第13話 魔導ミキサーと、癒しのレシピ
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
昼下がりの陽光が、木漏れ日となって道を照らす。
ラストール王国の南東部に位置する小村——ルゼン村は、春の訪れとともに活気を取り戻していた。
石畳の道沿いには、焼きたてのパンや野菜の匂いが漂う小さな市場が立ち、笑い声が風に乗って流れる。
だが、その一角。
村の片隅にある小さな薬草屋には、静かな時間が流れていた。
「ふぅ……。今日も、仕入れた薬草の整理で終わりそうですね」
そう呟いたのは、薬草屋を切り盛りする若き女性、セシアだった。
栗色の髪を後ろで一つに束ね、エプロン姿で棚に並べた薬草を丁寧に拭いている。
彼女の家系は代々薬師で、体にやさしい治療法を重んじる一族だった。
しかし近年、周辺地域で疫病が流行し始めたことにより、セシアの店にも多くの患者が訪れるようになった。
その対応で、彼女は疲れ切っていた。
「もっと効果的で、みんなが飲みやすい薬が作れれば……」
セシアは棚の奥に並べた乾燥果実と薬草を見つめながら、無意識に呟いた。
そんなある日、村に一人の旅人が現れる。
「こんにちは。ここがルゼン村の薬草屋かな?」
そう声をかけてきたのは、佐藤達夫だった。
相変わらず地味な服装、しかし背中に不思議な装置を背負っている。
「ええ、そうですが……お薬がご入用ですか?」
達夫は優しく微笑みながら首を振った。
「いや、少し前からこの辺で薬の材料を集めてるって聞いてね。ちょっと興味があって寄らせてもらったんだ。実は、君の薬をもっと便利に、もっと効果的にできる道具があるんだよ」
「……道具?」
達夫は荷物の中から、見慣れぬ銀色の機械を取り出す。
筒状の容器と、刃のようなものが見える台座。
そして、魔力を流し込むための小さな魔晶石が取り付けられていた。
「これが、『魔導ミキサー』。薬草や果実を細かく砕いて、ジュースやペーストにできる優れモノさ」
「そんなもの……初めて見ました」
セシアは半信半疑だった。
だが、その夜。
二人は村の広場で即席の調理場を設け、薬草と果実を使った試作を始めた。
ゴウン、ゴウンと魔導ミキサーが唸る。
透明な容器の中で、色とりどりの材料が回転し、瞬く間に滑らかなペーストやジュースへと姿を変えていく。
試しに、セシアが薬効のあるミントと乾燥オレンジを混ぜてジュースにしてみると、その味わいは驚くほど爽やかで飲みやすかった。
「な、なんて飲みやすいの……! これなら子供でも抵抗なく飲めます!」
「だろう? 味の調整もできるし、何より早い。毎日大量の薬を作るなら、きっと役に立つよ」
セシアの瞳が、かすかに潤む。
「……ありがとう。なんだか、少しだけ未来が明るくなった気がします」
魔導ミキサーの登場で、薬草屋の業務は一変した。
風邪薬、胃薬、滋養強壮の薬……それらを果物と合わせ、飲みやすく加工することで、村人たちはこぞってセシアの薬草ジュースを求めるようになった。
やがて、近隣の村にも噂は広がり、行商人や治療師までもがセシアの元を訪れる。
村の子どもたちは、カラフルな薬草ジュースを「癒しのスムージー」と呼び、毎朝楽しみにするようになった。
「ねぇ、今日のはラズベリー味?」
「僕はミントと蜂蜜のが好き!」
達夫はその光景を、広場のベンチから静かに見つめていた。
魔導ミキサーは、単なる調理器具ではない。
それは、病に苦しむ人々に笑顔と希望を与える、小さな魔法だった。
その晩、薬草屋で一息ついていたセシアが、ぽつりと呟いた。
「……実は、母がこの村で薬草屋を始めた時、夢だったんです。子どもでも、大人でも、誰もが笑顔で飲める薬を作るって」
「それは……素敵な夢だ」
「でも、母は私が十五の時に病で……。一人で店を守るのは、大変でした」
達夫は、何も言わず、そっと魔導ミキサーのスイッチを入れた。
柔らかな音とともに、カップの中で、苺と薬草が混ざり合っていく。
「君の母さんの夢は、今ここに生きてるよ。君のおかげでね」
セシアはしばらく黙っていたが、やがてそっと微笑んだ。
「……ありがとう、佐藤さん」
翌朝、達夫は次の町へ向かう準備をしていた。
背中には、いつものように新たな魔導家電を詰め込んだリュック。
「行ってしまうんですね」
「まだまだ広めるべき魔導家電があるからね。次は……焼き物かな」
「ふふ、きっとまた誰かを助けるんですね」
セシアは最後に、特製のスムージーを達夫に手渡した。
薬草と林檎、蜂蜜を混ぜた、優しい味のジュース。
「道中、お体に気をつけて」
「ありがとう。君も、いい薬師であり続けてくれ」
そして達夫は、旅立っていった。
魔導家電と、人々の願いを背負って——
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