第16話 魔導音楽プレーヤーと、忘れられた旋律
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
草原の風は優しく、森の葉をさざめかせながら、遠い丘の上へと吹き抜けていく。
その丘の中腹に、ひっそりとたたずむ小さな村があった。
名を「セリフィア村」という。
かつて音楽の神を祀る神殿があり、「歌の村」として知られていたこの場所も、今や静寂に包まれていた。
「音が、消えてしまったんです」
セリフィア村の長老は、寂しげな目で語った。
「昔はな、村人が誰もが楽器を持っていた。朝は子どもたちの合唱、夜は焚き火を囲んでの唄。だけど十年前のあの日、神殿が崩れてから、みんな……音楽を口にしなくなったんじゃ」
達夫は、村の広場で見た子どもたちの無表情な顔を思い出す。
笑い声も、鼻歌も、まるで封じられたように響かない。
「どうして、そんなことに?」
「“音を忘れる呪い”が、村にかけられたのだと……誰も確かめようとはせんがな。けれど、もう誰も楽器に触れようとはしない。音楽の喜びも……怖れてしまったのじゃ」
達夫はふと、バッグの中からひとつの物体を取り出した。
艶のある黒いボディ、魔力を蓄えるクリスタルが組み込まれた、小さな筐体。
それは、彼が異世界用に再設計した――魔導音楽プレーヤーだった。
その夜、達夫は村の中央にある古井戸のそばに腰を下ろし、魔導音楽プレーヤーの準備を始めた。
小さなスピーカー型の魔導装置と接続し、魔力結晶をセットする。
プレーヤーのスイッチが入り、淡い青い光がともる。
そして、ゆっくりと――
一曲の旋律が流れ出した。
それは彼が日本にいたころ、交際していた女性とよく聴いていたクラシックのアレンジ曲だった。
流麗で、優しく、どこか懐かしい音の重なり。
静かな村の広場に、その旋律はそっと響いた。
最初は誰も近寄らなかった。
だが、子どもが一人、足を止めた。
続いて、もう一人、また一人と、大人たちが音のするほうへと引き寄せられていく。
音楽が彼らの中にある“記憶”を、優しく呼び起こしていたのだ。
「……おばあちゃんが、よく歌ってくれた曲に、似てる……」
「父ちゃんが、夜に吹いてた笛の音みたい……」
ぽつり、ぽつりと、思い出の欠片が口から零れ出す。
達夫は言った。
「このプレーヤーは、魔力で動きます。でも、本当に音を響かせるのは――聞く人の“心”です」
その言葉に、村の人々ははっとしたような表情を浮かべた。
「音は、奪われたわけじゃない。忘れていただけなんです」
その瞬間、ひとりの少女が小走りで自宅へ戻り、小さな木琴を抱えて戻ってきた。
恐る恐る叩いたその一音は、魔導音楽プレーヤーの音と溶け合い、夜の静寂を破って優しく広がっていった。
――コトン。
――コトン、トン。
それはたどたどしいながらも、美しく、あたたかな音。
人々が息をのむ。
「……もう一度、楽器を手に取っても……いいのでしょうか?」
「もちろんです。音楽は、誰の中にも残っているんですよ」
次の日の朝、セリフィア村は完全に変わっていた。
子どもたちが自作の楽器を持ち寄り、村の職人は修理を始め、大人たちは口ずさむようになった。
笑い声が戻ってきたのだ。
達夫の音楽プレーヤーは、魔導器職人の元に預けられ、村独自の“音楽魔導具”として発展していくことになった。
村の中央には、新たな“音の神殿”が再建される計画も立ち上がり、その中心には、達夫の魔導音楽プレーヤーが“心の旋律を取り戻した機器”として祭られることとなった。
長老は達夫に深々と頭を下げる。
「達夫殿……あなたが音を灯してくださった。セリフィア村は、また“歌の村”として蘇れます」
そして達夫は静かに答えた。
「僕はただ……音楽の力を信じていただけですよ」
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