07|双焔 η
出撃――。
鋼鉄の巨獣が目覚める。
四年前の設計をもとに改良を重ねた機体。
その真価を示す時が来た。
「《O2‐VEiL:THE SUN》――セット・セイル!!」
コックピット内に響くエルとアルの声。
同時に、ハンガー内の警告灯が赤く点滅し、
出撃準備が完了したことを告げるアラームが鳴り響く。
ロックボルトが一斉に解除され、機体が僅かに沈む。
装甲が軋み、推進装置が唸る――。
重力に抗い、O2が解き放たれる。
〈――ランチャー、起動――〉
次の瞬間、閃光と衝撃。
O2は発射装置から解き放たれ、
鋼鉄の巨躯が光の奔流となり、
天へと弾かれるように駆け上がった。
鉄星炉の破壊された上部から、空へと解き放たれる。
夜とも昼ともつかない、灰色の世界。
黒雲が空を覆い、雷鳴が響き渡る。
降りしきる雨が装甲を打ち、雫が弾ける。
そして――。
「太陽の王国、展開――!!」
O2の背部から、
光を纏った円形の翼が展開する。
灼熱の輝きを帯びたその姿は、まさに太陽のごとく。
雲の間から雷が奔り、曇天を切り裂く。
闇を薙ぎ払い、天空に降臨する紅蓮の巨影――。
地上の工場プラントが、赤と青の光を映し出す。
「……なんだ、あの機体は……?」
圧倒的な存在感を放つ紅蓮の機体を見上げ、
敵のパイロットたちが息を呑む。
六機のカルディアの通信回線に、動揺が走る。
彼らの機体は、量産型の兵装機。
灰色の装甲に、標準的な武装を備えた、戦場の駒にすぎない。
だが、目の前のそれは――圧倒的だった。
O2の存在が、戦場の均衡を一瞬で崩壊させる。
まるで、神話に登場する英雄が、その姿を顕現させたかのように。
「撃てっ!! 撃ち落とせ!!」
敵機が我に返る。
次の瞬間、六機のカルディアが、一斉に腕部の機関銃を展開した。
魔法光弾が連射され、白熱した閃光がO2へと襲い掛かる。
しかし、O2は静かに両腕を広げた。
「エル、いくよ」
「うっ――が、がんばる……っ!」
紅蓮の装甲が、蒼き炎を纏う。
まるで、生きた獅子の咆哮。
O2のエネルギーが解放される。
アルがコックピット内で告式を詠じると、
O2の右腕に青き炎が凝縮され――やがて形を成す。
蒼炎のハンドアックス。
O2が振るう。
蒼炎の斧が空間を切り裂く。
魔法光弾が、すべて無へと還る。
「ひっ……!」
エルが小さく息を呑む。
けれど、彼女の手には――。
赤き炎が灯っていた。
「――つぎは、わたしの番……っ!」
エルの魔法が発動する。
赤き炎が集束し、左手に形作られるのは――。
紅蓮の剣。
O2はその剣を構え、
一気に敵機へと突進する。
「応戦しろ! 撃ち続けろ!!」
カルディア部隊が迎撃に出る。
魔法光弾の弾幕が、O2を包み込む。
だが――。
「……っ! ――紅蓮の剣!!」
O2は、諸刃で光弾を斬り裂きながら突き進む。
流星のように、一直線に。
「いいぞエル! そのまま――落とせっ!!」
――ズバァッ!!
紅蓮の剣が、敵機の装甲を貫く。
刹那、機体が閃光を放ち、爆炎が広がる。
墜落する敵機。
工場プラントへと激突した瞬間――。
轟音とともに、大爆発。
鉄と炎が舞い、火柱が空を焦がす。
一撃。
たった一撃で、O2は敵機を沈めた。
戦場に沈黙が広がる。
「カ、カルディアを……一撃で……」
圧倒的な破壊の力を目の当たりにし、
残る五機のパイロットたちが――恐怖に息を呑む。
戦場が、わずか数秒で、O2を中心に動き始めた。
◇
炎の中に浮かぶ紅蓮の機体。
O2は、戦場に差し込む光のように聳え立っていた。
しかし、――敵はまだ五機残っている。
残存機は慎重に動きながら、
数の優位を活かすべくO2を包囲し始めた。
「囲め! 奴を逃がすな!」
敵機の動きが変わる。
一機が接近戦用の短剣を構え、O2へ突進。
二機が中距離から機関銃を展開、魔法光弾の弾幕を張る。
残る二機は後方へと距離を取り、
鉄星炉を破壊したあの魔法を発動しようとしている。
両手の指で「蹄鉄」の印を作り、魔力が収束し始める。
「エル、近づいてくるやつはボクがやる!」
アルの声がヘルメットの通信越しに響いた。
O2のシステムが即座にアルの魔法回路を展開。
機体全体が蒼炎に包まれる。
手にしていたハンドアックスが、
無数の小さな斧へと変化した。
「――蒼炎の雨」
瞬間、数千の小さなハンドアックスが、
宙を舞い、敵機へと降り注ぐ。
逃げ場はない。
接近戦を仕掛けてきた敵機は、
回避する間もなく――。
「……う、あぁぁぁッ!!」
蒼炎の斧に貫かれた。
装甲を突き破る蒼い炎が、
機体の内部を焼き尽くす。
次の瞬間――爆発。
燃えながら落下していく敵機。
しかし――戦いは終わらない。
「ま、また――来る……っ!」
中距離の二機が、機関銃を掃射。
O2へと魔法光弾の嵐が降り注ぐ。
無数の光弾が弾幕となり、空間を埋め尽くす。
反射的にエルが魔法を展開する。
「ぜったい――防ぎ切る……っ!」
O2の装甲が赤炎を帯び、
空間に炎のシールドが発生した。
赤と青、二重奏の炎がO2を包み込み、
光弾を次々と弾き返していく。
魔法の炎が織りなすシールドが、O2の機体を守る。
だが、その刹那――。
「……まずい! エル、シールドを増やせっ!!」
「こっ――これ以上はむりぃ……っ!」
遠距離の二機が詠唱を終える。
「蹄鉄」の印から、
強烈なエネルギー波が放たれる、
「くっ……!」
エルが咄嗟にシールドを展開するが――。
魔法波が直撃した。
衝撃がO2の機体全体を揺るがす。
シールドは押し込まれ、
O2は後方へ吹き飛ばされた。
「……エルっ!!」
機体が鉄骨をなぎ倒しながら、
工場プラントの道路へと激突する。
轟音。
衝撃で周囲の機器が次々と爆発する。
崩れ落ちる大煙突。
だが――。
O2の装甲は、まだ砕けていなかった。
「……いくよ、エル!」
アルの言葉に、エルが微かに息を呑む。
「……え?」
O2の右腕が動いた。
崩れかけた煙突の根元を、ガシッと掴む。
「ぅ――アル、まさか……」
アルがにやりと笑う。
「そう! 投げれば、なんだって武器になる!!」
O2の腕が振りかぶられた。
巨大な煙突が、槍のように敵機へと投擲される――!!
「なにぃ……ッ!!?」
敵機のパイロットが悲鳴を上げる。
回避しようとするが――が、間に合わない。
ズガァァァン!!
鋼鉄の塊が、敵機の胴体を貫いた。
爆発。
火炎と破片が宙に舞う。
敵機が、炎を纏いながら、
プラントへと墜落する。
◆
雷鳴が轟く。
雨粒が、鉄星炉の外壁を叩く。
濃密な暗雲の中――O2が身を起こした。
「エル、大丈夫!?」
ヘルメット越しに響くアルの声。
「う、うん……まだ、動ける……!」
臆病なエルの魂には、
それでも確かに赤き炎が灯っていた。
機体が軋みながら動き出す。
背部に備えられたエネルギーユニットが解放されると、
圧縮された魔力が空間を振動させ――。
O2、再起動。
赤と青の炎が、一瞬、機体全体を包んだ。
猛る獣の咆哮のように、推進ノズルが爆ぜる。
O2が、空へと飛び立った。
「撃て!! 奴を仕留めろ!!」
敵機三機が機関銃を展開し、
一斉射撃を開始。
光の雨が降り注ぐ――が。
「――蒼炎の雨!!」
アルの詠唱。
無数の青い炎の刃が空間を裂き、敵の光弾と衝突する。
火花と閃光が交錯。
爆ぜる炎が、一帯を灼く。
だが、敵機はその隙を逃さない。
分厚い雨雲の中、三機が無線で連携。
「囲め! 水式を発動せよ!!」
一機が前方に出て手をかざす。
掌に刻まれた魔法陣が青く発光し、
圧縮された水流が奔流のように放たれた。
それに続き、左右の敵機も同じ魔法を発動する。
キィズ=アルキミア領域:第Ⅲ契、水式魔法錬金術――。
三方向から襲いかかる水の奔流がO2を包み込む。
瞬間、O2の炎が掻き消えた。
一瞬の沈黙――。
その隙を突くように、三機は一斉に機関銃を連射。
防御する間もなく、無数の魔法光弾がO2を貫く。
ルビー色の装甲が弾け、衝撃が機体を軋ませる。
炎を失ったO2は防御姿勢を取るが、撃ち続けられる一方だ――。
―― 双焔 η ――
「アルっ。雲の上!!!」
エルの叫びが響く。
アルの瞳が、一瞬見開かれる。
「――そうか!! エル、ナイス提案だよ!!」
O2、急上昇開始!!
雨粒を弾きながら、真っ直ぐに天を目指す。
「逃がすな!!」
敵機は追撃を続けるが、O2はひたすら高度を上げていった。
稲妻が雲の中で弾け、装甲に雷が絡みつく。
放電が装甲を叩くたびに、聖鉄の外殻が白く発光する。
雷の影響でコックピット内の計器が乱れるが――。
二人は迷わない。
そして――。
厚い雲を抜けた瞬間。
視界が開けた。
青空。
澄み渡る蒼穹と、まばゆい太陽。
O2の機体が、光を浴びて輝く。
撃ち抜かれた装甲の傷跡が、
ルビー色の輝きをさらに際立たせた。
濡れた表面に滴る水滴が蒸発し、
まるで炎が燃え上がるように見えた。
「よし、いけるか。エル!」
「……うん!!」
二人の魔力が共鳴する。
「「《O2‐VEiL:THE SUN》――詠唱開始!!」」
紅蓮の炎と蒼炎がO2を包み込む。
機体全身に魔法陣が浮かび上がり、回転を始めた。
――「太陽」の印。
O2が、ゆっくりと両腕を前に突き出す。
右腕と左腕が交差し、形を成す。
左手を大きく開き、パーの形に――。
天を仰ぐように、その巨大な手のひらを広げる。
そして、右手を握りしめたグーの形にし、
その拳を左手の甲に重ねた。
それは――まるで、太陽を象る印。
O2の全身の魔力血管が輝き、白銀色の模様が装甲を走る。
蒸気のように魔力が吹き出し、機体の隙間から光が漏れ出る。
「焼き尽くせ――!」
放たれたのは、紅蓮と蒼炎を纏う超巨大な魔法波だった。
まばゆい閃光とともに、炎の波動が敵機へと襲いかかる。
「――、――!!??」
敵パイロットたちの叫びがノイズとなって、
通信回線を駆け巡る。
圧倒的な熱量。
三機のカルディアが回避を試みる――。
が、無駄だった。
紅蓮と蒼炎の波動が、敵機を包み込む。
「う、あぁぁぁぁぁっ――!!」
機体が、一瞬で蒸発する。
閃光が走り、爆発音すら遅れて響く。
雨雲を穿ち――。
その魔法波は、地上の工場プラントへと到達し、
大地を円形に抉り取った。
炎の中心に、燃え上がる太陽の刻印が刻まれる。
その余波は、
地下都市の箱庭を露わにするほどの威力だった。
静寂――。
戦場は、一瞬にして燃え尽きた。
◆ ◇
O2は、青空の中に静止していた。
太陽を背に、紅蓮の装甲が燃えるように輝く。
炎の残滓が、機体の周囲を舞う。
その姿は――。
まるで、太陽そのものだった。
「ぅ――か、勝った?」
エルの声が、かすかに震えている。
アルは、一瞬黙った後――。
「……勝った!!」
力強く宣言した。
エルは息を詰めたままぎゅっと拳を握る。
緊張の糸が、ほどける。
二人の息が、そろって荒くなる。
「ボクたち、やったよ! エル!」
「……うん!!」
エルの瞳に、確かな光が宿る。
戦場には、ただ静寂が残っていた。
それでも――。
O2は、その場に立っていた。
まるで、この空の王者であるかのように。