?」
幻影の彼女が問いかける。
「……わからない。いや、そうじゃない。幸せだったよ。あなたと過ごしたあの時間が、俺にとってはすべてだった」
目を伏せ、拳を握りしめる。
「でも、もう戻れない。あなたはいない。だから俺は……この世界で、誰かの役に立てるなら、それでいいんだ」
幻影の彼女は、穏やかに微笑んだ。
「達夫さん。あなたは、ずっと誰かを助けてきたのね。家電で、人の暮らしを豊かにして。ここでも、そうしているのね」
その言葉に、達夫の胸に温かな何かが流れ込む。
忘れようとした過去ではなく、背負って生きるべき過去。
彼女との記憶も、愛も、無駄ではなかった。
幻影は静かに光に包まれ、姿を消した。
「ありがとう……そして、さようなら」
達夫は涙を流すことなく、しっかりと前を見据えた。
遺跡の外へ出ると、朝の陽光が差し込み、ルメリアの青い空が広がっていた。
達夫は、空を見上げた。
そして、再び歩き出す。
彼はもう、過去に縛られない。
かつて愛した人の記憶を胸に、未来を照らす家電を、この異世界に届けるために──
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