第21話 魔導ヘッドホンと、囁きの図書館
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の北部には、古の叡智が眠るとされる「エルフェンの森」が広がっている。
その奥深く、ひっそりと建つのが《囁きの図書館》だ。
その図書館には、触れれば知識を読み取れるという“生きた本”が無数に収蔵されていた。
だが現在、図書館は封鎖され、誰ひとり近づこうとしない。
理由は単純だった。
本が「囁き続けている」のだ。
昼夜問わず、数千、数万の本が同時に語りかける。
知識の奔流は読む者の意識を破壊し、精神を崩壊させるという。
この厄介な騒音問題に挑むために、佐藤達夫は呼ばれていた。
「なるほど……これは確かに厄介だな」
図書館の前で達夫は耳を塞ぎながら眉をしかめた。
扉の隙間から、すでに「声」が漏れていた。
《我が知識を汝に与えん……》《かつて竜王は――》《深淵より這い出し者……》《愛とは、かくも複雑で……》
何百人もの人間が一斉に囁くような音が、空気の震えとなって押し寄せてくる。
同行していた案内人の一人が、肩を震わせた。
「中に入った学者たちは、二度と戻ってきませんでした。まるで“知識”に溺れたように……」
達夫はゆっくりと頷いた。
「情報過多か……要するに、ノイズキャンセリングが必要ってわけだな」
彼が取り出したのは、異世界素材と現代の技術を融合させた最新の魔導家電――**「魔導ヘッドホン」**だった。
金属と魔石が埋め込まれたヘッドバンド。
両耳をすっぽりと覆うイヤーパッドには、精密な魔導紋と音波遮断結界が刻まれている。
「これは、“不要な音を排除し、必要な音だけを聞く”ための道具……現代の知恵と、魔法の融合だよ」
ヘッドホンを装着した瞬間、耳元の世界が一変した。
《……我は、選ばれし語り部……》
今まで乱雑に押し寄せていた無数の声が、スッと消え去り、代わりにひとつの“本の声”だけが、明瞭に聞こえてきた。
《……ようやく、話せるのだな》
「……意思があるのか?」
達夫は驚きながらも、図書館の中へと歩を進めた。
静謐な空間。
壁一面を覆う巨大な書棚。
床に並べられた無数の開かれた書物。まるで、図書館そのものが生きているようだった。
《この図書館は、記憶の箱だ。だが、記憶はあまりに多すぎた……そして、誰も整理しようとしなかった》
達夫は深く頷いた。
現代社会でも情報過多は大きな問題だ。
知識は武器にもなるが、時に毒にもなる。
「だったら、お前たちの“声”を、整理してやろうじゃないか」
彼はヘッドホンに魔力を流し込み、“チャンネル”を合わせていく。
語るべき本、黙るべき本、その判断を、音と魔力で切り分ける。
すると、空間が変化した。
無数の書物が一斉に静まり、中心に置かれた分厚い一冊の本だけが淡く光を放ち始めた。
《我が名は〈始まりの記録〉。ルメリアの真実を記す最古の書》
本は、図書館に溜まった知識の重さに耐えきれず、暴走していた。
求められてもいない知識が、外へ、外へと漏れ出し、人の精神を蝕んでいたのだ。
「つまり、“適切なフィルター”がなかったんだな」
達夫は魔導ヘッドホンの設計を調整し、“知識の選別”を担う回路を追加した。
図書館全体に魔法結界を張り巡らせ、必要な者にだけ、必要な情報が届くよう設定する。
すると――
図書館は、再び静寂を取り戻した。
風が木の葉を揺らす音。
遠くの鳥のさえずり。
ようやく、世界は音を取り戻したのだ。
町の人々は再び図書館に集まり、本を読み、知識を学び始めた。
今度は、過剰な情報に溺れることなく、自分のペースで知の海を泳ぐことができる。
「……助かりました。図書館がまた、学びの場に戻りました」
町長は深々と頭を下げる。
達夫は笑って首を振った。
「いいんですよ。俺も、少し“本の声”が聞きたかっただけですから」
図書館を後にした達夫は、静かな森を歩きながら、そっとヘッドホンを外した。
「でも、またいつか……読みたくなるだろうな。あの、“始まりの記録”を」
そして、風に吹かれながら歩くその背に、図書館から微かに囁く声が届いた。
《いつでも待っている。あなたに、続きを語るために》
――それは、知識と人の心が結びついた瞬間だった。
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なお、第2作目の作品『定年異世界転生 ~家電の知識で魔法文明をアップデート!~』もよろしくお願いします。




