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空白の世界とモノクローム  作者: 藤 光一
一、序曲
3/27

-億千万分の一-

 広がりを見せていた空間は、そこにはなく一室のホールのような空間だった。いや、空間と云うよりは部屋として捉えた方が都合が良さそうだ。声が反響しそうで、現に歩く度に私の足音は木霊するように反響していた。

 部屋の中央に誰かいる。グレイに染まったローブを見に纏い、顔はそのフードで覆い隠されていた。この世界に来て、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。いずれにしてもようやく人のような存在と対峙できた。敵か味方かはわからない。ならば、聞くしかない。


「・・・人、・・・なの?」


 私の声は思ったよりも、か細くなっており震えていた。それでもこの部屋のおかげで上手く反響されていた。


「・・・ん?」


 私の声に反応したそのローブを纏う者は、ゆっくりと振り向いた。その者は、正面に立っても深く被ったフードのせいでやはり顔は見えない。


「君もここに来たのかい?」


 ローブを纏う者はどうやら男性のようだ。低く優しい声だった。どこか温もりを感じさせ、この世界に来て初めて肉声を聞いたのだ。余計に、ほっとして心が安堵したようだ。 


「あなたは?」


 だから私は、この人が何者かを知りたかった。名乗ってくれるのならば、少なくとも敵意は無いはず。そう考えた。


「私は、モノリス。そう・・・、そう呼ばれている。」


 彼は考える事も無く、すんなりと回答してくれた。どうやら敵意は無いのだろう。そう呼ばれているは、どこか引っ掛かる。

 モノリスと名乗るこの人は、あたかも自分の名前がわからないかのように答えた。けれど、それは当然で必然でもある。そう捉えれるように答えていた。


「モノリス・・・。ここは、・・・ここはどこなの?」


「君は質問が多いな。あぁ、勘違いしないでくれ、良い意味なんだ。質問が多いことは良い事だ。物事に対しての好奇心、興味の強さ。実に人間らしい。」


 モノリスは、悠長に答えた。けれど私の質問には答えなかった。はぐらかしているとは違い、どこか話を避けるようだった。それでも、彼は続けてこう告げる。


「知識欲あってこその人間。私はそう思う。そんな人間が私は大好きだ。」


 私に対し手を差し伸べ、優しく語りかける。彼の人間に対するイマジネーションは、少し癖があったがわからないわけではない。

 ただでさえ、異質な空間に迷い込んだと云うのに思想深い考えを持っていた。


「見かけの割によく喋るのね。」


「ふふふ、そうかな。今日は客人が多いから、気分が良いのかも知れない。」


 フードの陰から口角が上がり、口元が笑みを浮かべていたのが見えた。しかし、気付いたのはそこだけではない。

 〈客人〉と云うワードにだ。少しピリつくような電流が私の肌を走り抜ける。


「客人・・・?ねぇ、私以外にも誰か来たってこと?」


「・・・そうだな、確かに来た。丁度、君と歳の近い男が来たな。」


「本当⁉︎トウマもここに来たのね‼︎」


 モノリスの言葉に歓喜し、つい前のめりになってしまう。自然と歩幅が広がり、前へ一歩踏み出していた。感情に乗ったその一歩は、真実を知りたい一歩。他の誰でもない私が知りたい一歩。


「トウマ・・・、すまないな。生憎、名前には興味が無いんだ。それに私は、彼自身に興味を唆られなかった。」


 それでも彼が返してくれたのは、虚しい回答だった。モノリスにとって、トウマはどうでも良かったのか。

 舞い落ちる枯葉を見るかのように通り過ぎてしまったのか。けれど、私が求めている回答はそんなことではない。


「あなたが興味があるかなんてどうでもいいわ!私は、ここにいたのかを知りたいだけ。」


「・・・そう。知りたいのだね。」


 モノリスは、私の知りたい欲望に駆られたのか優しく包むように受け止める。


「なら、進むしかない。そこに答えがあるのだろうから。」


 そう言うと、再び後ろを振り向き仰々しく閉ざされた扉へ指を差す。


「この扉の向こうに・・・。」


 全ての答えは、そこにある。その奥、そして知るためには君がその足を前に出さなければならない。簡素だが、そう悟らせるようにモノリスは告げた。

 私は一呼吸のため息を漏らした。落ち着かせるために手に腰を当てて。


「・・・わかったわ。礼を言うわね。」


「そう、・・・では次は私の番だ。」


 そう言って、人差し指を突き上げ提案をしてきた。


「あなたの番?・・・どういう事?」


「簡単な事さ。君は情報という知識を手に入れた。

 今度は、私に君の情報という知識を分けて欲しい。」


 詰まるところの交換条件だろうか。彼の提案も理に適っている。


「・・・いいわ。」


 要求する内容は不確かだが、私は潔く承諾した。きっとこのモノリスは、危害を加えるような者ではないのだろう。この声を聞いて、直感的ではあったがそう考えてしまった。


「有難う。・・・では、私も連れて行ってくれ。」


 確かに危害は加えるような話では無かったが、予想打にしない内容ではあった。


「構わないわ。けど・・・、何故?」


「待つより動く方が知識が増え、効率が良い。シンプルだろう?それに君の結末を知りたい。いや、これが第一優先かな。」


「どっちでもいいわ。私はトウマを探し出すまで進むわ。」


「益々、興味が唆るよ。では最後に・・・。」


 モノリスは、呼吸を整えるように掌を広げ私にこう告げた。


「君の名前を教えてくれないか?」


世那セナよ。」


 この世界に来て、初めて人らしい者に名乗った。それを聞いた彼もフード越しではあったが、笑みを溢しているように見えた。


「セナ・・・。知識欲が湧く素晴らしい響き、そして何より良い名だ。」


 流暢に彼は私の名前を褒めちぎった。不思議な感覚だった。先の空間で侵食された心に穴を埋めるような感覚、心臓の鼓動が一打だけ強くなる。


「そこまで褒められたのは初めてよ。でも、名前には興味が無いんじゃなかったの?」


 自分の名前を褒められるのは初めてだった。だから少し照れ臭かったし、頬が少し火照っていた。


「何故だろうな、聞きたくなったのだ。」


 噛み締めるようにモノリスは、三度みたび後ろを振り向き、少し考え込む。そういえば、と思い出したかのように宙に顔を上げ、どこかホッとした表情で言葉を続ける。


「あぁ、・・・そうか。今日は客人が多いから気分が良いのだろう。」


 私と同行する事になったモノリスは、部屋の奥にある扉を開けた。一体どれだけの時間を彼はこの部屋で過ごしていたのだろう。それでも彼は、この部屋を惜しむ事なく前へと進む。

 そうか、惜しみより欲が勝っているのか。知識欲という欲望に。知りたいという事に駆られる彼の原動力は、新たな歯車を見つけたように歓喜していた。フード越しでしっかりとは見えなかったが、そう思えた。

 

 私たちは、重々しく開いた扉を潜り、この部屋から抜け出した。

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