第26話 魔導冷風機で温室農業の挑戦
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国、王都アステリアから北西へ二日ほど馬車を走らせた辺りに、〈シェルダン村〉という小さな農村がある。
そこは周囲を山々に囲まれた谷間に位置し、風の通り道でもあるため夏でも比較的涼しく、穏やかな気候が特徴の村であった。
だが、今年に限ってはその自然の恩恵が裏目に出ていた。
異常気象――それが原因であった。
春先に突然吹いた氷の嵐により、作物の発芽は遅れ、気温の乱高下により苗の多くが育たずに枯れてしまった。
加えて、夏になっても気温は上がらず、日照時間は例年の半分以下。
村人たちは口を揃えて言った。
「今年は……もう駄目だ」
そんな折、アステリアから一人の男が馬車で村を訪れた。
佐藤達夫。
かつて大手家電量販店で販売員として定年まで勤め上げた男であり、今は異世界に転生し、女神エリシアから任された使命――家電の知識でルメリアの生活を豊かにすることに情熱を燃やしていた。
今回は、農業省を通して国王ラダン・エルトマール四世からの依頼を受け、シェルダン村の農業を再生させるべく、村に降り立ったのだった。
「達夫さん……村の現状を見ていただけましたか?」
声をかけてきたのは、村長の娘リシア。
まだ十代の若さながら、村の将来を案じて懸命に働く姿は、達夫の胸に強く響いた。
「ええ、見させてもらいました。正直、厳しい状況です。ただ……光明はあります」
「……ほんとうに?」
「もちろんです。今回はこれを持ってきました」
達夫が馬車の荷台から取り出したのは、大型の箱に収められた銀色の筐体だった。
「これは……何ですか?」
「魔導冷風機です」
達夫は胸を張って答えた。
「これは元々、都市部の暑さ対策のために開発したものなんですが、魔導エンジンを使って風の流れと温度を調整する機能を持っています。つまり、室温を一定に保ちつつ、湿度や空気の流れまで制御できるんです。今回はこれを農業用に改良した“温室冷房モデル”を試験導入しようと思って持ってきました」
「お、温室……冷房?」
「ええ、簡単に言うと、寒くても野菜が育つようにする装置です」
達夫の言葉に、リシアを含めた村人たちはぽかんと口を開けた。
温室自体は、ルメリアにも存在していた。
だが、それは魔法士の魔力に頼った簡易的なもので、天候が悪ければすぐに効果が薄れ、維持も困難だった。
「この魔導冷風機は、魔力結晶を燃料にすることで、持続的かつ安定した気温管理が可能です。加えて、室内の空気循環もしてくれるので、病害虫の発生も抑えられます」
「すごい……それが本当に動くんですか?」
「もちろん。試作品ですが、都市部ではすでにベランダ農園で実証済みです。今回はそれをさらに農村向けに大型化しました」
達夫は、手慣れた様子で機器を組み立て始めた。
村の男たちも手伝い、半日もかからずに簡易的な温室が設営され、魔導冷風機が据え付けられた。
「では、起動しますよ」
達夫が魔力結晶を挿入し、レバーを倒す。
すると、装置から淡い青白い光が放たれ、温室の中の空気がわずかに揺らめいた。
「風が……変わった?」
リシアが呟く。
確かに、温室の中に流れ込む空気は、外の肌寒い空気とはまるで違った。
ほんのりと暖かく、それでいてじめじめとした感じが一切なかった。
「これが“制御された環境”ってやつです」
達夫は微笑む。
「これで……作物、育てられるんですか?」
「育てられます。適切な温度、湿度、空気の流れ――すべてが整えば、野菜は自分の力でちゃんと育ってくれます」
「……!」
その日から、村人たちの挑戦が始まった。
温室の中では、達夫の指導の下、トマト、ピーマン、ナス、レタスといった様々な作物が育てられた。
特にトマトは、ルメリアでは栽培が難しく“高級品”扱いされていたが、魔導冷風機の効果によって順調に育ち、わずか一ヶ月で収穫までこぎつけた。
「見てください達夫さん! こんなに赤くてツヤツヤして……!」
リシアが両手に抱えたトマトを誇らしげに見せる。
「……うまそうだ」
「一緒に食べましょう!」
温室の前で、収穫されたばかりのトマトがその場で振る舞われた。
太陽に似た光を蓄えた果実は、まるでルビーのように美しかった。
噛んだ瞬間、果汁が弾け、口いっぱいに広がる甘みとほのかな酸味。
村人たちは感動で言葉を失った。
「こんな……うまい野菜、初めて食べた」
「本当に……村でもこんな味が出せるなんて……!」
「佐藤さん、ありがとう!」
村人たちの歓喜の声に、達夫は少し照れながらも静かに頷いた。
「いえ、皆さんが育てたんですよ。私は、ちょっと手助けしただけです」
その後、温室の数は増え、村は農業特区として王国からも支援を受けるようになった。
都市部の貴族や商人たちがこぞって〈シェルダン産のトマト〉を買い求め、その名はルメリア王国内外に広まることとなる。
かつて絶望に沈んでいた村に、新たな希望が芽吹いた。
それは――一台の魔導冷風機から始まった、小さな奇跡。
そして、その奇跡を起こした男の名は、やがて“農業の父”と称されるようになるのだった。
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