第29話 魔導洗濯機・改と時短革命
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の王都・アステリアの南西部に位置する開拓村〈ラルゴ〉では、かつてない騒ぎが起こっていた。
「やっぱり……服が乾くの、遅ぇな……」
「雨の日が続くと、村中の洗濯物が溜まっていくばかりだ」
「せっかく佐藤様にいただいた“魔導洗濯機”も、乾燥がついてなかったら、あたしらの負担は半分も減らねぇよ……」
村の女性たちのそんな嘆きが、アステリアにまで届いたのは偶然ではなかった。ある日、ルメリア王国の〈生活改善ギルド〉に所属する魔法技師が村を視察し、王都に報告をあげたのだ。
「達夫さん……ラルゴの村から“魔導洗濯機”への改良要望が届いています」
そう報告したのは、ギルド所属の若き魔道具研究者・ティミナ。彼女は薄紫の髪を肩まで揺らしながら、報告書を広げた。
「洗濯そのものは好評です。ただ、乾燥工程がないことで、雨天時の乾かし作業が負担になっているとのこと」
達夫──いや、佐藤達夫は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……なるほど。なら、次は“乾燥機能付き”にしよう」
その瞳は、定年まで家電量販店で接客と提案を積み重ねてきた“プロの目”に変わっていた。
「というわけで、今日は特別に! “魔導洗濯機・改”の完成発表だ!」
ラルゴ村の広場に集まった村人たちは、歓声を上げた。
「“改”? 何が違うんですか?」
「見た目はあんまり変わってないけど……おお、魔力の流れがなめらかだ!」
子どもたちも興味津々で機械を取り囲む中、達夫は堂々と胸を張った。
「見た目は同じ。でも、中身はまるで違う。まず第一に──」
指を一本立てる。
「乾燥機能を追加した。風属性魔石を内蔵し、回転と熱風を組み合わせて衣類をふっくら仕上げる」
二本目。
「排水口には新型の“魔導フィルター”を搭載。これで村の水場が汚れる心配もない」
そして三本目。
「タイマー魔法陣を応用した“時間予約機能”。夜寝ている間に洗濯が完了してるなんて、文明の勝利だと思わんかね?」
「うおおおおお!!」
村人たちの歓声が、まるで祝祭のように広がった。
「さすが達夫様! これは革新だ!」
「うちの婆様でも使いやすそう!」
「……これが、“時短”というやつか……!」
達夫の顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
その夜、村の宿でひとりワインを傾ける達夫に、ひとりの少女が声をかけた。
「佐藤様、あたし、洗濯が嫌いだったんです」
声をかけてきたのは、ラルゴ村の孤児院で働く少女・メリー。幼いころから弟妹の世話をしながら暮らしてきたという。
「洗っても洗っても、汚れる。雨が降れば乾かない。手は荒れるし、腰も痛い……でも、魔導洗濯機が来てから、変わったんです」
彼女は両手をぎゅっと胸元で握った。
「子どもたちの服が、いつもふかふかで清潔にできる。洗濯が“嫌な仕事”じゃなくなったんです。今日の改良版を見て、また一歩、楽になれるって思いました」
達夫はしばし黙り、やがて穏やかに言った。
「……ありがとう。君の言葉は、家電屋冥利に尽きるよ」
魔法の世界でも、技術と工夫が人の心を救うことがある。
達夫がこの世界に来て初めて知った“魔導家電”という希望の灯は、静かに、しかし確実に広がりつつあった。
翌日、ラルゴ村の長老が、深々と頭を下げた。
「佐藤様……改良型のおかげで、村の生活が格段に向上しました。どうか、この技術を他の村にも届けていただけぬか?」
「もちろん。そのために俺はここにいる」
達夫の目は真っ直ぐ、遠くの空を見据えていた。
かつて“ただの定年サラリーマン”だった彼は、いまやこのルメリアに生きる人々にとっての“革命家”となっていた。
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