第20話 魔導マッサージチェアと、癒やしの館
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ルメリア王国の王都アステリアから南西に数日、魔道列車と馬車を乗り継いだ先に、小さな町「ラネーレ」がある。
そこは風光明媚な温泉地として知られ、人々の疲れを癒す湯治場として人気を集めていた。
しかし、達夫が訪れたその町は、いつもの賑わいを失い、静まり返っていた。
「……ずいぶんと、閑散としてるな」
達夫は肩に荷物を担ぎながら、湯煙立ち上る町を歩いていた。
かつて観光客で賑わっていたはずの宿屋や茶屋は、どこも店を閉じている。
開いていたのは、中央広場に面した一軒の古びた館だけだった。
「おや、お客さんかい?」
顔を出したのは、初老の男性。
館の看板には『癒やしの館・カンパネッラ』と書かれていた。
「ええ。ちょっと休ませてもらえればと……」
「こいつは珍しい。最近は誰も寄り付かなくてねぇ。どうぞ、中へ」
案内された館の中は、驚くほど静かだった。
木の床は軋み、壁にはひびが入り、所々剥げかけた塗装が年季を感じさせる。
しかし、そこには確かに温もりがあった。
「お名前は?」
「佐藤達夫といいます」
「わたしは館主のロンド。まあ、気楽にしておくれ」
ロンドは達夫を小さな客室に案内すると、彼に温泉と簡単な食事を勧めた。
温泉に浸かった達夫は、湯船の縁に背を預けながら小さく息をついた。
「ふぅ……やっぱり、温泉はいいな」
体の芯から疲れが溶け出していくような感覚。
それは異世界に転移してからというもの、常に新しいことに追われていた達夫にとって、久しぶりの“何もしない時間”だった。
だが、達夫は気づいた。どこか、町全体に流れる異様な空気に。
「何かが……おかしい」
その夜、ロンドと共に遅い夕食をとっていた達夫は、町の異変について尋ねた。
「実は……一年ほど前から、湯に力がなくなってきたんです」
「力?」
「ラネーレの温泉は、元々魔力を癒す効果があったんですよ。冒険者や魔法使いたちにとっては、心と身体の回復の場として重宝されていた。だが、最近は湯にその“癒し”の力がなくなってきてしまったんです」
「原因は?」
「はっきりしたことは分かってません。ただ、町の奥にある“癒しの泉”と呼ばれる源泉から、不気味な黒い霧が漏れ出しているとか……」
「魔力の汚染か……」
達夫は顎に手をやって考えた。
癒しの魔力を持つ泉が汚染されれば、湯の効果が失われるのも納得だ。
とはいえ、直接的な対処法が分からない。
翌日、達夫は泉のある山中へと向かった。
山道は細く険しく、魔獣の気配さえあったが、地元の案内人が道を切り拓いてくれた。
そして辿り着いた「癒しの泉」は、まさに異様な様相を呈していた。
澄んでいたはずの泉水は黒く濁り、表面には魔力の乱れによる波紋が絶えず走っている。
その中央には、黒い結晶のようなものが浮かび、禍々しい気配を放っていた。
「……あれが原因か」
達夫はポーチから小さな装置を取り出した。
異世界に来てから、彼は魔力と家電を融合させる技術を駆使して、様々な「魔導家電」を生み出してきた。
「さて……今回は“癒し”と“快適さ”がテーマだ。これで行こう」
彼が取り出したのは、椅子型の機械。
異世界の素材で強化され、内側に魔石を組み込んだ「魔導マッサージチェア」だった。
「癒しの魔力が満たされるべき場が、負の魔力で侵されている。だったら、正の魔力を強制的に流し込んでやればいい」
達夫はマッサージチェアを泉の傍に設置し、魔力の流れを感知するセンサーを起動した。
そして、自ら椅子に腰を下ろすと、魔導回路が起動。
背中から、そして腰から、じんわりと心地よい振動が伝わってくる。
「さあ、癒しの時間のはじまりだ――!」
達夫の体内を巡る魔力が、マッサージチェアを媒介にして外部へと広がり始めた。
温泉地特有の“癒しの波長”を増幅させ、汚染された魔力を中和する。
泉の水面が徐々に澄み、黒い結晶がヒビを帯び始める。
「くっ、やっぱり抵抗してくるか……!」
黒い霧が逆流し、達夫を包み込もうとする。
その魔力は、過去に経験したいずれの戦闘よりも強力だった。
しかし達夫は目を閉じ、静かにこう呟いた。
「マッサージチェアの本質は“癒し”だ……人を安らがせるためのもの。そんなものに、お前のような悪意を侵入させるわけにはいかないんだよ」
そしてついに、黒い結晶が砕け散り、浄化された魔力が泉全体に広がった。
湯気が再び立ち上がり、辺りの空気が優しさに満ちたものへと変わる。
数日後、ラネーレの町にはかつての活気が戻り、旅人たちが湯に浸かって笑顔を見せていた。
「本当に、ありがとうございました!」
ロンドは深々と頭を下げる。
「俺はただ、椅子に座ってただけですよ。いい椅子だったんで、つい長居しちゃっただけです」
達夫の冗談に、ロンドは声を上げて笑った。
こうして、またひとつ“魔導家電”が、ルメリアの世界を救ったのだった。
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