01|起点 α
機密文書 H.A.3061 – 対摂理・ジェミニ計画 –
計画名称:対摂理・ジェミニ計画
編纂責任者:OZ 機密指定:極秘
[計画目的]
本計画の目的は、カルディア:タイプ・ジェミニの開発である。
これを実現するため、計画は聖書『枝典神歌』太陽の王国編に記された儀式の規則に基づいて遂行される。
[対象条件]
計画の遂行には、双子の存在が不可欠である。
・双子は親に愛されていないことが必須条件とされる。
・また、無知であること、外部の情報や世界の構造を理解していないことが求められる。
・年齢は5歳から7歳が望ましいとする。
[計画区域と環境]
・計画実施区域として、南ビアンポルト地方に2500平方キロメートルの専用区域を確保。
・当該区域に、計画のための都市「フラトレス」を建設する。
・フラトレスに集められた双子は、12歳になるまで外部の世界および戦争についての知識を一切与えられないものとする。
・双子には、計画の成功を前提とし、あらゆる不安要素を排除した環境を提供する。
・愛情を与え、幸福な環境で育てることが、本計画の最重要事項の一つである。
[計画遂行のための資源]
・本計画の成立には膨大な量のリンネホープが必要となる。
・収集、管理、精製に関する作業は、別途指定された機関によって行われる。
– 責任者の任命 –
本計画の責任者として、ファウスト博士を正式に任命する。
本計画の成功を祈る。
OZ
―― 起点 α ――
英雄歴 3061年4月――『対摂理・ジェミニ計画』、始動。
世界のカルディア開発技術と魔法体系の粋を結集し、2500平方キロメートルにわたる巨大な工場プラント――新たな都市国家が誕生した。その名も〈鉄星街=フラトレス〉。この都市は、機械と鉄に覆われた無機質な構造で、縦へと無限に広がる構造を持つ――。
どこまでも続く鉄の都市。視界の果てまで、無数の煙突が立ち並び、蒸気が空へと昇っていく。幾千もの炉が赤く脈打ち、金属の匂いと熱が重く空気を満たしている。迷路のように絡み合った鈍色のパイプが頭上を這い、制御塔の赤い灯火が絶え間なく点滅していた。
その中心に鎮座するのが、鉄星炉。
円筒状の巨大な炉で、頂点は雲を貫くほどの高さを誇る。外壁には複雑な魔法の式が光を放ちながら流れ、炉の側面には回転するリング状の部位が幾重にも重なっている。周期的に光が脈動し、そのたびに炉の奥深くから低い振動音が、まるで怪獣の叫び声のように響き渡る。
ここでは、魔法起動機兵/カルディアの製造が進められていた。
魔法起動機兵/カルディア。
――魔法起動式のヒト型ロボット。
高さは20メートルから25メートルのものが一般的で、
「聖鉄/セイテツ」と呼ばれる特殊な金属から造られる。
ただのカルディアではない。対摂理魔法で創造される原初の機兵。
その名も。カルディア:タイプ・ジェミニ。本計画の最終目的だ。
――。
地上は、鉄と炎が支配する世界だった。
しかし、この都市の本質は、地上ではない。
真のフラトレスは、地面の下に広がる巨大な地下都市である。
そこは、まるでアリの巣のように縦へと広がり、無数の箱状の区画が積み重なっている。それぞれの箱は、独立した「箱庭」として機能し、特定のテーマを持つ。それらの箱庭同士は、巨大なエスカレーターによって繋がれており、縦横無尽に移動することができた。
都市の中央は吹き抜けになっており、
最深部から見上げれば、遠く地上の空が霞んで見える。
この地下都市の目的は、計画の対象となる双子たちを育てるための環境を整えることにある。すべての箱庭は「子供のための街」をテーマに造られ、まるでテーマパークのように彩られていた。
- 村の箱庭:のどかな農村が再現され、麦畑と風車が回る。動物たちが放牧され、子供たちは土に触れながら暮らす。
- 学校の箱庭:白い校舎が立ち並び、学び舎としての機能を持つ。
- 遊園地の箱庭:回転木馬、観覧車、魔法で動くジェットコースター。笑い声が響き、子供たちは夢の世界にいるかのような時間を過ごす。
- 水族館の箱庭:透明なドームの中に海が広がる。魔法の水流が魚たちを浮かべ、空を泳ぐような幻想的な光景が広がる。
- 動物園の箱庭:希少な生物たちが飼育され、子供たちは目を輝かせながらそれらと触れ合う。
- 病院の箱庭:傷ついた者を癒す施設。静かな白い部屋が並び、魔法医学の力で病を治療する。
- 劇場の箱庭:巨大なホールには豪華な演出が施され、許可された劇や音楽が披露される。
- お菓子工場の箱庭:好きなお菓子を好きなだけ食べることができる。虫歯には要注意。
他にも、子供たちのために無数の箱庭が用意されていた。
対象はこの都市の外の世界を知らない。
この地下都市は、幸福だけが与えられる閉ざされた楽園だった。
―― 対摂理・ジェミニ計画、選ばれた双子たち。 ――
計画は始動した。
数多くの候補の中から、最適とされた四組八人の双子が選ばれた。
―――― ◇◆◇ ――――
『アメシストとシトリン――砂漠に生まれた無知な双子。
コードネーム:アメシスト&シトリン(5歳・姉妹)』
砂漠の国に生まれた二人の姉妹。
姉のアメシストは紫の瞳と濃いラベンダー色の髪を持ち、
妹のシトリンは黄金色の瞳と淡い黄色の髪を持っていた。
盗賊として生きる両親のもとで育ち、教育を受けることはなかった。
彼女たちが知るのは、金の価値と、生き抜くための浅ましい知恵だけ。
金に目がくらんだ両親は、ファウスト博士からの協力金を受け取ると、何のためらいもなく二人を手放した。
「金になるなら、お前たちなんかいらない」
その言葉を聞いたとき、二人の心に去来したのは恐怖ではなく、ただの静寂だった。
目隠しをされ、粗末な衣服のまま、トラックの荷台に押し込まれる。
どこへ向かうのかも知らぬまま、砂漠の夜風に体を揺られていた。
―――― ◇◆◇ ――――
『エメラルドとアクアマリン――貴族に捨てられた双子。
コードネーム:エメラルド&アクアマリン(6歳・兄妹)』
貴族の愛人のもとに生まれた双子。
エメラルドは翠の瞳を持ち、くすんだ緑色の髪をぼさぼさに伸ばしていた。
アクアマリンは透き通る青い瞳と、波打つような水色の髪をしていた。
彼らの母は、貴族の男に捨てられた。双子が生まれたことが原因だった。
母は二人を抱え、生きるためにすべてを犠牲にしたが、やがて息絶えた。
捨てられた彼らは、路上で野良猫のように生きる術を身につけた。
ファウスト博士に出会ったとき、二人はお菓子を差し出され、
「これは君たちのものだよ」と言われた。
初めて差し出された、純粋な甘さ。
疑うこともなく、二人は素直にお菓子を受け取った。
そして、目隠しをされ、トラックへ乗せられた。
―――― ◇◆◇ ――――
『ブラックオパールとホワイトオパール――戦争に生まれ、売られた双子。
コードネーム:ブラックオパール&ホワイトオパール(7歳・姉妹)』
ファウスト博士は、彼女たちの名前を呼びやすいように変えた。
ブラックオパール――姉のクロは、黒い瞳と、灰色の髪。
ホワイトオパール――妹のシロは、銀の瞳と、雪のように白い髪。
二人は戦争孤児だった。
焼け落ちた故郷、死んでいく家族、涙を流す余裕もない日々。
生き延びるために、彼女たちは奴隷商人の手に渡った。
売られるたびに、身体に傷が増えていった。
ファウスト博士は彼女たちを、資金で奴隷商人から買い上げた。
「君たちを夢の国につれて行ってあげる」
その言葉に、何の感情も抱かなかった。
目隠しをされ、再び檻の中に入れられるのと何が違うのか、わからなかった。
―――― ◇◆◇ ――――
『ラズライト――太陽の双子。
コードネーム:ラズライト|天藍石/Lazulite & 青金石/Lazurite(7歳・きょうだい)』
どちらが兄か姉かも決められなかった双子。
ファウスト博士はそれぞれ、スペルの違いから。
「エル/L」と「アル/R」と名付けた。
エルは、赤みがかった茶髪にルビー色の瞳の女の子。
アルは、同じ赤みがかった茶髪に、サファイア色の瞳の男の子。
母は彼らを愛してはいなかった。
「明日の朝ごはんのパンを買うお金もなかったのよ」
たったそれだけの理由で、双子はファウスト博士に売られた。
目隠しをされ、トラックに乗せられた。
どの双子も、それが新たな運命の始まりであることを知らなかった――。
「まったく……OZ/オズとやらは、名前を付けるのがめっぽう下手らしい。二人とも同じラズライトとはなんなんだ。まったく……まったく……」
ファウスト博士は、丸メガネを揺らしながら荒野を運転していた。
夢の国――フラトレスへと向かって。
うしろの荷台では、八人の子供がすやすやと寝息を立てていた……。
◇◇ ◆◇ ◇◇ ◆◇
トラックの振動が止んだ。
八人の子供たちは、いつの間にか眠りについていた。
目を覚ましたとき、彼らがいたのは体育館だった。
広大な床、天井には高く吊るされた鉄製の梁、四方の壁には奇妙に整った観客席。
だが、そこに座る者たちは、皆、どこか異様だった。
教師も、生徒も、全員がブリキでできた人形だった。
ギシギシと軋む音を立てながら、無機質な顔を持つ者たちが、整然と並んでいる。
目があるのかも分からない機械の頭は、こちらをじっと見つめていた。
ただ一人の人間。
壇上の演台に立つファウスト博士。
彼は丸メガネをかけ、少し古めかしいローブを身にまとった、気弱そうな三十代の男だった。
ファウスト博士が、マイクを手に取る。
「えー……」
言葉を発しようとしたその瞬間、彼はマイクに額をぶつけた。
――ゴンッ!
体育館に大きな音が響き渡る。
「い、痛てて……」
ファウスト博士は額を押さえながら顔をしかめた。
その瞬間、周囲のブリキ人形たちが一斉に手を叩き、カタカタと笑い声のような音を立てる。
キシキシ、カラカラ……。
笑いながら機械の腕を動かす彼らの動作は、
どこかぎこちなく、それでいて異様なほど整然としていた。
ファウスト博士は苦笑しながら、再びマイクに口を近づけた。
「えー……改めまして、入学おめでとうございます。選ばれし双子の皆さん」
彼は咳払いし、ゆっくりと続ける。
「あなたたちには、12歳になるまで、このフラトレスで生活してもらいます。ここでは、学び、遊び、そして成長することが目的です。もちろん、外の世界について知る必要はありません。あなたたちが知るべきことは、すべてこの場所にあります」
子供たちは、寝起きのぼんやりとした意識のまま、その言葉を聞いていた。
ファウスト博士は、機械的な拍手音を背にしながら、さらに続ける。
「ルールは簡単です。仲良く、楽しく、何も疑わずに生きること」
その言葉が、体育館の静寂に染み込む。
そして――。
エルは、違和感を拭えぬまま、周囲を見渡した。
この奇妙な空間。
笑い続けるブリキの人形たち。
壇上で穏やかに微笑むファウスト博士。
何かがおかしい。
「……なに、ここ……?」
エルは小さく呟いた。
彼女のその戸惑いを残したまま、第一話は幕を閉じる――。