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第11話  魔導加湿器と、咳風邪に潜む呪い

作品ナンバー2

ほっと一息ついていただければ幸いです。

冬の王都は、肌を切るような乾いた風が吹いていた。


雪こそ降らないが、空気の冷たさと乾燥が厳しく、街中では咳き込む人々の姿が目立っている。


街医者たちは薬草を配って回るが、今年の咳風邪は特にしつこく、治るまでに数週間もかかるという。


「まったく……これほど乾いているとは」


達夫は王都に戻り、女神の居城に呼び出されていた。


広間に現れた女神エリシアは、いつもの柔らかな雰囲気を湛えていたが、その表情にはわずかな緊張が走っていた。


「達夫、今の王都には“空気の呪い”がかかっています」


「呪い……ですか?」


「はい。もともとは些細な魔力汚染だったのですが、空気が乾くにつれてそれが濃縮され、呼吸器系を蝕む瘴気となって街に広がっているのです」


「なるほど……湿度が下がることで、魔力の粒子が体内に入りやすくなっているのか」


「その通り。あなたの世界で言えば、ウイルスのようなものでしょうか。加湿をすることで、空気中に舞う魔力の微粒子を封じられるはずです」


「つまり……“魔導加湿器”の出番、ですね」


 


王都の南に位置する、医術の神殿――。


ここには病を患った人々が運ばれ、神官と治療師によって癒されている。


だが今は、あまりにも多くの患者が押し寄せ、処置が追いつかない状況だった。


「はぁ……はぁ……」


「お母さん、しっかりして……!」


子どもの手を引いた女性が、神殿の扉を叩く。


だが中からは声が返ってこない。


そのとき、達夫が神殿の裏手から現れた。


「入れないのか?」


「ええ、中はもう満杯で……このままだと母が……!」


達夫は周囲を見回し、すでに咳き込む子供や老人たちが建物の外で毛布にくるまり、寒さに震えているのを見た。


彼は静かにバッグを開け、丸い壺のような形をした“魔導加湿器”を取り出した。


その見た目は陶器の壺に似ていたが、側面に魔法陣が刻まれ、内部には水と魔導石が収められていた。


「今からこれを使って、ここの空気を変えましょう」


達夫は地面に魔方陣を描き、加湿器を中心に魔力を流し込んだ。


すると、加湿器の上部から淡い青い蒸気がふわりと広がり始めた。


その蒸気はほんのりとした甘い香りを含み、同時に空気の中の“呪い”を洗い流すように漂う。


「……あれ? 空気が……楽になった……!」


最初に感じたのは、子どもだった。


鼻が通り、喉のヒリつきが治まる。


次に、咳き込んでいた老人が言った。


「まるで、山の中の泉のそばにいるみたいじゃ……」


 


魔導加湿器は、通常の水蒸気だけではなく、浄化の魔法を織り込んだ蒸気を発生させる構造になっている。


魔力で蒸留された水が、魔法陣を通って粒子となり、空気中に漂う有害な魔素を絡め取りながら湿度を保つ。


「これをいくつか神殿の中と、周囲に設置すれば、症状の進行を止めることができます」


その言葉を受け、神殿の神官たちが慌てて駆け寄った。


「これは……本当に聖具ではないのですか?」


「いいえ。“家電”です。あなた方の世界では“道具”かもしれませんが、目的は同じです。人々の暮らしを助けるものです」


「……ならば、この道具はまさに今の我々に必要な奇跡だ」


 


達夫は、神殿の大広間、個室、診察室、それぞれに加湿器を設置していく。


小型のものは寝床の脇に、中型のものは大部屋に、大型のものは建物全体に対応していた。


それぞれに魔導石と水がセットされ、湿度と浄化の効果が、時間とともに神殿全体を包んでいく。


数日後――。


 


王都の空気は変わっていた。


咳をする人々の数が明らかに減り、病を患った人々も次第に回復していった。


医術の神殿には、加湿器の力を聞きつけた王城からの使者が訪れた。


「この“蒸気の壺”、城にもぜひ導入したいとの陛下のご意向です」


「もちろん、設置いたします」


 


達夫は淡々と作業を続けながらも、どこか満ち足りた表情を浮かべていた。


咳き込む子供が笑いながら遊び、心配そうだった母親が涙を浮かべながら感謝の言葉を告げてくる。


それらすべてが、彼の心を温めていた。


 


「家電は、人の暮らしを支えるもの。どんな世界でも、それは同じだ」


彼はそう呟き、魔導加湿器の最後の調整を終えた。


 


その夜。


女神エリシアは星の浮かぶ天の広間で、再び達夫と対面していた。


「王都の瘴気は、完全に消えました。あなたのおかげです」


「“おかげ”なんてものじゃない。私はただ、使える知識を使っただけですよ」


「それこそが、“人の力”というものです」


エリシアは静かに微笑んだ。


「次は……どんな家電を使いますか?」


「そうですね。今度は――少し、心を落ち着ける香りでも……」


 


次なる目的地には、香ばしい焙煎の匂いが、かすかに漂い始めていた。

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