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第17話  魔導温水便座と、王城の静寂

作品ナンバー2

ほっと一息ついていただければ幸いです。

それは、王都アステリアにある王城の中でも、最も秘密と気品に満ちた場所だった――王家専用の御手洗い。


しかし今、その場所に前代未聞の異変が起きていた。


「陛下! またです! 御手洗いのことで、使用人たちが怯えております!」


王室付きの筆頭執事・メルキオルが、緊張の面持ちで報告した。


「なんと……また『冷たい呪いの玉座』が……」


王であるラダン・エルトマール四世は、寒気を思い出したように身をすくめた。


そう、事の発端は約半年前。魔導配管の不調から王家の御手洗いが“氷の玉座”と化して以来、王も妃も、近づこうとしなくなったのだ。


その場しのぎで魔術師が温風を当てるも、魔力の波動により“逆噴射”という悲劇が発生。最終的には「呪われた便器」として、使用禁止処分となっていた。


王宮の救済を求め、導かれたのは――例の男、達夫であった。


「温水便座……そう来たか」


彼は王宮の状況を聞いた瞬間、笑みを浮かべた。


「わかりました。魔導温水便座、異世界仕様にアップデートして、お届けしますよ」


かつて数多の日本人に“安心と清潔”を提供してきた、あの座の王者――温水便座。


それを魔力動力で動かす装置として再構成し、さらにこの世界に合わせて「呪い除け」「静音」「香気拡散」の三大機能も搭載。


その名も――《マグナ・トイレット・セレスティア》(聖なる玉座)。


設置は王城の最深部、「金の間」のさらに奥にある御手洗いへ。


「これが……便座なのか……?」


王妃は信じられないように、しげしげと見つめる。


滑らかな陶器の曲線。


湯気を感じる魔力の温もり。


清浄魔法が編み込まれたリムには、禍々しい気配を遠ざける刻印まで施されている。


「では、試運転を」


達夫が起動スイッチに魔力を通すと、優しい「ぽんっ」という音と共に便座が仄かに輝き始めた。


すぐに内蔵された温水循環機構が作動し、便座を一定温度に保つ。


その上、香草魔法の力でふわりと薫る森林の香り。


「なんという癒し……!」


感嘆の声を漏らす王妃の隣で、王は目を見開いていた。


「これが……玉座とは……!」


その夜、王族全員が順番待ちをするという“異常事態”が発生した。


翌朝には使用者全員が口を揃えて「人生観が変わった」と語り、王子に至っては便座に頬ずりしていたという噂まで流れる始末。


城内は、まさに便座革命。


しかし、異変はそれだけにとどまらなかった。


翌週、隣国からの使節団が来訪。


王宮での会談中、ふと達夫が案内された部屋の奥に使節団の一人が吸い込まれるように歩いていった。


「……こ、これはっ!?」


彼らの王子、バレオス・ディンは《マグナ・トイレット・セレスティア》に魅入られたのだ。


「わが国にも、この“魔導の聖座”を導入したい! 否、我が国の象徴としたい!」


王室外交の要が、まさかの“便座”をめぐって盛り上がるという、かつてない展開へ。


こうして、魔導温水便座は異世界王国の外交カードにまで昇格したのだった。


その後、各国の要人たちにより“便座同盟”が密かに結成。


達夫はその技術の共有条件として「清潔と快適さの文化を尊重すること」「魔力過剰使用による便座爆発に注意すること」「絶対に戦争に便座を利用しないこと」などを契約に盛り込んだ。


魔導温水便座は、平和と快適を象徴する“静かなる革命の象徴”として、異世界に根付いていくことになる。


夜、王城の庭で月を見上げながら、達夫はかつての日本での光景を思い出していた。


通勤途中に寄った駅のトイレ。量販店での売り場配置のこだわり。


来店客に「この機種は水圧調整が細かくて……」と語っていた自分。


「まさか、あれが世界を救う力になるとはな……」


その言葉に、彼の背後で優しい声が響く。


「貴方の知識は、世界に光を灯しているわ」


振り返ると、そこにはあの女神――エリシアが、優しく微笑んでいた。


「魔法だけじゃ届かなかった場所に、貴方の“生活の知恵”が届いている。私の世界を救ってくれて、ありがとう」


「いや、こっちが感謝だよ。第二の人生ってやつを、こんなに面白くしてくれたんだから」


二人は夜空の下、微笑みを交わす。


静かな風が吹き抜ける。


――魔導温水便座は、世界に快適と平和をもたらしたのだった。

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