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無謀な命令

 その日、我が国は敗戦国となった。




「ソフィ! ソフィはどこ!!」

「は、はい! こちらに!」


 王妃の苛立ちを多分に含んだ声に、私は王妃の部屋に繋がる侍女の控室から飛び出した。機嫌を損ねると酷い目に遭うのはこの三年間の生活で身に染みていたからだ。帝国に喧嘩を売って半年余り。戦況は最初から芳しくなく、帝国軍が王都に近づけば近づくほど王妃の苛立ちは酷くなった。お陰でこの一月ほどは生傷が絶えない。昨日もカップを投げつけられて腕に痣が、頬には扇で殴られた傷が今も薄っすらと残っているのだ。


「何をしておる! 呼んだら直ぐに来ぬか!」

「も、申し訳ございません!」


 足元に跪き、頭を床に付けて平身低頭で謝罪する。これで王妃の怒りが収まる筈もないが、しなければ一層怒りを買うから仕方がない。


 私はソフィ。このアシェル国の第二王女だ。母は側妃なので王妃は義理の母になるけれど、私に向ける感情に親愛など砂粒一つ分もなかった。あるのは絶えることのない憎しみで、最近はそこに殺意も加わっているように感じる。


 王妃が私をことさら憎むのには理由がある。王妃が産めなかった王子を、次代の王を母が産んだからだ。王妃は私の異母姉になる王女一人しか産めず、側妃の母は私と男児を産んだ。それは王妃のプライドをずたずたに引き裂くには十分だったのだろう。

 それ以外でも王妃は公爵家の出だが、母は没落寸前の伯爵家の出。しかも側妃になる前は王妃の侍女をしていたのだから、王妃にしてみれば飼い犬に手を噛まれたと憤るのは当然かもしれない。


 ただ、母が父の愛を求めるのを私は見聞きしたことはなかった。いや、母は父を憎んでいたように思う。母には結婚間近の婚約者がいたが父王に手籠めにされて破談となり、その時に出来たのが私だった。そのような経緯から私は王妃だけでなく母からも疎まれた。それでも母が生きていた時は父の目がこちらに向いていたのもあって、一応は王女として遇されていたのだ。人前に出ることは許されなかったけれど。


 そんな私が王妃の侍女をするようになったのは三年前、母が亡くなってからだった。母が伏せがちになってから父王は母への興味を失い、若い愛妾を寵愛している。そのせいで私を気に掛ける者がいなくなったのだが、そこに手を差し伸べる風を装って自分の侍女になるようにと言ってきたのが王妃だった。

 義娘を侍女にすると聞いて、一部の良識ある臣下は反対したと聞く。そんなことをしては王妃が継子を虐待していると言われて外聞が悪いと。気の強い王妃が何を企んでいるか、彼らにはわかっていたのだろう。

 だがそれも「弟がどうなってもいいの?」と暗に言われればどうしようもない。弟は王妃の実子として彼女の手の内にあったからだ。更に父までもが「好きにしろ」の一言で黙認した。そうすれば王妃の怒りがいくらかは収まり、自分が楽だからだ。

 そんなわけで、私にはもう王妃の侍女になる道しか残されていなかった。そしてそんな理由で侍女になれば、私の境遇など推して図るべしだ。


 王妃の侍女になってからの私の生活は、悲惨の一言に尽きた。休みなく呼び出され、侍女の仕事ではないことも求められて出来なければ叱咤が飛び、程なくして体罰が当たり前になった。何日も食事を抜かれたこともあるし、骨折したこともあった。骨折した時はさすがに父に知られてはマズいと思ったのか、医者を手配し治るまで休みをくれたけれど。王妃は自分の侍女たちにも同じように私を侮るのを望み、王妃の癇癪を恐れて誰も助けてはくれなかった。


(今日は何かしら?)


 昨日は私以外の侍女が淹れたお茶が薄いと責められた。それ以外でも化粧のノリが悪いとか嫌な夢を見たとか、父と愛妾が庭にいるのを見たとか、私には関係ないくだらない理由だ。要は理由なんて何でもいいのだ。そのうち今日は雨だからとか、寒いからと言い出しそうだ。


「これを着なさい。今すぐよ!」


 その声と共に身体の上に何かがどさっと落ちてくるのを感じた。恐る恐る顔を上げると、それは紅色を基調としたドレスだった。


「これは……」

「誰か手伝ってやりなさい。早く!」


 王妃がそう命じると、近くにいた侍女たちが私を囲み、あっという間にドレスに着替えさせられた。丈は問題ないけれど、胸元がちょっと寂しい……


「あら。やっぱり胸元が足りなかったわね」


 着替えを手伝わなかった侍女が私を見てそう言ったけれど……


(ど、どうして!? それに、その格好……)


 声の主は異母姉のアンジェリカだった。直ぐに気付かなかったのは眼鏡をかけて侍女服を着ていたからだ。

 彼女は王妃が産んだ私の一つ上の異母姉だ。私と違いくすみのない金の髪と鮮やかな碧眼を持つ美人で、聡明でもあるため民からの人気も高い。他国の王家からの縁談も数えきれないほどあって選びかねているのだとか。王妃自慢の王女で、同じ王女でも私とは天と地ほどの差がある。そもそも私を王女として扱うのを禁じていたのは王妃なのに……


(も、もしかして……)


 考えたくもない嫌な予感に、心臓が不快な痛みを催しているような気がした。


「よくお聞きなさい。お前は今からアンジェリカよ」

「…………」


 嫌な予感は最低な確証に変わった。


(まさか、本気で私を身代わりに?)


 確かに背格好は似ているけれど、私の瞳はヘーゼルだし髪色だって私の方が薄い。いくら何でも無謀ではないだろうか。


「陛下は和平の証に、我が国の王女を帝国の皇子に嫁がせることにしたの。でも、繊細なアンジェリカをあんな蛮族の治める国になど送れないでしょう?」


 王妃は言葉を区切ると、じっと私を見た。つまり、私に代わりに行けと言いたいのだろう。


「入れ替わってくれるわよね? これはお父様のご意向なの」

「あなたなら立派に帝国でもやっていけるでしょう? あんなにも我慢強いのですもの。ああ、もしばれるようなヘマをしたら……わかっているわね?」


 そう言われてしまえば、私に是以外の返事など出来る筈もなかった。





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