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リーゼロッテは11才

作者: アレクサンドラ・シュロート

 むかしむかし、ある森の国に、リーゼロッテという王女さまがいました。

 リーゼロッテは11才、ふわふわの金の髪と南の海のような青い目をした、とてもかわいらしいお姫さまです。

 お父さまはこの国の王様で、お母さまはこの国の王妃さま。他に兄王子さまが8人、姉王女さまが8人います。リーゼロッテは王さまの17番目の子供で、一番下の子供でもありました。

 一番最後に生まれた子供であれば兄や姉と年が離れていることもあって、それはそれは皆からとても大事にされていました。

 しかし、リーゼロッテは悪い魔法使いによって、ある呪いをかけられてしまいます。


 え? 大事にされていたのに呪いをかけられるなんて、おかしくないか、ですって?

 そこは大人の事情による被害者、ということにしておきましょう。

 呪いがかけられたときのリーゼロッテは、それはそれはとても小さなときでして、彼女が何か悪いことをしてその罰で呪文をかけられたのはでありませんから。


 その呪いというのは、リーゼロッテは11才から年を取らないという呪い。

 そう、リーゼロッテは、来年の誕生日がきても11才、再来年の誕生日がきても11才。去年の誕生日でも11才であれば、一昨年の誕生日でも11歳でした。永遠の11才の、リーゼロッテ王女さまなのです。


 かわいいリーゼロッテは、ずっとかわいい11才の姿のまま。このことを、皆、気にしません。

 いつまでも、かわいい少女のリーゼロッテ。

 永遠に愛くるしい姿のリーゼロッテ。

 一番下の王女さまであれば、王家の家族全員がその一番小さい姿に違和感はなかったのです。


 でも、おかしな話ですよね。家族は毎年ひとつずつ年を取って大きくなったり、逆に年老いて小さくなっていくのに、リーゼロッテだけは大きくも小さくもならないのですから。

 しかし、それを不満に思うことなく、家族仲良く暮らしていました。



 †



 リーゼロッテの何回目の11才の誕生日のことでしょうか?

 ついに、これではいけないと年老いた第八王子さまは気がつきました。

「リーゼロッテ、お前はずっとかわいいままだ。だけど、もうお前の父や母、他のきょうだいたち全員がもうこの世にいない」

 そう、リーゼロッテは本当なら60才になっていてもいいころなのですが、やはり11才の姿のままです。

 そして、この第八王子さまだけが、今のリーゼロッテの唯一の肉親です。


 この第八王子さまだって、もう75才。

 森の国はリーゼロッテの一番上の第一王子さまが父王さまの跡を継いで、王さまになりました。その王さまになった第一王子さまは、10年前に亡くなりました。今の森の国は第一王子さまの子供、リーゼロッテの甥になりますね、が王さまとなっています。


 今の王さまは、リーゼロッテの呪いのことを祖父母や父、叔父叔母からきいていて知っています。

 このリーゼロッテが年を取らないことを知っている人が、生きているうちはいいでしょう。でもこの先、リーゼロッテにかけられた呪いのことを知らない王家一族のほうが多くなります。

「呪いの効果はぜいぜい30年。そう父も母もきょうだいも、皆、信じ込んでいた。だがあれから、もう50年は経っている」

「なのに、リーゼロッテの呪いが解ける気配はない」

「このままだとお前は11才の姿のままで、私が天に召されたあと、誰かに守られることなくひとりで生きていかなくてはならない」

 およよと、75才の第八王子さまはリーゼロッテの未来を悲観して泣き崩れました。


 やっと、リーゼロッテの現実に第八王子さまが気がついた瞬間でした。

 気がつくのがずいぶん遅い感じがしますが、とにかく何とかしなくてはと第八王子さまは動き出したのです。


「お兄さま、私のことを心配してくださり、ありがとうございます」

 リーゼロッテは、姿は11才のままですが中身はとっくの昔に大人になっていました。

 体こそは11才で乗馬もダンスも上手くできませんが、その代わり本をたくさん読んでいました。体とは裏腹に、分別を備えた立派な大人になっていたのです。

「呪いは50年前のものであれば、あのときから世界は50年先の未来となっています。探せばきっと、何か解決策が見つかるはず」

 第八王子さまとくらべて、ずいぶん前向きなリーゼロッテです。

「そうだな、何も試していないうちから諦めるのはいけない。まずは、医者に診てもらおう」

「ええ、そうですね。私、お医者様にかかるのは、生まれてはじめてです。なんだか、わくわくしますわ」

 なんと、リーゼロッテは11才から年を取らないだけでなく、極めて健康でありました。お医者さんにかかるどころか、一度も熱を出したことがなかったのです。


 そうして毎日、国中のお医者さんがリーゼロッテのもとにやってきました。

 お腹が専門のお医者さん、頭が専門のお医者さん、心臓が専門のお医者さんと、いろいろなお医者さんがやってきます。しかし、リーゼロッテの呪いの原因はわかりません。

「やっぱり呪いだから、祈禱師のような者がいいのかもしれない」

 第八王子さまは、今度は信頼できる魔術師を呼びました。

 悪い魔法使いの呪いなら最初から魔法使いを呼ぶのがいいような気がしますが、第八王子さまは悪い魔法使いと良い魔法使いの区別がつかなくて、後回しにしていたのです。

 そうそう、この50年後の世界では魔法使いは魔術師と呼ばれています。科学的に進化して名称が変わったようですね。

 魔術師もお医者さんと同じように専門化されていて、第八王子さまは彼らの専門に関係なくリーゼロッテの呪いの相談をします。しかし、これといって解呪の糸口はみえません。

「ああ、こうなったら最後の手段だ!」

 第八王子さまはもう相談できる先が思いつかなくて、王さまにお願いして、こんな高札(たかふだ)を出してもらいました。


 ――不治の病のリーゼロッテ殿下を癒したものに、彼女との婚姻を認める。腕に自信のあるものは、至急、城までこられたし。


 なんと、リーゼロッテとの結婚を餌にして、解呪者を募集したのです!

 これには、国中の学者さんや薬屋さん、薬草栽培農家に猛獣ハンター、はてさては“我はドラゴンを倒した真の勇者だ”と名乗る者までが、王家一族に仲間入りできるとあって、お城のある王都まで押しかけます。

 しかし王都に入った途端、皆が踵を返しました。王都の住人からリーゼロッテの呪いの噂をきいて、きいただけで自分の手に負えないと思ったからです。

 50年続く呪いはここでも呪いが効いていましたね。また腕自慢といっても、自己推薦では怪しいところもありますね。


 待てど暮らせどリーゼロッテのもとに、呪いを解いてくれる人は現れません。

 高札を出して、一年が経ちました。

 リーゼロッテは相変わらず11才のまま。第八王子さまはまた年を取り、少し足を悪くされてしまいました。平和な生活が続いて、王さまも王都の住人も高札をのことを忘れかけていたころでした。

 放浪の旅をするひとりの青年が、この王都に立ち寄ったのです。



 †



「へー、そんなお姫さまがいるのかい? 面白そうだから、一度会ってみたいな」

 宿屋の主人から高札のこときき、好奇心が湧いた青年はお城に向かいました。

 お城では姫さまの治癒者が現れたと、ざわめきます。

 青年は歓迎のされ具合に大いに驚きました。そうですよね、ちょっと会ってみたいって気持ちできただけでしたから。

 戸惑いながらも青年は、会うだけあってみようとリーゼロッテの住む屋敷、第八王子さまの屋敷へ案内してもらいました。


 青年が屋敷に到着すれば、リーゼロッテを元に戻してくれるかもしれないと、杖をついて第八王子さまも居室から出てこられます。

 しかし、第八王子さまは一目みて、がっかりします。

 なぜなら、そこにいる青年は髪もひげも伸ばしっぱなしで、纏う服は泥で小汚いから。しかも、まるまると太った男です。

 放浪の旅をしているといっていますが、根無し草のくせに太っちょという、変てこりんな浮浪者にしかみえません。

 また放浪して魔術を研鑽している最中ですと主張でもするかと思えば、青年はそんなこと、しません。

 すぐに追い払いたくなった第八王子さまでしたが、リーゼロッテは、

「せっかくきてくださったのですから、お庭でティーでもいただきますわ」

 と、青年のお相手を申し出たのです。

 今まで誰ひとりとして、高札の志願者はここにきませんでした。

 やってのは、この汚い男だけ。

 この容貌には我慢ならないものがあるが、リーゼロッテのいうことはもっともだ。ほんの数時間の辛抱だと、第八王子さまは茶会を許しました。


 日当たりのいいテラスで温かいティーを、ふたりはいただきました。

 季節は冬であれば、少し風が吹くと寒くなります。しっかりショールを纏っていても、心許ないです。

 ティーに添えられている菓子を、太った青年は“美味しい”“美味しい”といっては、バリバリと食べます。

 その豪快な食べ方にリーゼロッテがびっくりすると、

「みっともないところをおみせしました。僕は庶民なので、こんな美味しいものは生まれてはじめてなのです」

 と、非礼を詫びました。

 リーゼロッテとしては、この青年、今までに出会ったことのないタイプです。

 そりゃそうですよね、蝶よ花よと大事にされているリーゼロッテは貴族しか会ったことがありませんから。

 こうなると、青年の一挙一動が面白くって仕方がありません。リーゼロッテは興味の赴くままに、青年に尋ねます。

「あなたさまは、普段はどんなものを食べているのですか?」

「そうですね……」

 ここからリーゼロッテと青年の会話が、どんどん弾んでいきました。


 お城とこの屋敷しか知らないリーゼロッテは、青年の話を真剣にききます。

 青年のほうもお茶のお礼だと、リーゼロッテにせがまれるまま、放浪の旅の話をします。

 そう、このふたり、この短い間にとっても仲良しになったのです。

 時間がきて、青年はお暇することになりました。でもリーゼロッテは、もっと青年とお話ししたい。

「また明日もきてくださいますか?」

 このリーゼロッテのお願いに、ぎろりと第八王子さまが青年を睨みます。

 でもそんなこと、青年はちっとも気にしません。そして、こう約束します。

「はい。姫さまがお望みでしたら」

 こうして放浪の旅の途中の青年は、リーゼロッテのもとに通うようになったのです。


 リーゼロッテと青年の何回目のお茶会のことでしょうか?

 今日のふたりはお茶のあと、庭散策をしています。

 茶会で鳥の巣の話題が出て、その巣を探しにいこうとなったのです。

 リーゼロッテの手をひいて、青年が広い広い第八王子さまのお庭を歩いていきます。

 小山を越えて、谷を越え、小川にかかった橋を越えていく。広大な敷地のお庭にはいろいろな造形があって、普段屋敷の中にいるリーゼロッテには、ちょっとした冒険です。

 鳥の巣はあの木の幹にあるはずだ、さっき親鳥が飛んでいったからねと、青年はある岩場を指さしました。

 それは、傾斜の途中から天に向かって突き出している大岩。その下に庭木が広がっています。この岩の頂上までいけば、木の幹にある鳥の巣を見下ろすことができるのです。

「あんなに高いところ、大丈夫かしら?」

「僕がついているさ」

 そうねと、青年とともにリーゼロッテは岩場を登っていきます。

 頂上までくれば、ちょうど真下に鳥の巣があって、雛鳥と母鳥の様子を観察することができました。

「ありがとう。本の中でしか知らない世界をみせてくれて」

「いいえ。お気に召されて何よりです」

 しばらくふたりは鳥の親子を観察をしていましたが、日が陰り、冷たい風が吹いてきました。まだまだ季節は冬なのです。

「姫さま、お屋敷に戻りましょう」

「ええ、そうね。そうしましょう」

「では、お手をどうぞ」

 と、ふたりは岩場を降りはじめましたが……

 なんということでしょう!

 リーゼロッテはうっかり足を踏み外してしまいました。そのままゴロゴロと岩肌を転げ落ちていきます。

 たくさん歩いて岩にも登り、鳥の巣を観察したリーゼロッテは疲れていましたから。だって彼女は、11才の子供ですもの。

「姫さまーーー」

 リーゼロッテは自分がどうなっているのかわかりません。

 ただただ、体がどんどん青年から離れていきます。手を伸ばしても、青年には届きません。

 誰か、とめて!

 リーゼロッテがそう思った瞬間、ざぶんと大きな水音がしました。

 派手な波紋が広がります。頭の上に水面があれば、リーゼロッテは池の中にいました。大岩の下には鳥の巣だけでなく、庭木に隠れて池もあったのです。

 大急ぎで青年は岩場を駆け下りて、池に飛び込みます。

 リーゼロッテにすれば深い池でしたが、青年にすれば腰ぐらいの深さ。難なくリーゼロッテを助けることができました。


 さぁ、大変です! 王女さまが冷たい冷たい池に落ちてしまったのですから。

 冬の冷たい空気の中、氷水のような池の水を浴びたリーゼロッテを青年は屋敷まで抱き運びます。

 池に落ちたのだと召し使いにいえば、すぐにリーゼロッテの看護がはじまりました。

 助け出したときには意識のあったリーゼロッテでしたが、屋敷に戻る間にも寒さで体温が下がっていきます。ベッドに入れられたときには、もうぐったり。

 これをみた第八王子さまといったら、それはそれは怒り心頭です。

 ただでさえ印象の良くない青年でしたからね、リーゼロッテにせがまれてずっと我慢していた第八王子さまでもありました。

 寒さと着水のショックでリーゼロッテが寝込んでいる隙に、第八王子さまは青年を追い出してしまいます。

「二度とここにきてはならぬ!」

 といって。

 屋敷を放り出された青年は、どうすることもできません。第八王子さまのご立腹はごもっともと、黙って王都の宿屋へ戻りました。


 池の水がとても冷たかったのでしょうね、濡れたドレスのままで北風に吹かれてしまえば、リーゼロッテの体はベッドの中でもどんどん冷たくなるばかり。

 とにかく温めなければと暖炉にたくさんの薪が入れられます。もう部屋は、真夏かと思うくらいに。

 体温を逃さないようにとたくさんの羽根布団が被せられて、リーゼロッテのベッドは小山のようになります。

 しばらくすれば屋敷に運ばれたときよりも、少しだけ顔色がよくなってきました。

 でも、リーゼロッテは目を閉じたまま。

「もっと温めないと!」

 ホットウォーターボトルがたくさん作られて、リーゼロッテの羽根布団の中に入れられます。冷めればすぐに交換しました。

 看病の甲斐あってか、もう少しリーゼロッテの顔色がよくなります。

 でも、リーゼロッテは目を覚ましません。

「まだ足りないのかもしれない。もっと温めなければ!」

 さらに暖炉に薪がくべられて、羽根布団が被せられます。ホットウォーターボトルも増えました。

 それでも、リーゼロッテは目を覚ましません。

 そればかりか、今度は顔がどんどん赤くなっていきます。真っ赤な顔をして、うっすら汗をかいています。

「いかん! 温めすぎたようだ!」

 少しだけ暖炉の火を小さくし、羽根布団を一枚剝ぎ、ホットウォーターボトルを減らします。

 するとリーゼロッテの顔色は、落ち着くどころか急速に悪くなるではありませんか!

 慌てて暖炉も、羽根布団も、ホットウォーターボトルも元に戻します。戻せば、また赤く染まった頬のリーゼロッテに戻ります。

 血の気のない頬よりかは赤く染まった頬のほうが、なんとなく安心です。

 温めたり、冷ましたりと、とにかく顔色が悪くならないように、リーゼロッテを看病したのでした。


 第八王子さまや召し使いの見守る中で、リーゼロッテは目を覚ましました。

 そっと体を起こせば、もうリーゼロッテはすっかり元気。あんなに赤かった頬も元の淡い薔薇色です。

「あの旅の方は、どこ? 助けてくれたお礼をいいたいの」

 でも、あの青年は第八王子さまが追い出してしまったので、ここにはいません。

 リーゼロッテに頼まれて第八王子さまは王都の宿屋へ使いを出しますが、青年は旅立ったあとでした。



 †



 そうして1年が経ちました。今年もリーゼロッテの11才の誕生日がやってきました。

 いつも誕生日に新しいドレスを作るのですが、今年はいつもと違うことが起こっていました。

 なんと、リーゼロッテの背が伸びていたのです!

 そう、身長が1センチ伸びていました。

「おお、リーゼロッテ。もしかしたら、呪いがやっと解けてきたのかもしれないぞ!」

 第八王子さまは大喜びです。

 伸びた背はたったの1センチですが第八王子さまの喜ぶ顔をみると、気のせいですとリーゼロッテはいえません。

 今年の誕生日はひとつ年を足すことにします。リーゼロッテは12才になったということにしました。


 また1年が経ちました。

 今年も誕生日のドレスの採寸で、また背が伸びていることがわかりました。今年は2センチです。去年の倍です。

「リーゼロッテよ、順調に成長していて嬉しいぞ」

 と、第八王子さまはいいます。

「はい。大きくなれて嬉しいです」

 去年と合わせて3センチとなれば、背が伸びたといえるでしょう。素直にリーゼロッテは13才になったと思うことにしました。


 さらに1年が経ちました。今日は背が伸びはじめて三年目の誕生日です。

 わくわくしながら第八王子さまは、リーゼロッテの採寸を待ちます。今年は何センチ伸びただろうかと。

 この頃になると、採寸しなくてもリーゼロッテには自覚があります。

 今年は3センチ伸びておられましたという報告を受けて、第八王子さまはまたまた大喜びです。

 そう14才になったリーゼロッテは、11才から6センチ背が伸びていました。


 こうなってくると、呪いは解けたのだと確信できます。

 でも、一体どうして呪いが解けたのか?

 考えられることは、ただひとつ。三年前に旅の青年と話をして、池に落ちたことしかありません。

 それまでのリーゼロッテは第八王子さまに守られていて、屋敷の外へ出ることはめったにありませんでした。お話をするのだって、お兄さまと屋敷の召し使いぐらい。

 唯一の非日常体験は、三年前の青年との茶会しかないのです。


 リーゼロッテは考えます。

 客人とティーをいただくことだけで、呪いが解けるとは思えません。もっと劇的なことがなかったかと。

 そう、それはありました。真冬の池に落ちて、高熱を出して寝込んでしまったことが。それではないでしょうか?

 あのときは、頬が真っ赤になるくらい温めないと、すぐにリーゼロッテの体は冷えてしまいました。それでリーゼロッテが目覚めるまで1ヶ月の間、ずっと真夏のように部屋が暖められていたのです。

 もっと、リーゼロッテは考えます。

 病気になったときは、体は勝手に熱くなってその病気のもとをやっつけてしまう、そう本に書いていなかったと。

 真冬の池に落ちて高熱を出し、それによって呪いが消えたのでは?

 それまでリーゼロッテは一度も熱を出したことがありませんでしたから、大いにありえます。

 もしこの仮説が正しければ、あの青年はリーゼロッテの長年の呪いを解くきっかけを与えてくれたことになります。

 こう結論付ければ、リーゼロッテは居ても立っても居られません。

 第八王子さまにこの仮説を説明して、あの青年を探してもらうことにしました。

 ここでも第八王子さまは渋ります。だって、怒りのままに青年を追い出してしまってましたからね。

 でも、かわいい妹のいうことには逆らえません。78才になっても、やはり兄はとても妹に甘かったのです。

 そうして、再び高札が出されます。


 ――不治の病のリーゼロッテ殿下を癒したものに告ぐ。至急、城までこられたし。


 この高札に、大勢の男性が城に押しかけます。我こそはリーゼロッテ殿下を癒したものであるといって。

 そうですよね、三年前にリーゼロッテ殿下を癒したものに彼女との婚姻を認めるといったのだから。

 城にやってくる男性は、三年前の高札を覚えています。皆、リーゼロッテと結婚する気満々です。一張羅を着込んで張り切っています。三年前にやってきた青年のようなみすぼらしい姿のものは、ひとりもいません。

 三年経てばリーゼロッテの背が伸びたように、あの青年も姿が変わっているかもしれません。そう思い、リーゼロッテは全員とお話ししました。

 しかし、誰も三年前の茶会の内容を知っているものはいませんでした。


 こうしている間にも呪いの解けたリーゼロッテは順調に背が伸び、体つきも子供から大人へと変化していきます。

 しかし、あの青年は現れません。

 青年は放浪の旅をしていれば、二度とここにきてはならぬと第八王子さまに追い出れもしました。

 もう会えないかもしれないと、リーゼロッテが諦めたときでした。

 ひとりの青年が、第八王子さまの屋敷を訪問したのでした。


 その青年は、きれいに切り揃えられた短髪に、体にぴったりとあった清潔な服を着ています。服装は教師風です。ひげも剃っています。あの三年前の青年とは全然違います。またこの青年は瘦せてもいました。

「今度の客人は、なかなか知的な雰囲気の若者だな」

 と、第八王子さまの第一印象はまずまず。同時に、この来客は三年前に追い払ったあの青年ではないなと思います。

 一方のリーゼロッテは、ちょっと戸惑います。

 いま目の前にいる青年は、兄王子のいうとおり、あの三年前の青年とは正反対。でも、ずっと前からこの人を知っているような感じがする。

 三年前と同じ場所で、茶会がはじまります。

「今日、私はふたつの目的を持って、ここまで参りました」

 上品にティーを飲んでから、青年は話しはじめました。

「はい、お伺いします」

「ひとつは、このお屋敷の隅のほうで巣を作っていた鳥がいたのですが、その鳥の親子はどうなったのでしょうか? ずっと気になって仕方がありませんでした」

 それは11才のリーゼロッテが、みすぼらしい姿の旅の青年と一緒に観察した鳥の巣のことではないでしょうか?

 その鳥の親子のことは、リーゼロッテにはわかりません。

 ずっと寝込んでいたのですから、確認なんてできませんよね。第八王子さまの過保護もエスカレートして、池に落ちてから半年の間リーゼロッテは外出禁止。庭にも出してもらえない状態でもありましたから。

「鳥の親子がお庭にいて、親鳥がせっせと餌を運んだり、雛鳥がピーピー鳴いていたのは知っています。ですが、一度みただけで、そのあとどうなったのかわかりません」

 正直に知らないと、リーゼロッテは答えます。

「では、これは知っていますか?」

 と、青年は庶民の食べる料理のことを尋ねてきました。

「ええ、それは……」

 リーゼロッテは答えます。三年前に旅の青年から教えてもらったことを、口にしました。

「では、これは……」

「ええ、それは……」

 青年は11才のリーゼロッテに話したことを、質問していきます。リーゼロッテも、正確に答えていきました。

 11才のリーゼロッテにとって、外部の人間はあの旅の青年だけでした。だから三年前のことでも忘れることなく、きれいに覚えています。

 そんな問答を交わすうちに、リーゼロッテの中に懐かしい気持ちが湧きあがってきます。

 いつしか問答は別の話題となり、気がつけばふたりは三年前の茶会のように楽しんでいました。


 やがて、青年がお暇をする時間となりました。

「では姫さま、最後に謝罪をさせてください。これが私のふたつめの目的です」

 謝罪といわれて、リーゼロッテはびっくりします。だって、身に何も覚えがないのですから。

 青年はリーゼロッテの足元に跪いて、謝りました。

「三年前、私の不注意で姫さまは冷たい池の水を浴びることになりました。とんでもない失態です。申し訳ありませんでした」

 そう、この青年、今は瘦せていますが、三年前の太ったみすぼらしい旅人だったのです。

 交わす言葉の端々からリーゼロッテは“もしかしたら”と思っていました。でも青年の姿が三年前と正反対であったので、自信が持てなかったのです。

「あれから私は故郷へ戻らなくてはならなくなりました。今こうして姫さまの無事な姿を拝見でき、また呪いが解けたことを嬉しく思います。本日はあのときと同じように接してくださり、ありがとうございました。これにて失礼いたします」

 すっと青年は立ち上がると、迷いのない足取りで玄関のほうへ向かっていきます。

 青年から別れの言葉を告げられて、リーゼロッテの迷いが消えました。

「お待ちになってください、旅の方。あなたのせいで、私は11才でなくなってしまったのよ! この失態、どう責任を取るおつもり?」

 このリーゼロッテの叫びに、青年の足が止まります。

「これから私と一緒に年を取っていってちょうだい! そうでないと、……私が困るわ!」

 くるりと彼が振り返れば、一目散にリーゼロッテは青年のもとへ走り寄ったのでした。



 †



 再会から二年後、16才のリーゼロッテは、王さまの高札に従って、旅の青年と結婚しました。

 旅人はリーゼロッテの不治の病を癒したのですから、当然ですよね。

 この青年、実は五年前は学生で学術研究のために異国を旅していました。旅するうちに気になることがどんどん出てきて、興味の赴くまま、遠くの国まできてしまいました。

 予定よりも遠い所へきてしまったので、途中でお金が足りなくなり、野宿を繰り返します。あの汚い格好はこういう理由だったのです。食べ物もそうで、とにかくお腹が膨れるものばかりを食べていたら、栄養が偏ってだらしなく太ってしまったとのこと。

 リーゼロッテと出会ったのは、その学術研究の旅も終わりの頃でした。彼女のことを心配しながらも学校に帰る日がきて、王都を去ったのでした。

 そんな青年も今では学問を修めた立派な博士さま。瘦せてきちんと身だしなみを整えれば、とてもハンサムです。

 この結婚について、またもや第八王子さまが渋ります。三年前のみすぼらしい姿の青年が、いまだに兄王子さまの頭にこびりついているのです。

 しかし兄王子さまとは逆に、賢いお婿さんを一族に迎えることができたと王さまは大喜びです。青年もその期待に応えて忠臣となり、精一杯王さまに仕えました。

 もちろリーゼロッテとは、仲のいい夫婦です。ふたり仲良く、同じように年を取って暮らしたということです。



 ***



 この森の国のお話は、いかがでしたか?

 呪いに恐れることなくリーゼロッテのもとにやってきた青年は、勇気がありますね。

 青年はとても薄汚れていましたが、リーゼロッテは嫌がることなく接しました、優しいですね。

 兄王子さまはリーゼロッテを溺愛するあまり、ちょっとおかしなところがありましたね。

 高札に従って異国の青年にリーゼロッテとの結婚を認め、さらに家臣にしてしまう王さまは、寛大ですね。

 皆さんは、どう思いましたか?

 もしよかったら、わたくしアレクサンドラに、こっそり教えてくださいね。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ムーンさんから来ました。 あちらでは、しっかり者のアレクサンドラ こちらでは、優しい眼差し野中アレクサンドラ どちらの話も、それぞれの世界観が確立されていて面白く拝読しました。 [一言]…
2024/03/06 11:34 あさきゆめみし
[一言] 呪いが解けて良かったですね。 解けた瞬間一気に歳をとるみたいな展開にならなくて良かったです。
2023/04/30 17:33 退会済み
管理
[良い点] 楽しくドキドキ読めました。 家族のみんなは優しくてよかった、呪われてるでいじめられたりとか心配はしました。 良い方とも出会えたし、呪われてよかっまたのかな? 二人の子供にはなんて教えるのか…
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