第18話 魔導ラジカセと、歌う吟遊詩人
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
魔法の風が吹き抜ける黄昏の市場。
遠くでは馬車が石畳を軋ませ、広場の中央では小さな舞台が設えられていた。
町民たちがざわめきながら舞台を囲むなか、一人の吟遊詩人がリュートを手に立っていた。
だがその顔には、どこか不安の色が浮かんでいる。
「……今日も、声が出ない……」
若き吟遊詩人・リリアは、数日前から喉を傷めていた。
連日の寒風にさらされながら路上で歌い続けたせいだった。
人々は彼女の歌声を心待ちにしているが、彼女の喉は限界に近かった。
「このままじゃ……皆を、がっかりさせちゃう……」
歌でしか自分を表現できない少女にとって、それは命に等しい喪失だった。
その頃、町を歩く達夫の耳に、そんなざわめきと、かすれた歌声が届いた。
「……この声……無理して歌ってるな」
かつて電気店で、風邪をひいても接客に立ち続けた女性社員の姿を思い出す。
彼女にすすめたのは、携帯加湿器と音声ガイドのラジカセだった。
「……ラジカセ、か」
ふと、脳裏に一つの魔導家電のアイディアが浮かんだ。
「魔力で音を録音して、再生できれば……声を守れるし、使い方次第では演出も広がる。これはいけるぞ」
数日後、いつもの工房。
「録音媒体は……魔晶石だな。音の振動を魔力で記録し、再生時に振動を戻す……うん、理屈は通る」
魔導洗濯機で培った魔力制御のノウハウがここで活きる。
重要なのは“どんな音でも忠実に再生すること”と、“再生中に魔力が暴走しないこと”。
達夫は設計図を描き、魔導技師の弟子たちとともに開発を進めた。
完成したのは、木製のボディに真鍮のつまみがついた、レトロ調の四角い箱型装置。
上部には丸い魔晶石が埋め込まれており、録音・再生・停止のルーンが並んでいる。
「名付けて――『魔導ラジカセ』だ」
再生ボタンを押すと、工房に彼の声が響き渡った。
《テスト、テスト。これは録音した音声です》
「よし、成功だ」
その夜、市場の広場へと足を運んだ達夫は、かすれた声で歌うリリアに声をかけた。
「喉、無理してるな。ちょっと、これを使ってみてくれ」
差し出した魔導ラジカセを、リリアは驚いた表情で見つめる。
「これは……楽器?」
「いいや、“君の声を守る箱”だよ。声を録って、後で再生できる。喉を休めながら、歌声を届けられる」
「……そんな魔法、あるんですか?」
「あるようにしたのさ。俺の世界の知識と、この世界の魔法を組み合わせてな」
恐る恐る、ラジカセに向かって一節を歌うリリア。
録音ルーンが光り、彼女の歌声が魔晶石に吸い込まれていく。
そして再生――。
空気を震わせて響く、透明感のある美しい声。
「……これ、私の……声? 信じられない……!」
感動に震えるリリアの目から、涙がこぼれた。
それから数日後。
再び広場に人々が集まった。
「今日は、リリアの声、ちゃんと聴けるのかな?」 「喉が治ってるといいけど……」
ざわめきの中、彼女が現れ、魔導ラジカセをそっと抱えた。
「皆さん……今日は、私の声じゃなく、“私の記憶”を聴いてください」
そう言って、再生ルーンを押す。
広場に、澄んだ歌声が流れた。
風を切るような高音。
優しく包み込むような低音。
人々は驚き、そして静かに聴き入った。
歌が終わると、拍手の嵐が広がった。
「すごい……本当に、あの子の声だ……」 「魔法の……楽器か?」
リリアは微笑みながら、ラジカセを抱きしめた。
「これは、魔法じゃない。“想いを伝えるための技術”なんです」
その言葉に、達夫はそっと頷いた。
この日以降、魔導ラジカセは王都を中心に流行し始めた。
街角では音楽家が自作の演奏を流し、教師は講義を録音して生徒に渡した。
戦地では兵士たちが故郷の声を再生し、夜をしのいだ。
リリアは“歌う魔晶石の乙女”として人気を集め、王立劇場からのオファーも舞い込むようになった。
「でも私は……あの広場で歌っていたいんです」
名声より、声を聴かせたかったあの町の人々へ。
彼女の想いは、ラジカセに乗って今も届き続けている。
ある晩、達夫は工房で一人、古びた魔導ラジカセのボタンを押した。
流れたのは、かつて婚約していた女性と一緒に録った、何気ない会話の録音だった。
《……ねぇ、達夫さん。やっぱり家電ってすごいね。心があったかくなる》
《そりゃそうさ。生活の中にあるもんは、全部“心”が通ってるんだよ》
ラジカセから流れる彼女の笑い声に、静かに目を伏せる達夫。
「……そうだな。心の通った技術。それが、俺のやるべきことなんだ」
魔導ラジカセは、ただ音を再生する機械ではない。
それは、誰かの声を、心を、永遠に伝えるための装置だった。
そして今日も、リリアの歌声が広場に響く。
《風のように、そっとあなたに届くように――》
魔法でも、奇跡でもない。
それは、かつて一人の男が、この世界に持ち込んだ“優しさの記録”。
その声は、誰かの心を震わせ続けている。
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