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三題ばなし(少女、ビール、本)

本を読むときに酔うとどうなるかご存知だろうか?

なんともきもちの良い状態でふわふわと冬の寒い日にコタツに入っているような幸せを感じながら読めるのだろうか?

それともある日空からタライでも落ちてきてそれが脳天に直撃したときのように衝撃的な感性を持ちつつ読めるのだろうか?

それとも胃が反乱につぐ氾濫をおこし最悪な気分で最高のハッピーエンドを迎えるのであろうか?

私は答えを知らない。でも知る事は出来る。

上月亜美は、正座をしている。初体験に畏まっているといっても良い。昔部屋があまりにも女の子っぽくないと言われあわてて買いにいった赤い小さなテーブルにとともに赤い背表紙の小説が置いてある。

キッチンの冷蔵庫から毎日父親が飲んでいるビールを拝借してきた。

結露だろうか少しだけアルミ缶の表面に水滴が見える。

亜美はそれをすっと人差し指でなでるとそのまま左手で缶をつかみ右手でプルタブを引き上げた。

カシュ。

小気味の良い音と共に白い泡がもうもうと注ぎ口からあふれ出た。キレイな白い泡は空気に触れると少しづつ消えていった。

お酒に対する基礎知識ぐらいはもっているつもりだった。父親は毎日ハイになっているし、小説の中ではお酒の力で最強の拳法家になったりしている。

つまり気分の良くなる薬のようなものだ。もちろん他にも二日酔いだとか、飲みすぎると気持ち悪くなるとかは聞いていたが、どうにも体験してみないとわからない。

初体験はまだだけどお酒の初体験ぐらいは自分で済ませても大丈夫だろうと勝手に思っている。

もうシュワシュワいっていない缶のふちに鼻を近づけにおいをかいで見る。

……。

つんと鼻につく匂い、これはおそらくアルコールランプ。すでに胃が反乱を始めた気がした。

頬が火照ってくるのと共に下半身にも熱が入っていく。

確か一気に飲まないと苦いだけとかお父さんが言ってたっけ。これは本の知識ではないので確実とはいえない情報だったけれど、ここは素直に経験者の話を聞いておくことにする。

深呼吸をする、スーはースーはーさて……

ごくごくごく。カン。

……まずくね?これ不味くね?

たとえるなら給食で鼻をつまんで食べなきゃいけないものなぐらい不味くね?

うぅ……

滑り込んだ液体は冷たいはずなのに胃には明かりが灯ったように熱がちくちくとメラメラと全身に広がって行く。

まずは顔に来た。毛穴が熱を噴出。

無理無理無理無理無理無理無理無理。

無理無理無理無理無理無理無理無理。

次に重力が襲ってくる。

頭がおもい。

ぅうん……

だらりと垂れ下がった頭は机にコツンとかわいらしい音を立てた。体に力が入らない。

きもちいい……?うんそこそこ気持ちいい。

薄目を開けて赤い背表紙を見る。手を伸ばす……気がおきない。

何だこれ?なんらこれ?

いきなり思考に薄いもやがかかったみたい。私の本を読む気持ちにも頭を持ち上げようとする気持ちにも湿っぽいもやがかかっている。

私は気持ちいいということを誤解していた。気持ちいいって事は満たされているってことだ。

欲。

本を読みたいという欲が気持ちよさに殺されてしまった。

結果は見えた。でも予想とは違った。

……次は気持ちいいことを初体験してみよう。

全身を熱っぽく湿らせた少女はとろんとした目で自分の知識の底を探った。

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