神の娯楽はだいたい理不尽
第一話「神の娯楽はだいたい理不尽」
どこにでもあるような二階建ての一軒家。
その二階の、カーテンが締められ、汚物が散乱している暗い部屋で、男がテレビを見ながら言う。
「ゾンビいいな。俺もゾンビの世界でなら無双できるわ。だって映画見たし。言ったって死者だぜ。生きてる人間には敵わないっつーの。知恵、知恵。ゾンビの世界なんねーかなー。ゾンビの世界ならヒーローになれるのになー。」
この癪に障る愚言が、最悪の存在に行き届いてしまう。
「良いな〜それ。面白そうじゃ。暇つぶしにはもってこいではないか。やるか、やらないか……?やるに決まってお老害!!!ホッホッホッホッ。」
その存在はそう言った。そして人智を超えた力を持って行動した。やばいよ。
――――――――――――二週間後―――――――――――――
パランポラーン、パランポラーン
建物が少し揺れたあと。
愚者が見るテレビから不安を煽る音が聞こえる。
「なんだ?地震か?」
「臨時ニュースです。たった今メメリキャへ、核爆弾が落とされました。落とした国については、メメリキャが自分で落としたのだと、政府が明言してます。繰り返します……」
「え?核爆弾??しかも自分で落とした??そんなん嘘だろ。ありえんぴえん、通り越して鼻炎。まぁ、仮に、本当に、万が一にも落とされたとしたら、絶対チョンセンだ、チョンセンが落としたんだな。ふん確定。それ以外考えられんな……てか、非本と、メメリキャって何か協力関係的なやつだよな。戦争とかになるのか?そしたら男は、戦場へ行かなければならない……絶対無理なんだが。死ぬ死ぬ、命の灯火消防隊だぜ。あ……でもそん時は行かなければいいだけか。簡単なことすぎた。嫌なものからはとことん逃げる!!それが俺の生き様だッ!!ははっ。とりあえずツィンター見よ。」
とても鬱陶しい独り言の後、突然テレビやスマホの画面が切り替わる。
「やることが派手じゃの〜。ホッホッホッ。」
そこに映ったのは、背丈の低いハゲで、長くて白い髭を生やした老人だった。
愚「うわっ!神キタコレ!!絶対神だわ。なるほどね。そういうドッキリ的なやつか。完全騙されたわwww」愚
その神らしき老人が話始める。
「まずは、通りの良い自己紹介から。わしは神じゃ。別に覚えんでも良いぞ。方らに顔を見せるのはこの1回しかないからのぅ。」
何事もなく、淡々と自己紹介をする。
「やばwwwたまにこういうのがあるから、テレビはやめらんねぇんだよな。正直テレビとかいらねぇとか思ってたけど、見直したわ。」愚
「さてさて、いきなりじゃが早速本題じゃ。」
色々足りない気もするが、神はどうやら早く話をしたいらしい。
「わしは、七日前くらいにゾンビを発生させたんじゃ。最初は様子見としてメメリキャとやらへ発生させたんじゃが……今しがた全部殺られたわい……あれは初見殺しすぎるじゃろ。あんな高威力広範囲攻撃持っとるなら言ってくれんと。それにそんな簡単に撃って良いやつなのかあれは。英断である事はそうんなんじゃが、メメリキャとやらは地獄になっておるぞ……。はぁ、せっかく頑張って作ったんじゃけどなぁ……。」
渾身の創作物を壊された事に少し悲しむ様子がうかがえる。どうやら早く愚痴を言いたかったようだ。
しかし、その軽率で自分勝手な愚痴は、ある男にとてつもない憎悪を与える。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」ギャンギン
海に浮かぶ船の上で、悔しさや怒りを堪えきれずに、壁へ蹴りを入れ、携帯を投げつけ、怒哀が混じる鬼の形相で、唸り声を上げる男がいる。神に英断と褒められた男にして、メメリキャ大君―ライオット・アングリー―だ。
ただ、そんな褒め言葉が嬉しいわけが無い、ましてや簡単と言うその傲慢な考え、悔しさや怒りを抑えろと言うのが無理な話だ。
「国民の仇は必ず殺る。必ずだ。絶対必ず確実に、殺して罪を理解させてやる。」
神を殺すことを決める。そんなことは無理だと分かっている。だが、やると言うしか、怒りを吐き出すことが出来ないのだ。つらい。
その頃神は、そんなしょーもない決意など知るわけもなく。普通に話を続ける。
「まぁ、そんな時用の様子見じゃからに。気を取り直してじゃ。
これから4つのに場所マザーゾンビを発生させる。場所は秘密じゃ。探した後にマザーゾンビを倒せば、見事ゾンビからの解放じゃ……と、おぅおぅ忘れておった。ここで知らない方らのため、ゾンビについて説明するぞ。知らずに死なれるのはつまらんからのぅ。デジタルデトックスしとるやつらにも教えるようにな。
では、ゾンビというのはだな、ウイルスに侵された死体じゃ。ウイルスの繁栄を目的として動くからに、生き物を襲う。そして傷口からウイルスが入り込めば、残念ながら、動く死体の仲間入りじゃ。残念、残念。じゃがしかし、あくまでも傷口からじゃよ。他の感染方法は一切ない。傷口のみじゃ。触れようが、食べようが、性行しようが傷が無ければ感染することは無いので安心するとよい……ただ、油断はするでないぞ。ゾンビは力がものすごく強くてな。常人の3倍くらいと思えばよい。そんな奴らに無傷で戦うなんてできるかのう。ホッホッホッ、まぁ文明の利器を駆使して頑張るのじゃな。ちなみに核爆弾とやらは全部潰したぞ。あれは面白くないからのぅ。」なんと、唯一、神を出し抜いた禁忌は、既に破壊されているらしい。神はなんでもありですね。ずるい。
「次にゾンビの習性じゃが、それは方らで判断するがよい。わしから言いすぎてもこれまた、つまらんしのぅ。倒し方は説明しておこうかの。
シプルイズベスト、頭を潰すんじゃ。別に潰さんくても、激しく損傷させれば活動は止まる。逆に潰さなければ、頭だけで襲いに来るぞ。
まぁこんなところでゾンビの説明は終了じゃな。
わかったかのぅ。まぁわからんやつは死ぬだけじゃ。長ったらしいわい。もう、わしは早う見たいんじゃ。ゾンビVS人間のドラマが。人間の創作物は面白くてなぁ、わしも好きじゃ。そんな人間どもが命をかけて作る物語は、それはそれは面白いじゃろうて。ワクワクするわい。
だからさっさっと始めたいところなんじゃが、もう少し説明せなばならん事があってなぁ。はぁ……ため息が出るわい。ぱっぱと行くぞい」
早くみたいにも関わらず、割と丁寧に説明してくれる神。それだけ楽しみにしているということなのだろう。今はただ高く跳ぶためにしゃがんでいるだけで、この説明に優しさという感情は一切なく、全てが自分のためなのは誰だってわかる。俺だってわかる。もちろん愚か者にだってわかる。
「すげぇ作りこんでんじゃん、神。丁寧に説明しすぎだろ、優しいかよwwwそういうとこはテレビだなぁ。こんなことやる神が、人のために説明とかするかよ。頭かっちぃなぁ。俺だったらもっといい台本かけるぜぇ。」グググググゥゥゥウ、愚ですね。
自分が願ったことも忘れて、己が仮定を真とするグーシャの言葉はオイテオイテ、神の話に戻りましょう。
「次はマザーゾンビについての説明じゃな。
マザーゾンビはゾンビの王たる存在として作ったやつじゃ。その強さは、常人が何千も束になったところで勝てないくらいの強さじゃ。人間並みの知恵もあるぞ。特殊な力も持っていたり……ホッホッホッ。
そしてさっきも言ったが、マザーゾンビを倒せばゾンビから解放される。正確にはそのマザーゾンビを媒体として増えたウイルスが、全て消滅する。つまりゾンビ達はただの死体になると言う訳じゃな。親玉を殺ればいい。一見すると簡単じゃ。
じゃがしかし、マザーゾンビは強すぎるからのぅ、人類の負けが目に見えとる。だから人類の希望も用意した。
ここからは人類の希望の説明じゃ。
人類の希望とは、特殊な力と常人を超えた身体能力を持った人間じゃ。まぁマザーゾンビには劣るが強いぞ。ただ、全人類が希望になっては、逆に一方的過ぎてつまらんからのぅ、人数制限を設けておる。マザーゾンビ一体につき1人という想定じゃったから、5人じゃ。
ん?と思った奴もいるかのぅ?
優秀なやつめ。わしは4つの場所にマザーゾンビ発生させると、最初の方に言ったな。それに対して人類の希望が5人……ソンビの王1体はどこへ?
核爆弾で消し飛んだわい。はぁ。つまり人類の希望の方が、マザーゾンビよりも多いということじゃな。まぁ1人多いぐらいじゃ、人類が不利なのは変わらんからよい。そして人類の希望はいい感じに決めてある。希望の方らには、わしから脳内に、直接メッセージが届くから、厨二の方らは期待して待つとよい。
これにて全ての説明は終わりじゃ。
やっと終わったわい。」
長い長い説明が終わる。これを聞いたグーシャは……
「なんか本当に臭くね。なわけないのに本当臭くね。俺の足か臭いのは?いや足に限らず全身臭いわっ!!じゃなくてテレビだろ。まじでゾンビの世界になったらどうしよう……いや、いけるな。これはとうとう、日の目を浴びる日が来たんじゃないか?いや……?なんていらない。ようやく、ようやくだ。
この新世界こそ命燃場。我が命を燃やす場所だ!マザーゾンビをぶちのめし、知恵なきゾンビを根絶やしにして、英雄となる。神よ今こそ我が脳内に、その神の手紙をさずけたまえッ!!」
調子よく立ち上がり、ノリにノってきたグーシャ。ちょっと好きかもしれない。
そしてマザーゾンビは動き出す。
「では、早速始めるぞい。ドラマティックパンデミックスタートじゃ。」こうしてドラマティックパンデミック、人からすれば、超絶理不尽パンデミックが始まる。
(来るか……神の手紙……、、)目を瞑って神の手紙(笑)に備える。
「来たわよ。」
少し低めで、ねっとりしており、語尾にハートを付けるとしっくりする様な声が聞こえる。さっきの神とは違う声だ。
「これが……神の手紙……!!」
「違うわよ、私のベイビーちゃん第1号♡」ドキュンッ!!
「…………え?」
身体中から血の気が引く。冷や汗が止まらない。この部屋には1人。だが後ろに誰かいる。
父親や母親は勝手に部屋へ入る人では無い。
何も言わずに部屋へ入る友達も、もちろんいない。
そして何より、こんな声、こんな喋り方は一度たりとも聞いたことが無い。
ただ今までの情報を整理して考える、いや整理しなくても理解っている。逃げたい。振り向くのが怖い。これは知らない人と会うからでは無い。もちろん振り向くという行為自体に恐怖している訳でもない。ただそこにいる、圧倒的絶望が怖い。死ぬ。
「そのままじっとしておいてね、私の可愛いベイビーちゃん♡」
グーシャは動かない。動いたら死ぬ、動かなくても死ぬ。グーシャという人間は常に辛くない方をを選ぶ。だから今も動かない。そうやって生きてきたから愚者なのである。
本当にそれでよいのか。さっきまでの熱はどこへ消えたのか。冷めきったからだを動かすなら今の一瞬しかない……それでもきっとグーシャは動かない。グーシャの人生は逃げてばかりだ……。
「い゛や゛だァ゛ッ゛!!」
男は動いた。振り向く力と、手を振る力、ふたつを合わせた命懸けの攻撃。男が唯一誇れる190cmという高身長から放つその一撃は絶望の胸に当たった。
「んふ♡」
当たっただけだった。
「いいわねあなた♡最初のベイビーちゃんにビッタリだわ♡」
男が拳を当てているのは200cmはある身長を持った、人間そっくりの、ピンク色をした化け物だった。男が見た情報はこれだけだ。
化け物は男の正面に立ち、服を破き、露出した胸に素早い手刀で浅い傷をつけ、傷口へキスした。
「これから頑張るのよ、ベイビーちゃん第1号♡」
男は死んだ。静かに死んだ。こんな世界でもヒーローにはなれなかった。ただひとつ言えることはある。
人類最初の一撃は彼の物だ。
「そうだ♡」
神の娯楽何かを思いついたようだ。
ゾンビとなった男の背後へ回る。
「やっぱり何事も最初が肝心よね。」
そう言いながら、指で背中全体に大きなハートマークを彫る。
とても痛々しい彫りがゾンビに刻まれる。
「さぁ行ってらっしゃいベイビーちゃん♡」
こうして男は、何度出ようとしても、出ることが出来なかった外へ出た。ゾンビになった父と母と共に。その後ろ姿は、その家族の理想そのものであった。
「まだまだあたしも動かなきゃね♡ベイビーちゃん1体だけじゃすぐやられちゃうわ♡」
ボガンッ!!
跳躍で屋根を突き破り、夕日の落ちる住宅街を上から見下ろす。
「はりっきっちゃうわよ♡」
夜が明ける頃には、住宅街どころか街ひとつが死霊の街となっていた。
「結局ヒーローにはなれなかったのぅ。ホッホッホッ。しかしまぁ意外な事をしよった、やはり人間とは面白いものよ。初っ端から良いもん見れたわい。」
神は、どこなのかも分からないような場所で、宙へ浮かぶ画面に映る、人間ドラマに愉悦を見せる。
この愉悦が、神の娯楽の始まりを大いに表す。たまったもんじゃなぇな。
おまけ
「グーシャの人生」
グーシャは元々人見知りな男の子だった。
初めて会う人は大の苦手で、いつも先生や家族と話していた。ただ、ある時からいじめにあうようになった。
グーシャは万能で、コミュニケーション意外のことは、誰よりもできた。
これがクラスの中心にいるような奴だったら、人気者になれたかもしれない。
しかし、その万能を持っていたのはグーシャだ。
この万能さが、少年少女には不快なものとなり。その不快が集団いじめへと変わっていった。
でもグーシャは平気だ。万能ゆえに、要領良く物事を考えることが出来たからだ。
先生さえ味方にすればいじめはなくなる。そして自分は先生と仲がいい。自分は大丈夫だ。
グーシャはすぐに先生へ伝えた。
自分はいじめられている。助けて欲しいと。
しかし先生は動かない。
そして、少年少女の極められたちくりセンサーがビンビンに働き、いじめは酷くなった。
グーシャは意味がわからなかった。全てのことがわからなかった。なぜ先生に言ったことがバレたのか。なぜ先生は動かないのか。なぜいじめをするか。
グーシャは一つ一つに答えを出していく。
まずはわかりやすいことから。
いじめられるのはなぜか。それは自分が不快だから。自分の万能がみんなの不快だから。ひとつわかった。
なぜ先生へ言ったことがわかったのか。
これは仮定でしかないが、きっと教室の外で誰が盗み聞きをしていたんだろう。もうひとつわかった。
どうして先生は動かないのか。
いつもと変わらない担任の素振り。
誰にでも優しく丁寧な対応。
なんでも完璧にこなす有能さ。
全てが変わらない。
もちろん自分の話も聞いてくれる。
だから何度も言った。
何度言っても動かない。
わからない。
答えが出ない。
理解できないことが不安で、いじめられることが不安で、味方がいないことが不安で、ただ泣くしかない。
すぐに、グーシャは学校へ行かず、家に引きこもるようになった。
母親も父親もそれを優しく良いと言ってくれた。
その言葉はとても安心した。家の中がグーシャの世界となった。
家だけでの生活は楽だった。他人がいるという不安もないし。決められた事をしなくていいし。好きなことだけしていればいい。
それでも最低限の勉強はしていた。今の状況をどうにもできないくらい最低限の勉強を。最低限とも言えない勉強だ。
それを見た父親と母親は少し焦る。まだ若いとはいえ、このままいってしまうどうにもできない。だから少しずつ人に慣らしていくことを考えた。
まずは何年ぶりかに、家族3人で出かけることを決めた。
もちろんグーシャもOKした。
しかし当日になると身体が重い。心のどこかに、過去の不安と同じような物がある感じがする。
それでも父親と母親のことは心の底から大好きだった。自分のためを思ってのことだとわかっているから、それに報いたい。そんな気持ちで出かける用意をする。
外出の準備ができるにつれて、不安は大きくなっていく。
父親が車へ荷物を運ぶ。心臓が五月蝿いほど泣く。
母親が自分を呼ぶ。不安を隠して、母親のいる玄関へ向かう。
靴を履く。その靴は呪われているのだろうか。足が動かない。
この日のための新しい靴。
母親が少し心配する。また不安を隠して、立ち上がる。
母親が先に玄関を出る。
母親の背中を追う。
無理だ。
隠してきた不安が、全て吐き出される。新しい靴は吐瀉にまみれた。
出かける所ではなくなったことに安心した。
ここからはただ、堕落していくだけだった。
自分はもう外に出れないのだと、そう思うことでますます外へ出れなくなり。せめて他人との付き合いをということで、カウンセリグの先生が家に来ても、部屋に閉じこもり。嫌なものからは逃げて。最低限以下でもしていた勉強さえもしなくなっていた。
親の白髪を見ると、申し訳なくなる。それでも何も出来ない。
自負だけが募る。それと同時に過去の栄光はどんどん大きくなっていく。
自分は他の奴らとは違う。できるやつだ。万能だ。
自負と自勝。この矛盾は理解できないが、グーシャにはわかっている。
なんてことないただの凡人だ。何も無い、何も出来ないただの凡人。そこに矛盾はなく、自負だけがある。わかっている。
だけど、強い自分が1番前で息をする。
自分なんでも出来る。やればできる。
もうどうしようもない。
これが終わった人間だ。
今の社会では受け入れきれない、ただの生ゴミだ。
それでも母や父にとって、たった一人の大切な息子だからと、そんな理由で生きている。
全部わかる。
全てわかる。
だけどどうしようもない。
始まりが悪ければ、どんなやつだろうが終わるしかない。ただ始まりが悪かった。そう言い聞かせるしかない。
親の寿命が自分の命日だ。
「グーシャ人生」