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10|終幕 κ

「舞踏会の幕開けだッッ!!」

 

 プホラは、大仰に両腕を広げ、狂ったように嗤う。

 まるで舞台の開幕を告げる道化のように。


「ああッ、そうだったナァ!!」

「計画の証拠をすべて綺麗に消してこいと、ツァザルディオに命令されてるんだったッ!!」


 声が鉄星炉に響き渡る。

 彼の目が、異様にぎらついていた。


「――さテ。」

「――舞踏会(パーティー)を始めようかッッ!!!」




   ―― 終幕 κ ――



 

 …………、


 ……、


 鉄星炉の地下。


 長く、暗いエスカレーターが続く。

 その階段を、一人の少女が上っていた。


 手錠に繋がれたままの両手。

 黒髪とスミレ色の瞳。


 その少女の名は――。

 月涙|ツキナ。


 彼女は、プホラが創り出したホムンクルスの中で、最も完成度が高い存在。

 だが、それ故に。

 「理想のドロシー」を求めるプホラにとって、

 ツキナは『失敗作』でしかなかった。


 彼にとって、それは目を背けたい現実。

 彼の理想を傷つける、『リアルな偽物』。


 だから彼は、ツキナを檻庭に閉じ込めた。


 まるで、臭い物に蓋をするように。

 亡霊のように扱い、存在を消し去るように。


 ツキナも、それを拒まなかった。


 どうせ、外に出たところで。

 そこに、自分の居場所などないのだから。


 だが、あの暗い牢獄の中でも――。

 彼女には『師匠』がいた。


 その男が、どこから来たのかはわからない。


 いつの間にか檻庭に現れ、ツキナの牢の前でさまざまなことを教えた。

 そして、ツキナの魔法も――その師匠から学んだものだった。


 ツキナは立ち止まり、静かに詠唱する。


「――影生(カゲナリ)


 その瞬間、彼女の影が揺らめき、

 もう一人のツキナが具現化された。



 ――幻影。



「切って」


 ツキナは幻影に、手渡した。


 一本の赤い水晶のナイフ。


 手錠の鎖を前に差し出す。

 幻影のツキナが、無機質な瞳でそれを見つめ――。



 ――ギィインッ!!

 

 

 赤い閃光が弾け、鎖が切り裂かれる。


 自由――。


「もう、いいんだよね」


 ツキナは、静かに呟いた。

 

 今日まで、彼女の心臓に鳴り響いていた、ドロシーたちの声。


 だが、今は――

 何も聞こえない。


 彼女は再び、エスカレーターを上る。


 ――地上が、騒がしい。

 何かが起きている。

 この先で、何が待っているのか――。


 ツキナは、一歩を踏み出した。


 

 ◇



 ――戦闘、開幕。


 鉄星炉は喧騒に包まれていた。

 

 逃げ惑う人々。

 追うは、捕食者――悪魔・メフィスト。


 プホラはまるで指揮者のように、

 壮大なオーケストラを奏でるように――。


 踊っていた。

 

 その姿は、あまりにも異様な光景だった。


「きゃああああ!!」


 メフィストが、ひとりの少年を狙う。

 獣のような四肢で、猛然と襲いかかる。


「――させるかよッ!!」


 エメラルドが、傷を負った右足を引きずりながら魔法を発動する。


 キィズ=アニマ領域:第Ⅰ契、四大精霊術――水と風。


 風の精霊が少年をふわりと遠くへ運び、

 水の精霊がメフィストの頭部に強烈な水流を叩き込む。


 ――しかし。


 メフィストは即座に体勢を立て直し、

 ターゲットをエメラルドへと変更。


 閃光のような速度で襲いかかる――!!


「エメラルドッ!!」


 シロが叫ぶ。

 

 そして――魔法が発動する。


 キィズ=クリスタル。

 魔法結晶術――。


 結晶の形を自由に変化させる魔法。


 彼女の掌から雪のように白い結晶が飛び散り、

 鋭いひし形の盾となってメフィストを切り裂く。


 ――だが。


 メフィストはすぐに再生し、今度はシロへと向かう。


蒼炎の雨(レ・ウィデ)!!」


 空間が揺れた。

 

 降り注ぐ数千のハンドアックス――全てが蒼炎を纏う。


 メフィストを狙い、

 雨のように、嵐のように、鋼の斧が舞い落ちる。


 キィズ=アルキミア領域:第Ⅰ契、火式魔法錬金術――。


 魔法を放ったのはアル。

 彼は真実を知り、絶望していた。

 だが、その魂に宿る正義感が、傍観を許さなかった。


「なぜ!! 抗うッ!!」


 プホラが苛立ちをあらわにする。


「――メフィスト!」


 その声と同時に。

 メフィストは、地を蹴る。


 標的は――。


 エル。


 彼女は、泥に汚れた顔のまま、動けずにいた。


 その時。



「……影生(カゲナリ)



 影が揺れ、気配が弾けた。


 メフィストの進行方向。

 そこに立っていたのは――


 ツキナ。


 否、彼女の幻影。

 ツキナの赤水晶のナイフが、空間ごとメフィストを一閃する。

 

 その瞬間――。


 ――本物のツキナが横から飛び込む。


「……針影(シンエイ)


 闇が揺れた。


 ツキナは、

 口元に小さな吹き矢の筒をそっと当てる。


 彼女は、一息で静かに吹いた。


 シュッ――。


 一本の細い針が、影の中から鋭く放たれる。


 針は、音もなくメフィストの胸元へ――。


 ただの一本の針。


 だが――。

 雷鳴のような衝撃が、メフィストの身体を襲った。


「くっそッ――なんでこんなことに!! 詠唱開始(アンカー)!!」


 クロが吠えるように叫び、

 血を滾らせるように魔法を発動 する。


 キィズ=マキナ領域:第Ⅱ契、魔法兵器工学――。


 彼女が取り出したのは、

 手のひらサイズの戦車の模型。


 その輪郭が一瞬で膨張し、

 本物の戦車へと変貌する。


 無限軌道が回転し――

 


 ――ドォオオン!!



 砲弾が、ツキナの魔法で怯んでいたメフィストを直撃。

 爆炎が炸裂し、悪魔が吹き飛ぶ――!!


「おい、エル!! 私たち、選ばれし英雄なんだろッ!!」


 クロが、泥に倒れるエルへと叫ぶ。


「なら立ち止まるなよ!!」


 その言葉が、

 エルの心を貫いた。


 彼女は震える足を、両手で押さえつける。


「……守らなきゃ。ヒーローにならなきゃ……」


 エル、立ち上がる。


「いける――!」

炎庭の踊り子(ゼルデフラマ)!!」


 詠唱と同時に、

 彼女は踵を強く打ち鳴らす


 タンッ。


 タンッ――。


 床から紅蓮の炎が揺らめき立ち、

 それは踊り子の形を成す。


 燃え盛る紅蓮の舞踏手が、

 音速でメフィストへと襲いかかる――!!


 炎の踊り子が、舞い、燃え、燃やし尽くす。


 ――そして。


 メフィストが、

 「人間には理解できない音」で悲鳴を上げた。



「――とうッ!!」



 高らかに響く女性の声。


 破壊された鉄星炉の遥か上空から、

 力強い影が飛び降りてくる。


 カナリア色の螺旋状の髪をなびかせながら――。


 その名は、

 鬼天儀(キテンギ)・ハンネエッタ!!


 プホラが驚愕する。


「なぜお前がここにいるッ!!」


 当然だった。


 ハンネエッタは今まさに、

 プホラのボスの軍勢と戦っているはずなのだ。


 なぜ、彼女が戦場を抜け、ここに――。


「やっぱり、噂は本物だったんだな!!」


 ハンネエッタが鋭い眼差しでプホラを睨み据える。


 プホラが、髪をかき乱しながら狼狽する。


「ぐッ――!! お前はいま聖戦中のはずッ!!」


「そんなもん、アタシの仲間に任せてきたよ!!」


「……ッ!!」

 

 その堂々たる態度に、プホラは明らかに動揺していた。


 ハンネエッタは悠然と腕を組み、嘲るように言う。


「あんたは今ここでアタシを倒さないと、どうなるか……わかってるよな?」

 

 プホラが歯を食いしばる。


「対摂理魔法を使っていた証拠をアークステラに提出すれば、あんたのボスは終わりだ」


「ッ……!!」


 プホラは焦燥の色を隠せない。


「……メフィスト。……やれ」


 プホラの命令とともに、メフィストが動く。

 黒い残像を引きながら、ハンネエッタへと突っ込む――!!


「よし、かかってこい!!」

「――変身!! 獅子化生(シシゲショウ)!!」


 ハンネエッタの両手の爪が鋭く伸び、

 全身の筋肉が膨れ上がる。


 瞬間――。


 彼女の身体が変形していく。


 キィズ=アニマ領域:第Ⅵ契、変身魔法――!!


 ハンネエッタの体躯は、一回り大きくなり、

 鎧を纏ったまま、獣のようなフォルムへと変貌する。


 その姿――。


 百獣の王、ライオン!!


 二足歩行で構え、圧倒的な気迫を纏う獅子戦士。

 彼女は正面から、メフィストと向き合う。


「メフィスト!! 容赦するなッ!! 徹底的にやれェェッ!!!!」

 

 プホラが指揮を執る。


 メフィストはそれに呼応するように加速し、

 四本の腕を広げ、獣のごとく襲いかかる――!!


「――遅いな」


 ハンネエッタが静かに呟く。

 次の瞬間――。


 ――ザスッ!!


 鋭い切り裂き音。

 メフィストの動きが止まる。

 

 ハンネエッタは、一歩も動かぬまま、

 その獅子の爪で――。


 メフィストのクロユリの頭部を、真っ二つに裂いた。



 ◇



 ――決着は、ついた。

 プホラは、完全に敗北した。


 狂った指揮をやめ、静かに膝をつく。

 彼の狂気に満ちた舞踏は、もはや終幕を迎えていた。


 その場に、ツキナが歩み寄る。

 プホラは、彼女を見つめた。


 その瞳に映るのは――。

 亡き娘の面影。


「……ドロ、シー?」


 掠れた声が、静かに宙を彷徨う。


 プホラの瞳には、

 在りし日のドロシーの姿が映っていた。


 ああ……そうだ。

 戦争なんてなければ。


 プホラは静かに、自分の過去を振り返る。


 彼は、かつて祖式錬金術に傾倒する学生だった。

 周囲の人々は、彼を奇異の目で見た。

 だが――。

 ただ一人、彼を理解してくれた親友がいた。

 

 ダンコ・ポートマン。


「君は、いつでも私の味方だったな……」


 時が経ち、結婚し、娘を授かった。


 ドロシー。


 彼女が生まれた日、

 私は、人生で最も幸福を感じた。


「あの頃は、幸せだった……」


 …………、


 ……、


「――パパ……パ、パ……!!」


 ドロシーが父を呼ぶ声。

 彼女の魂が消えていく瞬間。

 

 何もできなかった。


 ただ、冷たくなっていく小さな身体を抱きしめることしか。


「……ドロシー! 会いたかった……ドロシー……」

 

 彼の視界には、ツキナが立っていた。

 だが、彼には彼女が「本物のドロシー」に見えていた。


「違うよ……私はツキナ」


 ツキナが、静かに首を振る。


「師匠が付けてくれた名前なの」


「違う……違うッ!!」


 プホラが叫ぶ。

 彼の心が、完全に破綻していた。


「プホラ・フラスコ、大人しくついてきてもらおうか」


 ハンネエッタが変身を解き、

 毅然とした態度で手を差し伸べる。


 プホラは虚ろな目で、その手を掴もうとする。


 しかし――。



〝親愛なる友よ、否定しろ。すべては虚構だ〟



 突如、脳内に響く声。



〝人間は皆、愚かだ。誰もお前を救わない〟



〝否定しろ。否定しろ――〟



 プホラは頭を抱えて、苦しむ。


 彼の視界は――。

 一面のクロユリで埋め尽くされた。

 

 そこで、頭のない子供たちが、

 無邪気に手をつないで踊っている。


「ア……ァアアアアアア!!!』

 

 突如、絶叫するプホラ。

 その場の者たちは反射的に身をすくめた。


「――プホラ!! 聞くな!! 悪魔の声に耳を傾けるな!!」


 ハンネエッタが異常を察知し、拘束しようとする。


 だが――。

 瞬間。


 彼は、ばたりと倒れた。

 彼の胸部には――。


 ぽっかりと、穴が開いていた。


「くそッ!! 悪魔め、プホラの魂を奪っていきやがった!!」

 

 ハンネエッタが、悔しそうに壁を拳で叩く。




 十キロ離れた荒野――。




 クロユリの頭を持つ悪魔・メフィストが立っていた。

 

 その手には、

 宝石化した主人の心臓。


 メフィストに顔はない。


 しかし――。


 ケタ、ケタ。

 悪魔は、笑っていた。

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