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空白の世界とモノクローム  作者: 藤 光一
二、破曲

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9/27

-傲慢の先に-

 祭壇のあった部屋から出て、再度アプリコットに染まる空のところに戻る。先程の部屋で仕掛けを引いたので、また何処かの部屋の鍵が開いたはず。私たちはそう判断した。この空間にある部屋を探し回ったところ、やはり新たに扉が開いた部屋を見つけた。それは、最初に入った怪文書を解いた部屋の近くに位置する部屋だ。

 あんなに堅く閉ざされていたというのに、招かれるようにその部屋は開かれていた。不思議な事に、この空間はそれぞれの部屋に入るとガラリと印象が変わる。怪文書があった部屋は、荒廃した暗く孤独な部屋。祭壇があった部屋は広間のように大きく、けど何処か寂しい部屋。

 そして、今私が踏み入れたこの部屋は十畳程度の窓の無い部屋だった。芝生のような爽やかな緑色の床、クリーム色の質素な壁。何とも質素だと感じてしまうのは、部屋らしい家具無いからだろうか。

 まるで、引っ越して間もない新居に来たばかりの光景だ。何も無いからこそ声が反響しそうだ。そんな質素な部屋に際立たせてる存在が私の瞳に映り込んでいた。私と同じサイズ程の大きさのぬいぐるみが背中を向けて佇んでいたのだ。


「え、くま。・・・のぬいぐるみ?」


 思わず私は、声に出してしまった。その際立った存在に目を奪われ、声が反響する。私と同じ背丈の大きなぬいぐるみ。あれは、熊がモチーフだろうか。部屋の中央に佇むぬいぐるみは、モコモコとしたその身体には少しほつれが見えた。


「いや・・・、あれは恐らく。」


「うぬ?」


 そのぬいぐるみは、私たちの存在に気付いたのか糸を引っ張り上げるように振り向く。モノリスも何かに気が付いたのか、私の言葉に静止させようとしていた。


「なんじゃ、モノリス。久しいのぉ。」

 

 そのぬいぐるみから発せられたのは、少年とも捉えれる女性のようなハスキーな声だった。耳に入った声色とは裏腹に、物腰が柔らかく口調も穏やかだ。

 どうやらこのぬいぐるみとモノリスは知り合いなのだろうか。状況整理が付かない。


「え?知り合い?いや、っていうか喋って・・・。」


 私は、つい焦ってしまった。玩具屋に置いていそうな熊のぬいぐるみが動き話しているのだ。無理もないだろうと口に出したいくらいだ。


「まぁ、この世界ならではだな。君の常識なんて浅はかだったと思える程、別次元なのだ。」


 モノリスは、私の肩に手を添え首を横に振りながら冷静になるよう促した。


「無理もなかろう。それに、この世界で言葉を話すものなんか・・・。片手で数える程度しかおらんからなぁ。」


 熊のぬいぐるみは私に手を差し伸べ、そう告げた。プニプニとした弾力のありそうな肉球を露わにするよう、このぬいぐるみが掌を広げていた。


「それは、あなたの三本指で?それとも、私の五本指でと云う意味での片手なの?」


「セナ、困惑しすぎだ。これは、言葉のあやであって数えるくらいしかという意味で、その片手の基準が君か彼女かの議論を在すべきではない。」


 いつの間にか私は、困惑していたようだ。確かに彼の言う通り、このぬいぐるみの手か私かは全くの別の話だ。何故だろうか、こんなに思考が乱れてしまうのは。

 ただ、先程までみたいに何か私たちに敵意が少なくとも無いとは云える。現にモノリスとは知り合いのようで、親しみもあるように見える。


「そ、そうね。あまりに悠長に話すから驚いただけ・・・。え?・・・彼女?」


「若いのぉ、人間よ。あぁ、正気が遅れたな。僕は、すてぃぐま。ここでは、そう呼ばれておるし、れっきとした女だ。」


 これを驚くなと言う方が無理がある。少年のような声を発してるぬいぐるみかと思えば、自分を「すてぃぐま」と名乗り、女性だと云う。

 彼女は、右手を後ろに回し、左手を腹部に当て静かにお辞儀をした。まるで紳士のようなその佇まいは、余計に困惑してしまう。


「それに、僕らが話すのは当然じゃ。なんせ・・・。」


「元々、私たちは人間だったからだ。」


 モノリスは、彼女に同意しながら頷いた。くるりと私に振り向き、静かにその事実も。モノリスも、このすてぃぐまと名乗るこのぬいぐるみも、元は人間だった・・・。私と変わらず、現世で過ごしていたという事なんだろうか。住むところ、時間は違うのだろうけど。

 それでも、彼らはここに訪れて何年とかそんな短い期間で過ごしてきた訳では無いのだろう。私が思う時間と比べものにならない、途方もない刻が悪戯のように過ぎているに違いない。


「最も、人間の頃の記憶なんて覚えておらんがな。

 そこのモノリス同様に。」


「それじゃあ、あなたも?」


「いかにも。私も元人間だ、性別が男というだけで。」


「他は、何一つ覚えていない。そこだけ解釈してしまったら、シャドウとなんら変わりないだろうな。」


 それでも自分が人間であった事、性別があった事くらいは覚えているようだ。いや、むしろ、もうそれくらいしか記憶に無いのかも知れない。

 彼らが存在価値を証明出来ているのは、その叶えたい欲とシャドウとは違った名を持っているからだ。名前がある事で自分自身を辛うじて繋ぎ止めているんだと私はそう思った。


「それはさておき、人間よ。何故ここにきたのじゃ?」


 すてぃぐまは、広げた左の掌に右手でポンっと叩いてから尋ねた。そうか、まだ私がここに来た事については、まだ話していなかった。と、言っても私もトウマを追いかけて来たは良いものの、現状が良く分かっていない。現世とここでは、情報の処理が追い付こうにも今までの常識とかけ離れ過ぎている。

 気持ちの整理も落ち着かない中での彼らとの出会いだ。けど、先程までのような張り詰めた感覚も雰囲気も無いので、幾ばくかはマシだ。


「そうだな。その点は、私から話そう。」


 モノリスは、私との出会い。私の目的、そしてモノリスが共に行動している事を端的に話した。すてぃぐまは、ふむふむと頷きながら相鎚を打つ。彼女の表情はぬいぐるみの為、人のように感情による変化が無い。判断が出来るのは、声色だけ。無表情のその顔は、本当は笑っているのか泣いているのかさえ見ただけでは分からない。

 すてぃぐまもモノリスも素顔が見えない分、心理的な解釈が出来ない。いや、やめておこう。人の心を覗くような行為は。私の悪い癖なのだから。一頻り話を聞いたすてぃぐまは、パンっと手を叩いた。


「ほう、そういうことか。君も中々ドラマティックではないか。」


 顔がやはり無表情のため、本心はわからないが彼女は感動したような声を振る舞った。


「ドラマティックなのかしら。というよりこの世界は、まるで少年漫画みたいな展開ね。」


 これはドラマティックと呼べるのだろうか。少なくとも現実的では無いのは、確かなのだが。そう、だからこそ、漫画のような世界観。比べるまでもなくご都合主義も良いところだ。

 今すぐにでも、この世界の原作者が居るのなら引っ張り出して胸ぐらを掴みたいところだ。だが、私のセリフに対し彼女は容易く払い除けるように一呼吸の溜め息を吐いていた。

 

「うぬ、そう見ると、この世界の真意も理解しておらんのだな。」


 彼女は両手を上げ、「やれやれ。」という始末だ。


「どういう事?」


「ここに来る者は、皆あるものを求めてきておる。」


「あるもの?それは何なの?」


「それは、君が見つけなければならない。そして、その為には・・・。」


 彼女は、ゆっくりと背後を振り向き、奥の質素な壁へと視線を送る。「そこに答えがある。」と言わんばかりに、敢えて彼女は言葉に出さなかった。答えは私が言わなければならないのか、そう決め込んで置かないと自分が分からなくなるのだろう。目的を失い、シャドウ同様に彷徨い歩き続けてしまうのを防ぐ予防策の一種なのだろう。


「奥に進むしかない・・・か。」


 だから、彼らは私に奥へ進むという目的を忘れさせない為に言わせているのだと。何処かそう考えさせるように仕向けているのだろうか。そうする事で自分を留める事が出来る。奥に進むと告げた事で彼女は少し喜んでいる、ように見える。


「そういう事じゃ。どれ、僕も興味本位ではあるが付いて行くかの。」


「あら、くまちゃん。あなたも付いて行くの?」


 彼女は一歩、私へ歩み寄る。振り向いた彼女の表情は、やはり人形のように感情は無かった。声色から察するに、私には興味があるみたいだった。感情のこもらない顔で手を差し伸べる。


「くまではない。すてぃぐまじゃ。まぁ増える分に損はなかろう。」


「それもそうね。」


 私は、そう納得した。隣にいたモノリスも満更ではないようだったので承諾した。行動を共にする事になった私たちは、改めてこの部屋の間取りを見渡す。十畳程の質素な部屋。ただ、見渡すとわかったのは、この部屋の左側には奥張った壁があった。

 丁度、壁を囲うようにしてその中を隠しているみたいに造られているように見える。よく見ると壁の床下には、その空間に繋がりそうな穴がある。小さな子供が入れる大きさだろうか。


「小さい穴ね・・・。この先がすごい気になるんだけど、流石に通れないわね。」


 私はその穴の前でしゃがみ込み、覗き込む。少し暗くてあまり見えなかったが、小部屋のような空間が穴の奥で広がっていた。


「お困りかの?」


「あら、くまちゃん。」


 私が穴を覗き込む光景を見ていたすてぃぐまが声を掛けてきた。


「くまではない、すてぃぐまじゃ。」


 熊のぬいぐるみの姿をしているから、つい[くまちゃん]と呼んでしまったが見た目通りだと思う。呼称があまり好まないのか、すてぃぐまは直ぐ様訂正を促した。


「この穴の中に、入りたいのかの?」


 すてぃぐまもまた、私と同じ様に穴を覗き込む。


「そうね、けど無理よ。十年前ぐらい前から入れたかもだけど。」


 そう、確かにこの穴の奥には何かあるのは確かだが、この身体では入り込む事は難しい。ましてや、私よりも少し身体が大きいすてぃぐまやモノリスは以ての外だ。


「ほほう、では、身体が小さくなれば良いとな?」


 私が親指を咥えて悩んでいたところ、すてぃぐまは不思議な提案をしてきた。漫画の世界じゃあるまいし、そんな魔法のような事ができるのか。

 いや、ここは空白の世界。先にもモノリスが云っていた。モノリスの言葉を借りれば、この世界で私の常識を当て嵌めるのはナンセンスなのだろう。私は、無表情のぬいぐるみに相鎚ちを交わし、一つ首を縦に振る。


「あら、くまちゃん。そんなことできるの?」


「僕にかかればの、当然じゃのぉ。」


 すてぃぐまの言葉は、自信に満ちていた。その短い腕で組み、淀み無い口調で返事をした。彼女にとって、これぐらいは朝飯前なのだろうか。


「どこかの未来ロボットみたいね。」


「僕は、たぬきじゃないぞ?」


 彼女は、そう言って顔の表情は動かさず、声を少し荒げていた。


「あら?頼りにしてるって言いたいのよ?」


「まぁ、前置きは、これぐらいじゃな。では、ゆくぞ。」


 そういうと、しゃがんだ私の頭に両手を添えるように構えた。次第に三本指の先端から青白い光が発光され眩く。それは触れずとも暖かく穏やかだ。人の温もりとはまた違い、淡く暖かい。囲炉裏から仄かに発される温もり。炭のゆっくりと熱せられた赤く灯る仄かな温もりに似たものが私の頭頂から感じる。

 これは、一種の魔法なのか。モノリスも似たような魔法を使い、私の姿を消してみせた。彼女が行なっている所謂この魔法は、モノリスとは何処か質が違う気がする。


「めたもるふぉーぜ!」


 すてぃぐまの言葉が合図だったのか、私の身体は淡い光に包み込まれた。見る見るうちに私の身体は縮むように小さくなり、視界の変化にも気付く。まるで、ガリバー旅行記に記された小人たちのように小さくなった私は、その変化に驚く。

 体型自体は変わらず、そのままピントをギュッと縮小した姿だった。見上げると、すてぃぐまが巨大な建造物にも見えてしまう。


「うわ、本当に小さくなったわ!」


「これで通れるのかのぉ?」


 先程まで小さく感じた穴は、裕に潜れるどころか道路にあるトンネルを潜るような感覚だ。身体が縮んだ分、穴も巨大に見えてしまう。故に小さくなった分、今は進める一歩が極端に短い。今となっては暗がりのトンネルを私は潜り抜け、出口である小部屋へと出る。壁に覆われたこの小部屋は何故か、照明が照らされたように明るい。およそ一畳程のスペースだろうか。この小部屋は、何かが置かれていると言う訳ではなく、殆ど空っぽに近い状態だった。

 上を見上げると小部屋を覆う壁には、煌びやかな結晶板が見えた。恐らくこの小部屋を照らしていたのは、あれなのだろう。よく見ると結晶板の中には、閉じ込められているようにゆらゆらと赤く燃え揺れるものが見える。それは、外の空間にあった青い火の玉と何処か似ていた。赤い火の玉に私が触れるや否や、変化は起きる。


「・・・あれ?元に戻ってる。」


 気が付けば、私の身体は元の大きさに戻っていた。一畳とは云え、先程までの小人サイズならば広く感じていたが元に戻れば、非常に狭い。壁にかかっていた赤い火の玉が入った結晶板も見上げなければ視界に入らなかったが、今は、丁度私の目線程の高さに位置していた。手を翳せば、裕に届く。


「そんな長い時間は、続かんよ。」


 奥の部屋から、すてぃぐまの声が聞こえてきた。壁をつたって籠るように聞こえる。やはりモノリス同様、長い時間この魔法のようなものは長く持たないらしい。


「そうね。必要な時以外は、不便なだけね。」


「そう言われると、悲しくなるじゃろ?」


 壁の奥からすてぃぐまの哀しげな声が聞こえてきた。ただ、必要な時なら逆に便利と言える。この魔法のようなものも適材適所なのだろう。モノリスの身体に透明にさせて認識を阻害するもの、今回のすてぃぐまが行った身体を縮小させるものも、私には無いもの。使い方次第で、危険から守れるかもしれない。判断さえ間違えなければ。


 私は、結晶板に閉じ込められていた赤い火の玉に触れようとする。指先に結晶板が触れると、力を加える事なく亀裂が入る。ピシピシと亀裂が結晶板を覆い尽くし、やがて鈍器で殴りつけたように砕け散り、形を保つ力すらなく粉々になった。結晶板に閉じ込められていた赤い火の玉は、牢から解放されたようにゆらゆらと揺れ動く。

 それは、何だか嬉しさと感謝を表現しているように見えた。赤い火の玉は、会話を持ち合わせていないようだった。その代わりに自らの体で語る様に揺れ動く。私の掌の上で留まる。火とは思えない程、生暖かい。それは春の陽だまりのよう。不思議と心を落ち着かせてくれるこの火の玉は、どうやら行動を共にしたいように聞こえる。恐らく、外の空間に居た青い火の玉を探しているのだろう。

 そう思った私は、小部屋から出る為にもう一度小さくなるよう、すてぃぐまにお願いをした。


 


 部屋を出た私達は、この空間の奥へと向かう。そう、あの青い火の玉がいた場所だ。丁度、青い火の玉が行手を遮っていた。きっと、私の掌に付いて来ている赤い火の玉と関係があると思い、奥へと向かう。青い火の玉は、やはり先程の橋で揺らめいていた。

 赤い火の玉も青い火の玉に気付いたのか、自らゆらゆらと向かう。留まるように揺らめいていた青い火の玉も気付いたようだ。互いに近付き、触れ合う。そして歓喜を表現するように互いを追いかけ合うように周り出す。


「良かったわね・・・、ようやく逢えて。」


 私は、出来る限りの笑顔を送った。きっと長い間、逢えなかったのだろう。ずっと引き離され、片や閉じ込められ、片やずっと待ち続けていたのだろう。彼らは、そのまま揺れながら消えていった。

 静かに「ありがとう」と言われるように。静かで緩やかな速さで、そのありがとうは「さようなら」に変化した。橋を遮っていた火の玉は無くなり、奥へと進めるようになった。


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