第19話 魔導テレビと、歴史を映す魔眼
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
剣と魔法の世界〈ルメリア〉。
そこに住む人々の暮らしは、魔力というエネルギーに支えられながらも、情報の流通は依然として手紙や伝令、口伝が主であった。
だが、今——その常識が覆されようとしていた。
「これは……まさか、テレビ……なのか?」
広場に設置された巨大な黒い箱。
それはまるで佐藤達夫が日本で見慣れていた液晶テレビそのものだった。
だが、電気はこの世界には存在しない。
代わりに、精霊石と呼ばれる魔力を帯びた鉱石と、術式回路によって稼働しているという。
「正式名称は“魔導視映機”と申します、佐藤様」
声をかけてきたのは、王都アステリアの王立学院の研究主任であり、魔導技術者でもあるミリエルだった。
白衣を翻し、どこか得意げな笑みを浮かべている。
「あなたのアイディアを元に、私たちの世界の素材と術式で再現してみました。映像を投影することで、情報や物語、教育すらも広く共有できるのです!」
「……すごい。本当に作っちまったのか」
達夫は感嘆と共に、目の前のスクリーンへと目を向ける。
魔導視映機は、特殊な“記憶晶”に記録された映像情報を読み取り、魔力を通して再生する仕組みになっている。
映像を記録するカメラもまた、達夫の知識を基に製作された魔導機器であった。
その初回放映には、国王ラダン・エルトマール四世自らが登場し、魔導視映機の意義と未来を語った。
さらに、冒険者ギルドの活躍や、農業改革に成功した村の物語、子供たちの学習映像など、多彩な内容がラインナップされた。
視聴する民たちの目は、まさに魔法を見ているかのように輝いていた。
だが、この魔導視映機の導入には、思わぬ障壁が立ちはだかっていた。
「……達夫様、この機械は危険だと噂が広がっております」
それは、教会からの使者、聖騎士ロゼリアの言葉だった。
彼女は女神エリシアを信奉する中央教会の高位神官であり、この世界の道徳や秩序を守る立場にある。
「“見るだけで真実を知れる”という考えは、神の啓示に反する……と、上層部が言っております」
達夫は重い口を開いた。
「でも、それは違う。テレビ——いや、魔導視映機は、嘘を流すためのものじゃない。人の営みや歴史、現実を共有して、学び合うための“窓”なんだ」
「……あなたは、神の代わりに“真実”を見せようとするのですか?」
ロゼリアの目は悲しげに揺れていた。達夫はしばらく沈黙した後、静かに答えた。
「いや、俺はただ……“誰かの人生”を、孤独に終わらせたくないだけなんだ」
それは、彼自身の過去——誰にも語られることなく逝った両親、婚約者、そしてかつての同僚たち。
そんな彼らの「物語」を、世界と共有できていれば、どれだけの人が学び、救われただろうかと、彼は思う。
数日後。達夫はミリエル、そして現地の技術者たちと共に、魔導視映機の改良型を完成させていた。
「この“記憶晶”は、視聴した者の感情を受け取り、映像の色彩や音の強弱を変えるんだ。物語を“感じる”力がより高まる」
「つまり、記録と感情の融合……“魔眼の映像”ですわね!」
この進化は、人々の心に直接届く力を持っていた。
結果として、魔導視映機は次第に受け入れられていった。
教会の反対も、映像によって示された現実の価値に押され、次第に沈静化していく。
やがて、戦争孤児たちの教育番組、過去の戦争を語る元兵士の記録映像、魔法の使い方を教える実践講座など、多くの分野で活用され始めた。
子供がテレビを見ながら読み書きを覚え、老婆が「昔話」を再現した映像を見て涙し、青年が冒険者の記録を参考にして旅に出る——そんな光景が、日常になっていった。
数か月後、王都アルマグナでは初の「映像祭」が開催された。
市民たちが自作の映像作品を披露し合い、互いの物語を尊重し合う祭典だ。
その中で一際注目を集めたのは、達夫の製作した映像だった。
それは、彼の故郷・日本での人生——少年時代の電気屋、両親との別れ、家電量販店での日々、そして婚約者との思い出。
過去の写真や、記憶晶に記録された彼のナレーションが、人々の心に深く響いた。
映像のラスト、彼は語っていた。
「これは、俺という人間の、ささやかな歴史です。でも……もし、これを見た誰かが、自分の過去や未来を見つめ直すきっかけになってくれたら、俺はもう十分だ」
広場にいた人々の目に、涙が浮かんでいた。
そして——ロゼリアもまた、その場にいた。彼女の目から、静かに涙がこぼれていた。
「……ありがとう、達夫様。あなたの真実は、確かに私の心にも届きました」
その夜、達夫は空を見上げながら呟いた。
「……これが、俺の伝えたかった“家電”の意味だ」
剣と魔法の世界に、ひとつの“窓”が開いた。
魔導テレビ——それは、過去と未来をつなぎ、人と人をつなぐ、新たなる希望の扉だった。
そして達夫の旅は、まだまだ続いていく。
——次なる“魔導家電”を探しに。
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