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入れ替われと言ったのはあなたです!  作者: 灰銀猫


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面会を終えて

 弟との面会は自分の至らなさを突きつけられるものだった。驚き過ぎたのもあって何も出来なかったのが悔やまれる。こういう時、抱きしめたりすべきだったんだろうか。時間が経つにつれてその恐ろしさがじわじわと込み上げてきた。


(後遺症が残る怪我だなんて……)


 私も王妃に殴られて骨折したことはあったけれど、後遺症は残らなかった。どれほどのことをすればそんな怪我をさせられるのか。子ども相手にそこまで出来る王妃が空恐ろしかった。

 それに、精神面もだ。本人は困っていないと言っていたけれど、それは感情に蓋をしているからで、心の傷は残ったままだったのではないだろうか。それは何の解決にもならないけれど、どうすればいいのか見当もつかない。


 次期国王のあの子にそこまでの仕打ちをした王妃の憎しみの深さを改めて思い知るとともに、その憎しみが見当違いのものだったことが一層気を滅入らせた。

 彼らとの面会で明らかになったのは、父の身勝手さから何人もの運命が捻じ曲げられた事実だった。父が母に懸想しなければ、母は王妃の弟と結婚して幸せになれたのだろう。王妃も憎しみに身を焼くことはなく、異母姉も贅沢は出来なくても実の親の元で幸せに暮らしていたかもしれない。そうなれば私や弟は生まれなかっただろうけど、現状では生まれてこない方がよかったと思ってしまう。


(王妃も、異母姉も、ある意味被害者だったのよね)


 その事実は何とも重いものだった。今までずっと父よりもあの二人への嫌悪感の方が強かったのに、それが真逆になってしまったのだ。加害者もまた被害者だったとしても、これまで虐げられていたことを許せるわけではない。そうしない選択肢もあったのに、彼女らはやる選択をして実行したのだ。この感情をどう整理していいのか、色んな想いが渦巻いてどうしたらいいのかわからなかった。





 浅い眠りを繰り返して夜が明けた。父らの処刑まで残り三日。その三日ではとても心の整理はつきそうにない。それでも無情にも時間は過ぎていく。こんなことなら早々に面会しておけばよかった。

 朝食の後、ティアが淹れてくれたお茶を飲みながら外を眺めた。季節は夏も半ばを過ぎ、目に痛いくらいの日差しが今日も降り注いでいた。この明る過ぎるほどの光で心の中のモヤモヤも消せたらいいのに。そんなことをぼんやり考えていると、皇子の訪問を告げられた。


「気分はどうだ? 大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。大丈夫です」


 別に具合が悪くなったりはしていないから大丈夫としか言いようがない。


「ほら」

「え?」


 渡されたのは紙袋だった。中を覗くと、そこにあったのは……


「これは、ラスク?」

「ああ。好きなんだろう?」

「え、ええ……」


 確かに皇子の言う通りだ。子どもの頃、滅多にお菓子を口に出来ない私を気の毒に思った侍女たちが、時々余ったパンを使って作ってくれて、微かな甘みと食感が大好きだった。王女が食べるものじゃないけれど、それは今でも変わらない。でも、どうしてそれを皇子が知っているのか。それにこれをどこで手に入れてくるのか……相変わらず謎だ。


「あの……三人の様子は……」


 気になったのはあの三人だった。同じ部屋で過ごしていると聞いていたけれど今はどうなっているのか。


「王は別室に移動させた。相変わらずぼんやりと過ごしているようで変わりはないと聞いている。今は王妃とアンジェリカが一緒にいるが、以前に比べると大人しくなった。アンジェリカは放心状態で食事もろくに摂れていないが、王妃が世話を焼いている」

「そう、ですか」


 父と一緒では王妃と異母姉も苦しいだろうから、離したのはよかったかもしれない。下手すると刃傷沙汰になりそうだったし。そういえばもう王妃じゃなかったっけと今更なことを思ってしまった。まぁ、元王妃と言うのも面倒だし、あと数日のことだからいいんだけど。

 今、一番苦しい想いをしているのは異母姉だろうか。ああ、こっちも異母姉じゃなくアンジェリカと呼んだ方がいいのだろう。そういえば……


「あの……」

「何だ?」

「アンジェリカの両親の死んだ経緯、何かご存じですか?」

「ああ。子を死産した後、金回りがよくなったそうだ。その後火事が起きたと」

「原因は?」

「火事が起きたのは夜中だが原因は不明だ。夫婦は逃げ遅れて焼死したと」


 予想通りの答えだった。きっと真実が暴かれるのを恐れて口を封じたのだろう。それにしても、二十年近く経ってから事実を掴む帝国の情報収集能力が恐ろしい。それが国力の差なのかもしれないけれど。


「王妃が面会を求めてきた」

「……王妃が、私に? どうして……」

「さぁ。理由までは聞いていないが、王の話を聞いて思うところがあったのだろう」


 確かにそうかもしれない。父と王妃の父の欲のせいで私たちを取り巻く状況は認識していたものと大きく外れていた。それに王妃たちには時間がない。気になることがあれば聞いておきたいだろう。でも……


「どうする? 嫌なら断っておくぞ。また嫌な思いをする可能性もあるからな」


 意外だった。断れる話ではないと思っていたし、皇子がそんなことを言うとは思わなかった。こんな人だっただろうか……


「慌てることはない。まだ三日あるから今返事をしなくてもいい」


 まだ三日。皇子はそう考えるのか。私はもう三日しかないと思っていたし、そんな風に言われてもやっぱりもう三日しかないとしか思えない。三日後の先は永遠に失われるから余計にそう思うのかもしれないけれど。


「会います」

「いいのか?」

「はい。後で会っておけばよかったとは思いたくないので」


 四日後には彼らはもうこの世にはいないのだ。だったら何があっても最後まで見届けようと思ったし、それが生き残る私の役目なのかもしれない。


「わかった。だが、無理はするなよ」


 さらりと言われた言葉はどこか優しい響きがあった。もしかして心配されているのだろうか。





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