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無血開城

(はぁ……これからどうなるのかしら……)


 あの後異母姉の部屋に放り込まれたけれど、全く寛げなかった。下手なことをして家具に傷の一つでもつけたら、後でそんなお咎めがあるかわかったものじゃない。それに侍女や護衛騎士が控えているのでため息一つも咎められそうで辛い。こうなると逃走防止の監視役にしか思えない。いや、実際にそうなのだろう。私が不審な行動をしたら直ぐに王妃に報告されるのだろう。重苦しい空気に胃に冷たい小石が溜まっていくような気がした。

「ソフィ」になった異母姉は今どこにいるのだろう。あの人が使用人部屋で過ごすとは思えないから、どこかの客間にいるのだろうか。侍女たちに聞いても教えてくれないだろうから、尋ねることはしなかった。


(それにしても、こんなことになるなんて、思いもしなかったわ……)


 こんな馬鹿げたことをするとは思わなかった。自分たちは何をしても許されると考えている人たちだったけれど、相手は国、しかも我が国よりもずっと力のある強国だ。喧嘩を売るにしても相手を見るべきではないだろうか。お祖父様は賢王と呼ばれ周辺国からも一目置かれていたから、それが今も続いていると思っているのかもしれない。


 我がアシェル王国は大陸の北に位置する。国としては中程度の広さの国土を持つけれど、気候が涼しいのであまり農業には適さない。それでも酪農や絹織物などが盛んで、国力も辛うじて中の中程度を保っていた。


 そんな我が国が帝国と戦争になったのは、帝国との国境地帯にある二つの辺境伯家が我が国から離脱し帝国への編入を望んだからだ。国力のある帝国の方が税率も安く、また穀物も安価に手に入る。帝国は政策が民寄りで先進的な点もあるだろう。要は我が国よりも帝国の下に入った方がお得なのだ。


 一方の帝国は始まりは騎馬民族の治める小国だったが、百年ほど前から急速に力をつけて領土を増やしていった。この五十年はそれが顕著で、三つの小国と五つの辺境伯領が帝国の傘下に入り、今や大陸一の国土を有するようになっていた。

 近年では九年前に我が国の東南に位置するマイエル王国が帝国に編入している。圧政を敷く王に王弟が反旗を翻したのだけれど、この時は帝国への恭順を条件に援助を受けたと言われている。その後マイエル国は帝国の皇子が王となり、王弟が宰相として支えている。政変での混乱はあったものの、国力としては前王の時代を既に超え、民の生活水準も上がったと言われている。


 そのようなよい見本を近くで見た辺境伯家が帝国を仰ぎたくなるのも仕方がないだろう。しかも一方の辺境伯領とマイエル国は隣接しているだけに尚更だ。半面我が国はというと父王はあまり王としての能力は芳しくなく、貴族を優遇するせいで民の貧困の度合いは年を追うごとに増していると聞く。


(民にとっては、帝国の傘下に入った方がいいのかもしれないわね……)


 王宮から出ることを禁じられ、夜会などの公式の場にも出たことがない私には民の様子がわからない。それでも、父や王妃の様子を見ているととても善政を敷いているとは思えなかった。しかも宣戦布告しておきながら半年でこの有様だ。前々からそうじゃないかと思っていたけれど、思っていた以上に無能だったのかもしれない。





 異母姉との入れ替えを命じられた三日後、王宮は帝国軍に明け渡された。私は異母姉として彼女の部屋でその知らせを受けた。指示があるまで部屋から出ないようにと言われたため、私は異母姉の部屋で読書をしながら時間を潰した。


 父は無血開城の条件として王族の助命を願い、抵抗することなく帝国軍を受け入れた。民よりも自分たちの安全を優先する態度があからさまで情けない。でも王宮が破壊されれば今後国を治めるのに都合が悪いだろうから、余計な混乱を生まなかったのはよかったと思う。

 一方、王妃に蛮族と言われた帝国軍は粛々と王宮内を掌握しているらしい。使用人たちに暴力を振るうこともなく大きな混乱は見られないようだ。きちんと統制が取れている様子からして、司令官はかなり優秀で規律にも厳しいのだろう。やっぱり父王よりも帝国の方がよい治政をするのかもしれない。残念だけど、情けないことだけど、父は王には向いていなかったのだろう。




 動きがあったのは五日後のことだった。帝国の騎士たちがやってきて、謁見の間に来るようにと告げた。私は一人で彼らの後について謁見の間へと向かった。


(……あ……)


 部屋に向かう途中である人物を見つけ、私の胸に驚きと喜びが灯った。柔らかそうな茶色の髪を持ち、騎士なのに珍しく眼鏡をかけている彼と出会ったのは四年前。騎士になったばかりの彼が王宮の庭で迷子になっていて、私に声をかけたのが始まりだった。それから時々姿を見かけるようになり、たまに焼き菓子や飴をくれた。多分使用人の子だとでも思われていたのだろう。彼は甘いものが苦手だからと言っていたから、そこに他意はなかったのだろうし。

 たったそれだけのことだったけれど、実母にも顧みられなかった私にとっては大切で優しい思い出だった。侍女になってからは庭に出ることもなくなったけれど、元気そうな姿に心の中が温かくなった。

 でも、彼はあの時の子どもが私だとは気付かなかったのだろう。すれ違った時も無表情で私を見ていた。覚えていられなかったことを残念に思いながらも、この姿では仕方ないとも思った。


(あの時のお礼を言いたかったな……)


 そうは思うけれど、この姿ではそれも叶わなかった。こんなことならこんな命令など受けなければよかったと思うけれど、そんなことが許されるのなら私はとっくに逃げ出していただろう。




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