06|転換 ζ
エルとアルは、『公園の箱庭』のベンチに座っていた。
世界は、静止していた。
風も、音もなく、ただ淡い光が揺れている。
まるで、この瞬間だけが切り取られ、
時間の流れから外されてしまったように――。
アルがふっと息を吐く。
「ボクさ、クロのことが好きなんだ」
エルは、彼をちらりと見て、くすりと笑う。
「知ってるよ。みんな知ってる」
アルは照れたように口をつぐみ、
それから静かに言葉を続けた。
「だから、好きだからってわけじゃないけど……クロの怒りも、すごく理解できるんだ」
エルは、少し目を伏せる。
「……わたしもだよ」
二人は同時に立ち上がった。
舞台が、回転する――。
次の瞬間、二人は『水族館の箱庭』にいた。
ガラスの向こうに広がる、深海のような青。
水槽の中を魚たちが漂い、
巨大なサメがゆったりと泳いでいる。
エルは、水槽に映る自分の姿を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……これから、何人の命を奪うことになるのかな」
アルは、少しの間黙っていたが、静かに口を開く。
「……怖い?」
エルは、ゆるく首を振る。
「それがこの世界の当たり前なら……」
「……、逃げてもいいんだよ」
アルの言葉に、エルは微笑む。
「その選択肢があるならね」
彼女は、ゆっくりと歩き出した。
場面が、変わる――。
今度は『遊園地の箱庭』。
観覧車がゆっくりと回り、
カラフルなネオンが瞬く。
メリーゴーランドの音楽が遠くで流れていた。
アルが、ふと立ち止まり、ポケットから何かを取り出す。
「エルに渡したいものがあるんだ」
彼の手のひらには、
小さなひまわりの髪飾りがあった。
エルは、驚いたように目を丸くする。
「えっ……」
「フラトレスからの卒業祝いに、作ったんだ」
エルは、そっとそれを受け取る。
「……嬉しい。アル、ありがとう」
彼女が、髪飾りを胸に抱いた瞬間、――。
世界が変わる。
目の前に広がるのは、一面のひまわり畑。
ブルクサンガの太陽の丘。
風が吹き抜け、黄金の波が揺れる。
アルが前を向いたまま言った。
「一緒に、いろんな世界を旅しよう。それで――」
――ひまわりは、光に向かって咲く花。
――だから、わたしも。
エルは、太陽の光を浴びながら、静かに微笑む。
「いいね。一緒に――」
振り向く。
しかし。
――そこに、アルの姿は無かった。
車椅子と風。
ひまわりが。
夏に揺れていた。
…………、
……、
意識が戻る。
コックピット。
時間は、一秒も経っていなかった。
二人の脳内に、O2の操作感覚が流れ込む。
――無いはずの知識。
――無いはずの経験。
それなのに、まるで手足のように、機体が馴染んでいく。
エルは、ひまわりの髪飾りをそっと頭に飾った。
――この場所に立ち止まるわけにはいかない。
――アルの言葉が、胸の奥で反響する。
決意は、もう揺らがない。