謁見
謁見の間には既に王妃と弟、宰相と副宰相、騎士団長がいた。皆いつもよりも質素な服装で、別人のように見えた。弟の姿に何とも言えない感慨深いものが込み上げてきた。近付くことすら許されなかったから。遠目に見たことはあったけれどこんなに近付いたのは初めてだ。父に似ているけれど、顔立ちは母似だろうか。緊張のせいか表情が消えて、目を伏せて佇む様子は人形のようだった。そして異母姉の姿はなかった。この場に呼ばれていないのだろうか……
(もしかして……帝国は私の存在を知らないのかしら?)
我が国と帝国の交流は殆どないから、その可能性がないとは言い切れなかった。でも、人前に出ることは禁じられていたけれど、一応王族として名は連ねていたように思う。もし「ソフィ」も呼べと言われたらどうする気なのだろう……
(まさか、私がそれを望んだとか言って責任を押し付けたりは……)
しないと言い切れなかったことに愕然とした。むしろ王妃なら私を苦しめるために計画しかねない。そう思うと、もしかしたらこれは初めから私を陥れるためにやったのだろうか……
(……そうじゃない、と願いたいけれど……)
否定出来ないのが情けない。でも、そうなったら帝国に直訴してしまおうか。信じて貰えるかどうかはわからないけれど、王妃らに二心ありと帝国に思わせられれば仕返しくらいにはなるかもしれない。
そんなことを考えていたら、父が騎士たちに囲まれるようにして部屋に入ってきた。だらしなく太った身体が幾分かはすっきりしては……いなかった。顔色も悪く、随分焦燥していて一層侘しく見えた。愛妾はいなかった。子がおらず王統に繋がっていないからだろうか。
「ヴァンガード帝国、皇弟殿下のご入場です!」
父が私たちの側までやった来たタイミングで帝国の騎士が高らかに声を上げ、私たちは玉座の前に並んで膝を折って頭を下げた。玉座の横の扉が開く音がして、そこから硬い靴音が複数続いた。顔を上げることが出来ないので様子はわからないけれど、空気がピリッとした気がした。
「ヴァンガード帝国皇帝の弟のルードヴィグだ。許す。顔を上げろ」
しっとりとした、でも有無を言わせない強さを秘めた声が謁見の間に響いた。父の声と比べて何と覇気に満ちているのだろう。比べるのが申し訳ないほどだ。周りの動きを感じて、ゆっくりと頭を上げた。その先の玉座は四十歳くらいの男性が足を組んで座っていた。鮮やかなルビーを思わせる髪と瞳は皇族の証だと聞いたことがあるけれど、目の覚めるような綺麗な色だった。目元はたれ気味で優しそうに見える。目鼻立ちははっきりしていて、大人の色気溢れる美形だ。皇帝の弟なら父王たちと同じ世代なのだろうけれど、すっと伸びた背筋のせいか若々しく見える。豪奢な玉座に負けない存在感に、これが帝国なのかと背筋が冷えるのを感じた。
その左隣には、こちらも同じ髪と瞳を持つ若い男性が立っていた。年は私よりも四、五ほど上に見える。顔立ちが似ているから息子だろうか。冷たさを感じさせる鋭い目元が鋭利な刃を思わせた。騎士なのか均整の取れた身体はしなやかそうで、野生動物のように見えた。
一同を見渡した皇弟殿下が僅かに眉を上げた。何かお気に召さないことがあったのだろうか。まさか私が偽物だとばれたのだろうか……それとも……
「王族を全員集めろと言ったはずだが?」
「これで全員と聞いております。そうであったな、アシェルの王よ」
皇弟殿下に声をかけられた文官風の壮年の男性が父に尋ねた。父はあからさまに動揺していた。仮にも王なのに動揺し過ぎじゃないだろうか……
「そ、それは……」
「恐れながら申し上げます」
父王に一瞬険しい視線を向けた王妃が、皇弟殿下に向かって声を上げた。堂々としていてよっぽど父よりも頼もしく見えた。
「何だ? 発言を許可する。言ってみろ」
「発言をお許し下さりありがとうございます。確かに王にはもう一人娘がおります。ですがその娘は母の身分低く、今はメイドとして仕える身。この場にはそぐわないかと……」
いつの間にか私は侍女ではなく更に下のメイド扱いになっていた。そこまで私を貶めたいのか、それとも異母姉を守りたいのだろうか。両方かもしれないけど。
「そぐうかどうかを決めるのはそちらではない。我らだ。それに、王太子は妹王女と同腹だと聞いている。そぐわないというのであれば王太子もそうなるが?」
「……」
「おい、誰かもう一人の王女を連れてこい。ソフィという名だ」
正論で反論された王妃は何も言い返せなかった。帝国は弟のことも私のこともすっかりお見通しだったのだ。これでは入れ替わる必要などなかったし、むしろ悪手だった。噂以上に帝国は我が国の情報を手にしているらしい。感心しながら彼らを見上げたら、左に立つ騎士からの視線を感じた。
(……っ)
視線が合って、その鋭さに息が詰まりそうになった。動揺を隠すのが精一杯だ。もしかして私がソフィだと気が付いたのだろうか。確かに私は異母姉とは髪や目の色が違うし、彼女のような華もない。彼らがそのことも掴んでいたとしたら……心臓に冷や水を流されたような気がして、息が苦しくなった。
程なくして、異母姉が騎士に囲まれて入ってきた。侍女服ではなく普段着用のドレスを身に着け、髪も結い化粧もされていて、とてもただのメイドには見えなかった。私の方がずっと地味な装いだ。
「王妃に問う」
「は、はい」
「この娘がソフィで間違いないな?」
急に声をかけられた王妃は一瞬目を瞠り、その問いに口元を微かに強張らせたように見えた。目にいれても痛くないほど慈しんでいる一人娘を、憎い女の子だと言わねばならない葛藤がそこに見えた気がした。でも、それを望んだのはあちらだ……
「相違、ございません……」
王妃はドレスの裾をぎゅっと握りしめながら答えた。
「そうか。報告では姉王女は金の髪に青い瞳、妹王女は茶の髪にヘーゼルの瞳とあったが?」
「そ、それは……報告書に間違いがあったのでございましょう。御覧の通り、金の髪を持つのは妹王女でございますれば……」
「そうか。相分かった」
王妃の答えを皇弟殿下は是としたけれど、それを信じたのだろうか。王妃の様子はあまりにも動揺し過ぎている様に見えたのに。異母姉も強張った表情で呆然と王妃を見ていた。これって……
(もしかして、もう元に戻れないんじゃ……)
帝国に髪や目の色を逆に認識されてしまった。しかも皇族に顔を見られてしまったのだ。こうなっては元に戻るのは簡単ではないように思えた。