6「戦いの後に」
気力も体力も限界だった。
精神は緩慢で、肉体は鈍重。
トウタもユリアも化け物を倒した体勢のまま、しばらく動けないでいた。
そうだ。魔物を倒したのだ。
充実感は無く、充足感は無く。
疲労感とも違う異物が体を満たしている。
過ぎ去った恐怖に手が震えるが、心を押し潰すのは残滓ではない。
開放感のような恐怖、絶望感のような郷愁。
見知らぬ街で路頭に迷ったかの如き疎外感が、体の奥芯を蝕んでいる。
いや、それでは物の例えになっていないか。
自分達は、法則すら違う異世界に迷い込み、見知らぬ自分になってしまっているのだと。
やっと、後悔したのだから。
「ねえ、トウタくん、この服どうしたの?」
「……え?」
急に世間話のトーンで話しかけられ、トウタは驚いてしまう。
ユリアは興味無さそうに、トウタの服の裾を詰まんでいた。
「武器庫にあったから……取り敢えず着て見たんだ…レア度はないらしかったけど……元から着ていた服よりはマシかと思って……」
「ふーん……これ、レア度……エヌよ」
「そうなんだ……分かるの?」
トウタが見た時は、レア度表示はされていなかった筈だ。
「賢者の眼鏡を掛けたら、表示されるみたいよ。外すと見えないわ」
「レア度N……僕と一緒か……」
レア度Nだったら、元の服の方がマシだったかもしれない。
そんな風に考えていると、突然トウタの胸に衝撃が走った。
「『ショックガン』」
「ぐ!!」
下から跳ね飛ばされ、トウタは草の上を転がった。
「なに……す……」
「いつまで覆い被さっているのよ」
「あ、ごめ…ん……」
爆鳴気から逃げた後、トウタはユリアと衝突し、彼女を押し倒してしまっていた。
そのまま化け物を倒した所で、2人とも動けなくなった次第である。
今更ながら小さな体と良い匂いを思い出して、トウタは顔がにやけそうになってしまった。
「それでも……ショックガンを撃つのは……酷くない?」
「酷くない」
「はい……ごめんなさい」
いや、ショックガンは化け物を殺す程の威力だ。
トウタだって無事で済む保証はないのだから、酷くなくはない気はした。
「で、これからどうするの?」
ユリアは泥を払い、服を整えながらトウタに尋ねる。
トウタもゆっくりと体を起こし、セリフのように呟いた。
「……皆を助けに行かないと」
「それが正義感からの提案なら、嫌いじゃないわ。けど、義務感からくる強迫観念なら、巻き込まないで欲しいわね」
ユリアは立ち上がり、歩き出した。
「ユリアちゃん……どこに行くの?」
「山を下りるわ。それで一番近い町を探す」
「……皆は?」
「トウタくん、別に皆を助けたいとは思ってないでしょ?」
「そんなこと……ないと思うけど……」
トウタは自信なさそうに立ち上がる。
トウタが追い付いてくるのを待ってから、ユリアは再び歩き出した。
「皆を助けたいわよ。レイカ先生を見付けた方が良いわよ。でも、そんな顔して道を選ぶ人に、着いて行きたくないの」
「僕も……そう思うよ」
トウタは何が正解かも分からぬまま、静かにユリアの後を歩くのだった。