第10話 魔導オーブンと、焼き菓子職人の誓い
作品ナンバー2
ほっと一息ついていただければ幸いです。
朝日が王都の街並みを金色に染める頃、達夫は再び見知らぬ土地に降り立っていた。
今回は商業地区から少し外れた、いくつかの農村が点在する地域だ。
土地は平坦で広々としており、遠くには畑が広がり、牛や羊が草を食んでいる姿が見える。
「ここが、今日の仕事場か」
達夫が目指す先には、屋根に煙が立ち上る小さな家があった。
家の前には、花々が咲き乱れ、庭先には立派な石造りの薪小屋が置かれている。
香ばしいパンやケーキの匂いが風に乗って漂ってきた。
家の中からは、カチカチと金属の音が響いている。
「ここだ」
達夫は小さな家の扉を開けると、温かい光に包まれた部屋の中で、一人の女性が作業をしている姿が目に入った。
その女性、エリスは、地元の焼き菓子職人だ。
彼女は長い黒髪を結び、真剣な表情でオーブンの前に立っていた。
彼女の周りには、色とりどりのケーキや焼き菓子が並べられ、その甘い香りが一気に広がった。
「失礼します。魔導オーブンの修理に来ました」
達夫の声に、エリスが振り向く。
「……あら、あなたがその“修理屋”さん?」
「ええ、そうです。今日はあなたの“魔導オーブン”を見せていただけますか?」
エリスは少し戸惑いながらも、オーブンの前に歩み寄った。
「でも、うちのオーブンは壊れていませんよ? それとも、他の部品でも壊れているのかしら?」
「いや、そのオーブンは立派に機能しています。ただ、もっと便利に使えるように“魔導改良”を加えたほうがいいと思います」
「魔導改良? それって、一体……」
達夫は穏やかに微笑むと、バッグから小さな魔導石を取り出した。
それは、強力な魔力を込めるために使われる特殊な石で、魔法具に取り付けることでその性能を大きく向上させることができる。
「こちらのオーブンに、もっと“焼き加減”の精度を高める魔導石を組み込むんです。焼きムラがなく、どんなレシピでも完璧に仕上がるようになりますよ」
「それは魅力的ですね……でも、私にはそんな魔導の知識がないから……」
「ご安心ください。私は専門家ですから、すぐに終わらせますよ」
達夫はオーブンに軽く触れ、魔導石をセットする。
すると、オーブンの内部で静かな魔力のうねりが生まれ、魔導石がかすかに光を放ち始めた。
エリスは驚きの声を漏らした。
「うわっ……ほんとうに魔力が流れてる!」
「これで、あなたが焼くケーキやパンの火加減が一目でわかり、均等に熱が通るようになります。これからは“焼きムラ”の心配もいりませんよ」
「すごい……私の手がけたケーキが、もっと美味しくなるなんて!」
エリスの瞳が輝いた。
「ありがとうございます! それで、私はどうすればいいんですか?」
「まずは試しに、ひとつ焼いてみてください。焼き時間や温度も、微調整が可能ですから」
エリスは手元のレシピ帳を開き、いくつかの材料を混ぜ合わせる。
その後、オーブンにケーキを入れてみると、達夫はオーブンの横に設置した小さな画面を操作し、適切な温度を設定した。
魔導オーブンは、まるで生き物のように動き、焼き時間をカウントダウンする。
約30分後――
「できましたよ」
オーブンの扉が開かれ、温かいケーキが姿を現した。
ほのかに香る甘い匂いが、部屋いっぱいに広がる。
「……あれ? これ、私が今まで焼いたケーキと、ちょっと違う」
エリスはケーキを切り分け、その一片を口に運んだ。
「うんっ……すごい! 外はカリッと、中はふんわり、そして食感も素晴らしい! 今までこんなに均等に焼けたことなんてなかった!」
達夫は満足そうに頷いた。
「この魔導オーブンは、あなたの焼き菓子をより完璧に仕上げるための道具です。お客様の口に入れるものですから、完成度が高ければ高いほど、より良い評価を得られるはずですよ」
「そうだ、これで新しいレシピも試せる! 今まで以上に美味しいケーキを作れるわ!」
その日から、エリスの店は更に繁盛するようになった。
魔導オーブンの力で、焼き菓子はどんどん進化し、ますます多くの客が足を運ぶようになった。
そして、エリスは達夫に感謝の気持ちを込めて、最初の新作ケーキを差し出した。
「あなたがくれたこのオーブン、最高の助けになりました。どうぞ、これを食べてください」
達夫はそのケーキを受け取り、口に運んだ。
「美味しい。確かに、これは今まで以上の味だ」
「それじゃあ、私も焼き続けるわ! お客様に幸せを届けるために!」
エリスの笑顔に、達夫は静かに微笑んだ。
「これからも、あなたの焼くケーキに魔法をかけていきますよ」
数週間後、エリスの店は王都でも有名な人気店となり、他の村々からも訪れる人々で賑わっていた。
達夫は次の仕事に向けて、再び旅路に出る。
これからも、多くの人々に“魔導家電”を届け、彼らの生活を少しでも楽に、豊かにしていくのだろう。
その先に待っているのは、どんな人々の笑顔だろうか――
達夫は軽やかに歩きながら、次の冒険へと向かっていった。
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