どうやら異世界でもマッチングアプリでプロフィール詐欺が横行しているようです
これもナシ。これもナシ。ああこの人は……ナシだな。この人はアリだ。今日は全然かわいい子がいねえな。
次々と現れる女性の写真を見て、右と左にフリックしていく。この作業をもうかれこれ20分以上も行っている。
「おいパージ。今日も女漁りか」
しばらくして、机にデカイ影ができる。振り返るとスキンヘッドの大男がニヤニヤしながら背後に立っていた。
「ドーテムさん。人の携帯覗くなんて趣味が悪いぞ」
さっと携帯の画面を伏せ机に置いた。筋骨隆々の男は悪びれることなくガハハと笑い、俺の肩をガシガシ叩く。
「いやあ悪い悪い。熱中してるもんだからなにがそんな面白いのか気になってな。でも冒険の一つもしないで女の顔見てニタニタしてるお前の方がよっぽど趣味が悪いぞ」
「うるせえ余計なお世話だ」
痛いところを突かれ、とっさに目を逸らす。こういう前時代的な冒険者はデリカシーが皆無なのが困る。
「そのマジホ? ってやつが導入されてからどうも冒険から遠ざかる奴が増えたよ。今のお前みたいに。そんなちまちまと指を動かすだけでなにが楽しいんだか。俺には全く理解できないね」
ドーテムは辺りを見渡すと俺みたいに携帯をいじっている奴が大半を占めていた。ギルドと酒場を兼ねてるこの場所でも、昼間っから酒やつまみをかっ食らう冒険者は一人としていやしない。
マジホとは、最近他の世界からやってきた人間によって伝えられた「スマートフォン」という科学の粋を集めた結晶のような代物に、この世界の魔法を掛け合わせ、更に画期的なアイテムとした「マジックフォン」の略称である。
「マジホも使えないと不便だぞ。今はこれでモンスターを倒した経験値も見れるし、自分のステータス管理もできるんだ」
そう、マジホには色々なツールが備わっており、今まで紙面で行っていた冒険時の契約やダンジョンの地図、それに通貨まで電子化され、もうマジホがなくては生活できない領域まで来ている。
「俺には必要ないね。今までなんら不便に感じたことないし。それに、そんな画面とにらめっこばっかしてたら人との付き合いってもんが薄れていけねえ」
「人との繋がりはあるぞ。ほら、今はこれで一緒に冒険に行く仲間を募集できたりするんだ」
ドーテムにマジホを見せてやる。ドーテムは眉間にシワをよせ、画面に書いてある文字を読み上げる。目に衰えが見え始めたおっさんには少々読みづらいらしい。
「なんだ、冒険者用マッチングアプリ『パーティー』? これがなんなんだ?」
「書いてあるだろ。文字通りだよ」
「これで仲間を募って一緒に冒険行くってことか?」
「まあ大体そういう感じだ。昔みたいにパーティー募集掲示板にプロフィール書いて――とかせずにマジホで仲間を見つけれるんだ。それも写真も付いていて素性もわかる。お互いいいねしたらメッセージのやり取りもできる。良いことずくめだろ」
得意げな俺に対し、ドーテムはまだ怪訝な顔をしていた。これだからおっさんは……こういう新しいものを敬遠しちゃう癖があるから困る。
「それはまあわかったけどよ、なんで男がいねえんだ」
「俺が女にしか表示しない設定にしてるからに決まってるだろ」
俺は女性限定で冒険者を検索していた。そりゃ男が表示されないのは当たり前だ。
「なんでそんなことするんだよ。あれか、ウィザードとかヒーラーを探してるからか。そっちの方が女の割合が多いから、」
「なにいってんだ。あわよくば付き合いたいからに決まってんだろ」
「決まってねえよ。なんだその曇りのない目は」
ドーテムは呆れた顔をするが、非常に心外である。
「だってむさ苦しい男と冒険しても何も楽しくねえだろ」
「冒険を楽しさ第一で考えるな。険しく冒すと書いて冒険だぞ。そんなんだから前のパーティーから追放されるハメになったんぞお前」
「余計なお世話だ。ほっといてくれ」
「おい、どこ行くんだよ」
「今からちょうど、このマッチングアプリで知り合った女の子と会う予定なんだ。おっさんの相手なんかしてらんねえの」
俺はそそくさと席を立ち、ギルドを後にする。ドーテムがなにか言っていたが、振り返ることなく歩調を早め、待ち合わせをしているカフェへと向かった。
◇ ◇ ◇
十数分後、待ち合わせのカフェで注文を済ませ、しばしの沈黙。俺は正面に座る女性と目を合わせることができなかった。
「パージくんさっきから目そらしちゃって。緊張してるの? かわいい」
「いや、お恥ずかしいです。へへっ」
頬杖をついて余裕のある態度を取る女性。適当に相づちを打っていると、視界の端からぬるっと腕が伸びてくると俺の手に纏わりついた。
「え、あ、なんですか?」
「パージくん、すごいおっきいね。手」
「そんなことないです。それより汗かいてるんでぼく」
「ほんとだ。すっごい。こんなにしちゃって」
さわさわと俺の手のひらを撫で回す。鳥肌が立ち、慌てて手をひっこめ、
「あの、僕お手洗い行ってきます!」
と返事も待たずに席を立つ。
――ちょっと待て。おかしいおかしいぞこれは。
俺は個室に入り、スマホを取り出して女性のプロフィールとやり取りを見返した。
彼女の名前はレイラ。歳は俺より3つ上の22歳。冒険時主な役割は後衛デバフ系。趣味はダンス。マッチングアプリ「パーティー」を使用する主な目的は、冒険仲間募集と友達募集、そして恋人募集のところにチェックが入っている。
ここまではなんの変哲もないプロフィールだ。なんなら今初めて目を通したまである。
俺が彼女と会うと決心したのは言うまでもなく、プロフィールにアップされた数枚の顔写真。
艶やかな長い黒髪と完成された整った顔立ちとプロポーション。そして、3枚目に画像には大胆に谷間を見せつける水着がアップされていた。
俺は今一度画像を目に焼き付け、席に戻る。
「おかえり~」
勇気を振り絞り、今一度レイラさんの顔を正面から見る。そこには写真とは似ても似つかないバケモノが鎮座していた。
なんだこれ、どうなってるんだ? 俺の目がイカれてしまったのか?
「あの、レイラさん」
「ん、なにどうかした?」
今度はレイラさんの手はテーブルの下から俺の太ももに伸びてきていた。これがプロフィール通りの美人なお姉さんなら万々歳なんだが、俺の体は警告音をけたたましく鳴らし、拒絶反応を示していた。
「プロフィールと、その、ちょっとお顔が違うかな―、なんて」
「あ、ほんとに~? 写真と実際会うのとじゃ多少違うって確かにあるよね~」
ちょっと!? ちょっととは!? 骨格からして違うんだが! そして22歳も嘘だろ40歳は優に越えてるだろ!
なんて心の声を漏らすわけにもいかず、適当に愛想笑いしていると、太ももに置かれていた手がさわさわと動き出す。
「パージくんは写真で見るよりかわいいね」
「さ、さいですか……」
「うん、髪も黒ってより紫? 目もくりくりしてて清潔感もあるしかっこいい」
「ありがとうございます」
レイラさんの手は太ももからどんどんと俺の息子の方に攻めいってくる。たまらず手で進行を妨げるが、あっさりとかわされてしまう。二人用のちっちゃいテーブルに案内した店員さんが恨めしい。
「よかったー。勇気出してメッセージ送って。ねえ、パージくん」
「はい、なんでしょう?」
レイラさんの顔面が俺の方に近づいてくる。それは俺の耳元で動きを止めると、
「一回三万でどうかな」
と囁いてきた。俺は状況を理解することができずフリーズしてしまう。
「お待たせしましたこちら、アルバス牛のステーキと……どうかされました?」
「いえ、なんでも」
水を差した店員さんに冷たく返し、レイラさんは俺から離れていった。
「ありがとうございます。ほんとにありがとうございます」
「はあ、ごゆっくり」
過剰にお礼を言う俺に戸惑いつつ、店員さんは厨房へ帰っていった。敬礼でもして見送りたい気分だった。
とにかくなんとかこの場から逃げなければならない。さもないととんでもない目に遭ってしまう。
「レイラさん、あの俺少し急用を思い出しまして」
「急用? なんで? 私と一緒にいることより大事なの?」
明らかに声色が変わり、キツイ口調になる。逃さないという強い念が瞳から漏れ出ていた。
「えっと、兄がダンジョンで深手を負ったらしく今病院に運ばれてまして」
「兄? プロフィールにはパージくん、長男って書いてたはずだけど? もしかして嘘ついてたの?」
マジホを俺の顔の前に突き出してくる。そこにはパージ。19歳と俺のプロフィールが載っていて兄弟の欄には確かに「長男」と記載されている。
なんで人の嘘は堂々と咎めてくるんだこの女! 俺も負けじとレイラさんのプロフィール写真を見せてやりたかったが話がこじれるだけなのでなんとかこらえる。それよりも早急に言い訳を考えねば。
「その……兄のように慕ってる人がって意味です。ほんと可愛がってもらってるんで心配で。悪いですけどそろそろ」
ここでガシッと腕を掴まれる。さっきとは違い、かなり力が入っていて簡単に振りほどくことはできなさそうだ。
「……払って」
「え?」
「わかったからお金だけ払って。ここの食事代。あと三万円も」
「それは、えっと」
意味がわからない。彼女の露わになった本性に戦慄してしまう。
「私はあなたに会うためにここに来たの。わざわざ。なのに適当な理由つけて勝手に帰る? 私はあなたに奢ってもらえるつもりで来たの。帰るのはもういいわ。だからお金だけ置いていって」
「……ここの食事代はまだいいですけど、それ以上はちょっと払う必要性を感じられないといいますか、」
「は? お前みたいな奴相手してくれる女が他にいるかよ。童貞が身の程弁えろ」
ヤバい、泣きそう。なにこの人。もう別人じゃん。そもそもプロフィールと顔違うのに。
俺は涙をぐっとこらえる。決めた、絶対一円も払わずこっから逃げてやる。
「わかりました。わかりましたから手を離してください」
「離したら逃げるんじゃない?」
「そんなことしませんって。それよりお手洗いに行きたくて」
「嘘。さっき言っただろ頻尿かよ」
「……ならこのバッグ置いていきます」
俺は椅子に掛けてあった自分のバッグを差し出す。
「どうせ中にはなんにも……財布に短剣、杖も。わかったわ」
レイラさんは渋々納得しようやく手を離してくれた。掴まれていた俺の腕はくっきりと赤く痕が残っていてヒリヒリと痛む。
「帰ってこなかったらこれ全部質屋に出すから」
「わかりました。では……あばよクソブス!!」
俺は捨て台詞を吐いて猛ダッシュで逃げた。冒険者として未熟な俺だが、こと逃げ足に関してだけいえば、この世界で指折りの早さを誇る。
背中で人前で発してはいけない罵詈雑言が聞こえたが俺は脇目は振らず、懸命に腕を振ってなんとか逃げることに成功した。
立ち止まり、息を整える。俺の手に残ったのはマジホが一台のみ。バッグはもう二度と戻っては来ないだろう。
「お、パージじゃねえか。どうしたそんな息切らしてよ」
「ドーテム。ドーテムゥゥ!!」
「うわ、なんだおい気持ちわりいくっついてくんな!」
偶然通りかかったドーテムに俺は泣きついた。ドーテムは俺を引き剥がそうと必死に抵抗する。
「おっさんのむさ苦しい胸板が今はこんなにもありがたい……」
「離れろ! 白昼堂々なにしてんだみんな見てるんだぞ!」
ここは街一番の商店街のど真ん中。商人たちの視線が中々に突き刺さってくるが関係ない。
「ドーテムさんこんにち、おっと、悪いねお取り込み中かい」
「おい違うちょっと待ってくれ! 誤解だってなあ!」
知り合いに声を掛けられるもそそくさと逃げられる。ドーテムには同情するが、俺とて酷い目に遭った身。そう簡単に離れてなるものか。
「はあ、やっと落ち着いたか」
俺が冷静さを取り戻したのはそこから約10分後。街の中心にある噴水を眺めながら男二人でベンチに腰を下ろす。
「すいません少々取り乱しました」
「少々じゃねえよ。全く、なにがあった」
俺はことのあらましをドーテムに話した。ドーテムはちゃんと相づちを打って俺の話を聞いてくれた。
「そらあまあ酷い目にあったな。プロフィール詐欺って奴だ」
「え、ドーテムさん知ってるんですか」
「さっきお前の去り際に言ったろ。プロフィール詐欺に気をつけろって巷じゃ結構有名な話だ」
なにか言ってるとは思っていたがそんなこと言ってくれてたとは。
「なんで聞こえるように言ってくれないんですか!?」
「これ俺が悪いのか? そんな女に引っ掛かるお前が悪いだろ」
「今は責任の押し付け合いをしてる場合じゃないでしょう」
「俺に責任があるはずねえだろ反省しろバカ。バッグ置いて逃げてきたって金払ってねえけど結局損してんじゃねえか全く」
こんなこともあろうかとバッグの中身は安物に替えておけばよかったが、どれもそう易々と手に入ることのない代物ばかりだった。しかし、背に腹は代えられなかった。
「そもそもお前みたいな奴に向こうからアプローチが来るはずないだろ。おい、なんだその反抗的な目は」
「その通りで言い返せないけどムカつくから睨むくらいは許してください」
そう、メッセージもいいねも向こうから来たものだ。こんなキレイな女性が俺に興味あるなんてモテ期来たぜこれとか思っていた一週間前の自分を殴ってやりたい。
「よし、ブロックして、削除っと」
レイラさんをアプリでブロックして完全に繋がりを断つ。スッと肩の荷が降りてスッキリする。ほんとに荷物もなくなったんだけどね。
「クソが、こんなアプリもう消してやる!」
「おうそうしろそうしろ」
こうも酷い目にあったんだ。もうなにも信じられない! マジホの画面に人差し指を近づけていく。すると、ピコンと一つの通知音が鳴る。見ると、メッセージが一件届いている。
「お、どうした消さねえのか」
「いえ、ちょっとメッセージが。それも男性から」
「男? じゃあ普通に冒険仲間としてのお誘いじゃねえのか」
それは男性からのメッセージだった。少し迷うも、最後だしとえいっとメッセージをタップし内容に目を通した。
こんにちは。突然のメッセージ失礼します。この度、勇者としてこの世界に召喚されましたヒロと申します。
勇者として魔王討伐をするにあたり、パージさんのお力添えをお願いしたく、連絡させていただきました。
つきましては――
つらつらと続くメッセージを途中まで読んでマジホを閉じる。
「ん、どうした?」
「今度は迷惑メールです。見てください、勇者からのパーティーのお誘いですよ」
ドーテムにマジホを渡す。ドーテムは難しそうな顔でメッセージを読み上げた。
「俺に勇者からこんな勧誘来るかっての。足の早さだけが取り柄で冒険者としては無名の俺に。こんな冒険もせずに女とイチャイチャすることしか頭にない俺に。ドーテムさん、そろそろそんなことねえよとか言って貰わないと。自分の自虐で着々とメンタルにダメージ入ってるんで」
「ああ、悪い。でもこれ見ろよ」
ドーテムさんはたどたどしく俺のマジホをタップして見せたい画面を開いて俺に渡してくる。
そこには自称勇者のプロフィールがあった。俺と同い年でイケメンで国から直々に支給されたであろう武具を纏っている画像が写っている。
「よくできた画像ですね。ほんとに勇者みたいだ」
「いや、たぶんこれ本物だぞ。この腰の剣。勇者の剣だろ」
見ると、確かに、腰に巻かれた重厚な剣は「勇者の剣」と呼ばれる伝説のアイテムだった。冒険者の端くれの俺の元にもその名声は轟いている。
「でも見てください。その割には他力本願じゃないですか。勇者っていったら相当の力を持ってると聞きますよ?」
自称勇者のプロフィールには、自信過剰さは感じられず自己評価の欄もかなり低めにつけていた。
Q:あなたは自分を強い人間だと思いますか? A:いいえ
Q:あなたは冒険者として優秀だと思いますか? A:いいえ
Q:あなたはまだまだ修行の身であると思いますか? A:はい
Q:あなたは魔物を討伐することにためらいはありますか? A:はい
などと、およそ勇者らしくない回答がされていた。俺よりも自己評価が低いとは相当のダメダメ冒険者に違いない。
「そうか? 俺は本物だと思うが」
「絶対違いますよ。魔物倒すのにためらいあるとか冒険者あるまじきでしょ。なんだかムカついてきたなこいつ」
「おい、どこ行くんだ」
「こいつに会いに行くんですよ。どうやら街はずれのギルドにいるみたいです」
メッセージには毎日夕方にギルドにいるので気軽に声を掛けてほしいと書いてあった。どんな奴か見てやろうじゃないか。
「このプロフィール見せつけて文句言ってやるんです」
「やめとけって。わざわざ自分で面倒ごと起こすことねえだろ」
「ほっといてください。今は誰かにやつあたりしないと気がすまないんです」
「やつあたりって自覚はあるのかよ。待て、じゃあせめて俺も付いてくから」
街はずれのギルドへ向かう俺を止めるのをあきらめ、ドーテムはガチャガチャと重苦しい防具を鳴らしながら付いてきてくれた。
あんなに悪態ついた俺を見捨てず面倒ごとだとわかりながらもついてきてくれるとは。見た目らしからぬ聖人っぷり。もしかして、このスキンヘッドは僧侶的なノリであえてやってるのか? なわけないかただの年齢による頭髪の衰退の成れの果てか。
「お前、前から思ってたけど思ってること顔に出やすいから気をつけた方がいいぞ」
「気をつけます」
よからぬことを考えてるのがバレていたらしい。
「俺のハゲはファッションだから」
「そこまで顔に出てました? にしても出すぎじゃないですかめっちゃ気をつけます」
とか言ってる間にギルドに到着する。街はずれに位置するということもあってか、整備の行き届いてない外観は趣があってちょっとテンションが上がる。
ゆっくりと入口の扉に手を掛けると、ギィと軋みながら扉は開き、中にいる人たちの視線が俺たちに集中する。
俺はキョロキョロと見渡し、奥で物思いにふけっている男性に目を止めた。横顔だが、俺にメッセージを送ってきた青年に相違ない。本当にいるとは。
「あの、こんにちは」
俺の足音が近づくのに気付き、男性は顔を上げる。間違いない、こいつが俺に嘘のメッセージを送ってきたなんちゃって勇者ヒロだ。
「こん、にちは。えっと、あなたは」
「あ、その俺……」
開口一番詐欺メールを送ってきたことに文句を言ってやろうと意気込んでいたが、現実ではそうもいかず口ごもってしまう。
俺は後ろに付いてくれていたドーテムに助けを求める。ドーテムは全く、と肩をがっくし落とし呆れていた。
「あ、もしかしてパージさん、ですか? メッセージ見て来てくれたんですね!」
「ええ、まあ」
「嬉しいです! 返信来ないから無視されちゃったのかなって思って。アプリ上ではオンラインしてるってなってたし。うわあよかった。ここに来てくれたってことは一緒に冒険してくれるってことですよね!?」
「いや、えっとその……」
立ち上がったヒロは俺の両手を握り心底嬉しそうにしている。急な歓迎ムードに戸惑うしかない。
「おい、困ってるから離してやってくれ」
「あ、ごめんなさい。あなたは?」
「俺はドーテム。こいつの親みたいなもんだ」
俺の頭をガシッと掴んできたドーテムの手を素早く払いのける。そんな風に俺を見ていたのか。
「親、ですか。すいませんこの度息子さんのお力をお借りしたく、こんな辺境まで呼びつけてしまい、」
「親、みたいな。親じゃねえの。こんな初老でハゲてるおっさんが親とかごめんだぜって痛い痛い髪の毛引っ張るな! おいコラそれ以上はいくら温厚な俺でもキレるぞいいんだな。ごめんなさい引っ張らないでください! お願いします!」
謝罪を受け、ようやくドーテムの手が離れていく。ドーテムは嬉しそうに「2本か」とか言って俺の抜けた髪の毛を無造作に宙に放った。
「頭髪の衰退状況は確か隔世遺伝が多いので親はそこまで気にしなくていいかもです」
「あんたもあんただな。そういうことじゃねえだろ」
ドーテムは子守りする相手が増えたとまた一つ肩を落とした。
「そ、そんなことよりあんた、プロフィールに書いてあることは本当なんだろうな!?」
「プロフィール? ええ本当です。嘘を書いて得することなんてありませんから」
曇りのない目が俺をまっすぐに捉えている。嘘つけ、もう騙されないぞ俺は。
「じゃ、じゃあ今からダンジョン行こうか。そこで実力見せてもらおうじゃねえの」
「ダンジョン、ですか。いいですけど今から行くと日が暮れちゃいます」
「お、なんだ怖いのか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「悪いな急に。こいつのワガママに付き合ってやってくんねえか。夜のダンジョンは危険だが俺もついてる」
ドーテムの提案にヒロは少し迷いつつもコクリと頷いた。
「わかりました。ありがとうございますハゲのおじさん」
「俺の名前はドーテムだ。悪気のないとびきりの笑顔に免じて許してやるが二度とその呼び方で呼んでくれるなよ」
◇ ◇ ◇
「うわあ、やっぱり夜は雰囲気ありますね」
ダンジョンへ潜り、先頭を行くヒロの声が響く。
「そろそろ魔物が出るエリアだ。気をつけろよ」
ドーテムが一番後ろから注意を促す。すると早速ゴブリンが数体、現れる。
「お、早速お手並み拝見と行こうか」
戦闘はヒロに任せ、俺は後ろに下がり、見守ることにする。
「勇者ならその程度の敵、余裕だよな」
「さ、行きましょうか」
「え、あ、ん?」
俺が高笑いを決め込むまでもなく、目を離した一瞬でゴブリン達はひしゃげて倒れていた。
「どうしました? 行きますよ。まだ先は長いです」
なにごともなさそうにヒロは振り返る。しかし、手に握られた剣には確かにゴブリンのものと思われる返り血がべったりとついていた。
「え、えっとその……魔物倒すの抵抗あるんじゃ?」
「はい。なので一瞬で倒すことにしてます。じゃないとためらっちゃうので」
「まだまだ自分は修行の身だと?」
「はい。まだまだ未熟だと痛感してます。今も後衛のドーテムさんよりゴブリンに気付くのが遅かったですし」
「自分は強くないとお思いで?」
「強いだなんて。まだまだですよ。それに真の強さは心の強さ。パージさんの方がよっぽど強いと思います。だから、パージさんにパーティー募集のメッセージを送ったんです」
「そうか、わかった。お前の考えはよくわかった」
「おいパージ。やっぱり勇者だっただろ?」
やっぱりマッチングアプリはダメだ、どいつもこいつもプロフィール詐欺もいいところじゃねえか。謙遜は時に人を傷つけることをコイツに教えてやりたい。
あの時、メッセージを無視してアプリを消していればこんなことにはならなかったのに
しかし、後悔は先に立たずだ。俺のほのぼのとした人生はこの時を境に音を立てて崩れ落ちていった。
これから過酷な冒険が待っていることを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ。感想、ブクマ、いいねでも構いません。作品に反応していただけるだけで嬉しいです。
何卒よろしくお願いします。




