第24話 魔導体重計と、騎士の覚悟
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
アステリア王都の訓練場には、朝早くから騎士たちの鋭い掛け声が響いていた。
剣と盾の金属音、足音、そして汗の匂い。
規律と誇りを重んじる騎士団にとって、日々の鍛錬は命そのものだった。
その中に、一人だけ表情が冴えない若者がいた。
名前はライナス。
将来有望な新進騎士として評価されていたが、最近の戦闘訓練では明らかに動きが鈍くなっていた。
彼の悩みは、ある日突然現れた「体の重さ」だった。
「くそ……また盾が間に合わない!」
ライナスは訓練の最中、ベテラン騎士の打ち込みをまともに受けてしまった。
見事に転倒し、訓練場の土煙が舞う。
周囲の騎士たちの視線が痛い。
「どうしたライナス、前はもっとキレがあったぞ?」
「すまない、少し調子が……」
誰にも言えないことだった。
数日前から身体が重く、装備の重さも倍に感じる。
病気か、呪いか、あるいはただの体調不良か――。
だが、医師の診断では異常はなし。
原因不明の「重さ」に、ライナスは自信を失いかけていた。
その日の夕方。訓練の後に城下町の外れを歩いていたライナスは、一人の男と出会う。
「おや、騎士さん。随分お疲れのようですね」
「……あんたは?」
「私の名は佐藤達夫。まぁ、便利な道具を作るおじさんだと思ってくれればいい」
ライナスはその胡散臭そうな風貌に警戒しながらも、どこか安心感を覚えた。
「ふむ。若いのに背負ってるものが重そうだ。肉体的にも、精神的にも」
達夫はどこか見透かしたように言う。
「ちょっと面白いもの、試してみませんか?」
達夫が見せたのは、銀色の薄い板のようなもの。平たく、中央に魔石がはめ込まれていた。
「これは“魔導体重計”という道具です。乗るだけで、身体の重さだけじゃなく、魔力のバランス、筋肉疲労、果ては精神的なストレスまで測れる優れモノ」
「精神の……重さ、も?」
半信半疑ながらも、ライナスはその魔導体重計に足を乗せる。
――ピッ
機器から淡い光が走り、文字が浮かび上がる。
【体重】:適正
【魔力流動】:不安定
【筋肉疲労】:中
【精神圧】:高
「……精神圧?これは……?」
「ようするに、心の中で何かが重しになってるってことさ」
達夫は穏やかに言う。
ライナスは、思わず膝をついた。
「俺……兄を戦で亡くしたんです」
言葉がこぼれる。
誰にも話してこなかった過去だった。
「兄は、いつも俺の憧れで。強くて、優しくて……。でも、俺の目の前で……」
心の奥底にしまい込んでいた後悔と悲しみ。
それを見透かしたような達夫の言葉が、彼の頑なな心を揺さぶった。
「君の中には、まだ兄さんの姿が残っている。だから、自分がその理想像に届かないと、無意識に自分を責めてるんだ」
ライナスの目に涙が滲んだ。
「この体重計はね、君に重さを“見せる”ことで、君が気づけるようにするためのものなんだ」
翌朝。
訓練場に立つライナスの表情は、前日とは別人のようだった。
目の奥に力が戻り、動きも軽やかだ。
「おい、ライナス、どうしたんだ?まるで別人みたいじゃないか」
「重さが取れたんだ。心のな」
仲間たちに軽く笑いかけるライナス。
その姿に、かつての光が戻っていた。
その日の訓練は、彼にとって久々に「楽しい」と感じる時間だった。
そして、夜。達夫のもとを訪れたライナスは、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、俺はまた剣を持つ意味を思い出せました」
「礼には及ばないさ。体も心も、どちらも大事にしてな」
ライナスは小さく笑い、夜の道を戻っていく。
その背中は、以前よりもずっと軽やかだった。
「……やっぱり、体重計って大事なんだよなぁ」
達夫は、魔導体重計を手にしながら、ふと呟く。
「人の重さって、数値じゃなくて、心なんだよな。あ、でもちゃんと毎日乗らないとダメだよな。健康のためにも」
アステリアの星空の下、達夫のつぶやきは誰にも届かないが、確かにその夜、ひとりの騎士の未来が、救われていた。
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