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気が付けば、部屋の前に何人かが集まっていた。
芽衣が叫び声を上げた為、近くにいた者から順番に様子を窺いにきたのだ。
初めに海江田さんとシスター。後から一階にいた残りのメンバーが向かってくる。
俺はきららの呼吸と脈拍、瞳孔を確認して、彼女が完全に亡くなっていることを理解させられた。
「……きらら……」
彼女がいつも付けていたマスクは机に置かれていた。亡くなる前に外したのだろう。
刺さった刃物の柄には血が付いていないが、刺さった箇所から流れ出る血は重力の影響で地面を覆っている。
ベッドのシーツと布団はズレていて、いくらか地面に付いている。おまけに机の傍の椅子も倒れていて、もしかしたら彼女が倒れる拍子にそうなったのだろう。
おまけに彼女の腕時計も地面にぶつかったか何かの所為で壊れている。表面のガラスが割れて針が剥き出しだが、腕時計の時刻は六時を指しているようだ。
……何?
それは…………いや。おかしくはないか。おかしくはないはずだ。俺は何を考えているんだ、こんな時に……。
「君口、これは……」
話しかけてくれたのはレックスだ。彼はこの状況でも一人冷静に振舞っている。
俺以外のみんなはなかなか部屋に入ろうとすらしなかったが、レックスに続いて海江田さん、あと雪代先輩も中の様子を確かめに来た。
「刃物……いや、包丁で腹を刺してる。出血死……だと思う」
「……自分で刺したのか?」
「分からない。ただ、部屋の鍵は閉まってた」
「そうか……」
レックスはすぐに部屋の外にいた芽衣たちにもそのことを確認しに行った。
中から見る分には、十三人全員が部屋の中かあるいは部屋の前にいる。
十三人……もちろんきららを入れた場合の話だ。
緋色の姿が見えないが、ミシェルが誰かを押さえつけているかのような体勢を取っているので、彼に死体を見せないよう部屋の前で止めているのだろう。
「快太君、冷凍室の奥に何も無い倉庫部屋があったのを覚えていますわ。いつまでも……ここに居させるわけにはいかないのではなくて?」
「雪代先輩……。……分かりました」
俺がそう言ってしゃがんだ体勢から立ち上がると、海江田さんがこちらに振り向いてきた。
「どうする気だ?」
「俺が運びます。俺の『力』で……」
俺は部屋の外にいた人たちに道を開けるよう指示を出す。
俺の超能力をこんな形でみんなの前で披露することになるとは思わなかった。でも、前に余興で見せたこともあり、全員俺が何をするかは理解してくれた。
きららにこれ以上傷を与えずに運び出すにはこれが一番良い。
俺は手をかざして『力』を使った。
フワァ
人間一人の質量ならば自由に動かすことが出来る。俺は彼女を冷凍室の倉庫に運び出すことにした。
部屋を出る前に自分の壊した扉を確認する。内側のドアノブには血が付いていて、鍵は俺の所為で完全に破壊されていた。
「あたしも行くよ」
来菜はそう言って俺に付いてきてくれた。別に俺一人で問題は無いのだが、彼女の厚意を断る道理はどこにもない。
そうして一階に降りていった。
*
一階 冷凍室前
「大丈夫?」
運び終えると来菜は俺を気遣ってくれた。
「ああ……」
本当は全く大丈夫じゃない。けれど、それは他のみんなだって同じだろう。
ただ……大丈夫じゃない理由は、もしかしたら少しだけみんなと違っているかもしれない。
「今何考えてる?」
「え?」
来菜は俺に目を合わせてきた。
「昔からそう。旦那さんは考え事するときいつも親指をこめかみに当ててる」
「え? そ、そう……だったのか……」
気付かなかった。意図せずにやっていたらしい。
「……きららちゃんはどうしてあんなことになっちゃたんだろう?」
「それは……」
「旦那はもしかして分かってるんじゃない? けどその上で……また別の何かを考えてるように見える」
恐れ入った。彼女はどこまで俺のことを理解してくれているのだろうか。それとも当てずっぽうか?
「……俺は……あの部屋に入ってすぐ、違和感を覚えたんだ」
「違和感?」
「その正体を多分もう掴みかけてる。でも……信じたくないし、誰にも言いたくもないんだ」
「旦那が気付いてるってことは多分他の誰かも気付いてるよ。多分だけど……。少なくとも、あたしはずっと貴方の味方だから。どんなことを言ったとしても、何をしたとしてもね。だから……話してみてよ」
「来菜……」
少しだけ、勇気を与えられた気がした。
しかし今ここで話すわけにもいかない。確かめないといけないことがたくさんあるからだ。
「明日……そうだな、明日になったらみんなに話すよ。今日はゆっくりした方が良
い。みんな……俺自身もな」
来菜は頷いていくれた。
冷凍室から僅かに冷気が漏れている。
冷たすぎて、この場にいることすら嫌になる程だった。
*
二階 廊下
二階に行くと、廊下の壁に寄り掛かっている海江田さんを見つけた。
俺は即座に彼のもとへ話しかけに向かう。
「……何だ? 君口」
顔色が優れない。彼に限った話じゃないだろうが、酷く苦しんでいるように見える。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「……『何だ?』って言ってんだろ」
意外にも彼は初めから俺と会話してくれるようだった。確認の必要は無かったらしい。
「海江田さんとシスターはずっと部屋にいたんですかね?」
「……いや。俺は少し前までパーティールームにいた。霜浦の奴は知らねぇが……」
「何か音聞こえませんでした?」
「……音? いや……覚えてない……な」
見た感じ本当に覚えていない様子だ。まあ、ショックでみんなついさっきまでのことを忘れているのだろう。俺の記憶も定かとは限らないかもしれない。
俺は次にきららの部屋の前にいた唯香と芽衣に声を掛ける。
「二人とも」
芽衣はずっと下を向いて項垂れていて、唯香は彼女を立ち上がらせるために励ましの言葉を掛けていた。芽衣はずっとこの調子だ。
「あ、君口先輩……」
悪いが唯香、ちょっと芽衣に質問させてくれ。
「芽衣、何があったんだ?」
俺は間髪入れずに尋ねた。芽衣は明らかに様子がおかしかったので、何かきららに関する事情を知っている可能性が高いと考えたのだ。
「……私が悪いんです……私の所為で……」
「『包丁をキッチンから持ち出すきららの姿を見た』…………ってことか?」
「……!?」
芽衣は驚いて顔を上げてきた。
「彼女の腹に刺さっていた刃物は調理用の包丁だ。ここに一ヶ月も住んでいた俺達が、分からないはずないよな」
「君口さん……」
言い返さないということはどうやら正解を引いたらしい。
正直正解を引きたいとは思っていなかったが、これ以外に芽衣が責任を感じる理由を思いつかない。
「愛野さんが責任に感じる必要は無いよ。もしその時に止めていたとしても、柊さんを止めることは出来なかっただろうし……」
「どういうことだ?」
「だって先輩、私が逆の立場でもこの死に方はちょっと……選べないですよ」
……その通りだ。確かに自らナイフを持ち出したという時点で、唯香の言うことは的を射ていることになる。
『柊きららは強い覚悟でもって自殺を目論んだ』
誰がどう見てもその結果は決して覆らないだろう。そう、それだけは間違いの無いことだ。
だったら俺はやっぱり……いや、それでもやれるだけのことはやろう。




