5「初めての戦い」
どうしたらいい?どうしたらいい?どうしたらいい?どうしたらいい?
「ケイジ……ケイジくんが死んだ?」
トウタの脳内で、意味の無い台詞が駆け回る。
だって、死んだのだ。同じクラスで、席の近い男の子が。
「……」
なんて実の無い疑問。
だってやることなんて決まっている。いや、出来ることなんて、ありはしない。
「逃げ―――――――――
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
「うぐっ……!!」
氾濫する情報が、喉を詰まらせる。
圧迫する吐瀉物に混ざり、目の前を暗く汚していった。
「トウタくん、どうし……」
ユリアはトウタに駆け寄ろうとして、状況を察した。
崖の上の騒ぎに唇を噛むと、トウタの首根っこを掴んで無理矢理立たせる。
「逃げるわよ!」
「で、でも……」
「反論もないのに、口を開かないで」
ユリアは、トウタの手を引いて走り出す。
逃げるとはどこに?
「ここじゃなければ、どこでもいいから!」
ユリアはトウタを引き摺るように、山の麓を目指した。
「追ってくる……!」
「なによ、それ!?」
振り返ると、ケイジの頭を潰した化け物が、空を飛んで向かって来ていた。
「きゃ!」
点だと思った影は、瞬きの間に眼前に肉薄す。
トウタは、反射的にユリアを突き飛ばしていた。
「うわあああ!」
化け物は空中から襲い掛かり、鋭い爪でトウタを切り裂いた。
「あ……あ……」
吹き飛ばされ、地面に背中を打ち付る。
慌てて自信を言確認すると、胸当てがあっけなく引き裂かれていた。
『防具が無かったら、自分もケイジの様に弾け飛んでいた』
そんな確信が、トウタの足を鉛のように重くした。
ギャアアアアア
「あ……ぅ……」
咆哮を上げ、トウタの眼前に降り立つは、身の丈3メートル程の化け物。
炎の瞳を燃やし、トウタに突撃を仕掛ける。
「『コンセントレート』!!」
トウタが腰砕けでいると、ユリアがスキルを唱えた。
ユリアのスキルにより、化け物の進路に、空気やチリが急速に集まっていく。
「なにこれ、使い難い!」
いつものキャラと違って口が悪いユリアは、思わず自分のスキルに文句を吐き出す。
ユリアは自分の指輪に触れると、更なるスキルを発動した。
「『着火』!」
ユリアが叫ぶと、周囲一帯に轟音が響き渡った。
トウタはバランスを崩しつつも、巻き起こる爆煙から身を逃れる。
「すご……」
「ちょっと!行くわよ!」
呆けるトウタの肩を叩き、ユリアは麓の方に走っていく。
「う、うん……」
巻き上がる粉塵に咳込みながら、トウタはユリアの後を追おうとする。
けれど濃い煙の奥で、揺らめく光を見付けてしまった。
「危ない…!」
化け物の口から、強烈な光線が吐き出される。
高熱の閃光は、ユリアの頭を正確に捉えている。
「ぐあああ!!」
トウタは反射的に腕を伸ばし、吐き出されたビームの中に腕を突っ込んだ。
ビームの重さと熱さに、腕を持っていかれそうになる。
「トウタくん!?」
「逃げて!『ディレイ』!!」
スキルを唱えた瞬間、世界が不快に塗り替わる。
発動中は相変わらず動けないが、ビームから腕を引き抜こうと力を入れ続ける。
「うわ……!」
スキルが切れた瞬間、勢い余ったトウタは地面を転がっていった。
「追撃、来るわよ!」
トウタがビームを遅くしている間に、ユリアは射線から外れたらしい。
スキルを発動しながら、トウタに警告を送る。
「く、来る……!!」
ギャアアア
化け物が叫びを上げながら、トウタへと迫る。
トウタは化け物の右爪を剣で防ぐが、剣はあっさりと弾き飛ばされてしまう。
「ぐ!」
剣を握っていた右腕が捥げたかと思った。
迫るは左爪での追撃。
トウタは腕をクロスにして、爪撃を防ぐ。が、車にぶつかった様な衝撃に、ゴム毬の様に弾き飛ばされてしまう。
「行かさないわよ、『コンセントレート』!!」
追撃せんと前屈みになった化け物を、ユリアの放つレーザーが捉える。
しかし、攻撃はバリアによって防がれ、大したダメージを生み出さない。
「く…止まりなさいよ!『コンセントレート』!!」
ユリアは幾条もレーザーを撃ち続ける。
化け物はユリアの方が面倒と思ったのか。進路を変え、バリアを展開したままユリアに向かっていく。
(ユリアちゃんのスキルじゃ……攻撃は通らない?でも、さっきはもっと威力があった)
高威力の攻撃は、タメが必要なのだろうか?
見た所ユリアは、低威力のレーザーを放つことで精一杯だ。このまま攻撃を続けても、バリアを破れずに押し切られるか、体力が底をつくだろう。
かと言って、レーザーの照射を止めれば、たちまち距離を詰められることは明白だ。
(僕が……タメの時間を作るしかない……)
答えは明瞭だが、トウタは決意を躊躇った。
相手は3メートルの異形の化け物。空を飛び、ビームを撃つ人外。鋭い爪は力強く、鉄すらも簡単に引き裂くのだ。
殺される。
結果は明快だ。どうして戦うと決めることが出来るだろうか?
「ちょっと、トウタくん!早くディレイ掛けてよ!」
「は、はい!」
怖気付いていると、キレ気味の声に背を叩かれた。
「で、でも……僕のスキルは、敵に触ってないと使えないんだ……」
「じゃあ、触ってよ!」
「わ、分かりました……!」
至極真っ当に怒られて、トウタは習慣的に戦闘態勢に移る。
トウタが化け物に殴り掛かるのを確認して、ユリアはスキルを一度停止した。
風を集めて撃ち出すだけのレーザー……どちらかと言えば、ビームだが……では、化け物のバリアを抜けはしない。
もっと威力が必要だが、初手の爆発でも大したダメージを与えられなかったのが現状。
すぐに思いつき、実行できそうなものの中では、あの爆発の威力を大きく上回るのは難しい。
「可能な道を考えるのよ。出来ないことを探したって、仕方がないんだから」
ユリアのスキルは『コンセントレート(濃度変更)』。
周囲のものを集め、濃度を変更することができる。
最初の爆発は、空気と煤を集めて、指輪のスキル『着火』で火を着けた。レーザーは、風を一か所に圧縮し、細い穴から噴出させたのだ。
簡単に行えるそれらでは、化け物にダメージを与えられなかった。
ならばもっと膨大に。
なればさらに繊細に。
スキルの理解と調整が必要になってくる。
「これは使いたくなかったけど、仕方ないか」
ユリアは懐から、『賢者の眼鏡』を取り出して装着した。
世界への理解を高める視界は、ユリアのスキルが思っていたより強力である事を示していた。
「できるなら、やるしかないわよね」
ユリアは意識を集中させ、大気中に漂う物質に、自身のスキル支配を浸透させていく。
「『コンセントレート』!!」
周囲一帯から水を集め、熱が上がらないように圧縮していく。
「このまま発射しても、風よりは威力があるでしょうけど……」
水を高速で射出するウォータージェットは、ダイヤモンドをも貫けると聞いたことがある。
が、バリアに有効とは聞いたことが無い。
「より強い攻撃へ……『コンセントレート』!」
再度スキルを唱える。
今度は水を一気に拡散し、氷点下まで温度を下げる。
そのまま熱が上がらないように圧縮し、氷の槍を生み出していく。
「『コンセントレート』」
再び周囲から水を集め、氷の槍を包むように集中させる。
それは氷の槍を射出する、高威力のウォータージェット。
「これなら、貫けるかな……」
トラックの荷台位なら貫けそうだと、賢者の眼鏡には表示されている。
「私が知りたいのは、あいつを倒せるのかなんだけど」
賢者の眼鏡は知的サポートをしてくれるアイテム。らしいが、今一頼りない。
(この攻撃で倒せるのかは分からない。もっと氷槍を大きく、水を大量に集める必要があるのかも知れない)
しかし化け物と対峙するトウタが、これ以上は耐えられない様子が見て取れた。
「『ディレイ』!」
トウタがスキルを使い、化け物と共に遅くなる。
体勢を考えると、このスキルが切れたら次の攻撃は凌げないだろう。
「申し訳ないけど、合わせてね!発射!」
ならば、これ以上時間を掛けることは愚か。外すことなんて許されない。
ほぼ停止している化け物へ向けて、高硬度の氷槍が飛翔した。
耳の横を剛腕が通過する。
風切り音が脳を抉り、精神まで掻き殺されそう。
「うく……!」
化け物の小指の爪の先が擦れ、防具の切れ端が宙を舞う。
「『ディレイ』!」
繰り出された右爪を、左の手甲で払う。手甲が触れた瞬間にディレイを使い、化け物を遅くする。
ディレイの効果が切れるのは、トウタと化け物で同時。
しかし、スキルが切れる瞬間を把握しているトウタの方が、化け物より動き出しは早い。
このまま誤魔化し続ければ、時間を稼ぐことぐらいはできそうだと気が緩む。
「がは!!」
デイレイが切れた瞬間、トウタは吹き飛ばされていた。
ブレる意識が、ナニガオコッタノカと灼熱する。
「『ディレイ』!」
化け物は追撃のレーザーを放つ。
レーザーをディレイで遅らせるが、吹き飛ばされた体勢では避け切れない。
「ぐあああ!!」
直撃は避けたが、右脇腹をレーザーが抉る。
痛い痛い痛い痛い!
鮮明な痛みが、脳に自壊を選ばせる。
視界は赤に塗りたくられ、硝子の様にひび割れていく。
「死にたくない……」
化け物は羽を羽ばたかせ、トウタへと突進する。
振り上げられた右腕を目にすると、砕かれたケイジの顔が浮かぶ。
「『ディレ……」
化け物の右爪を手甲で受け止めた瞬間、トウタはスキルを発動しようとした。
だが、違和感がトウタにスキルの発動を躊躇させる。いや、ディレイ後に受けた衝撃が、トウタを怖気付かせただけだったかもしれないが。
(右を撃ち切らない?)
どうやら、トウタの臆病が功を奏したらしい。
化け物は手甲に爪が触れた瞬間に腕を引き、再度振り上げたのだ。
「フェイント……そうか、さっきもフェイントを掛けられたのか!」
スキル発動前に、化け物が手甲から腕を離したため、ディレイに巻き込むことが出来ていなかったのだ。
「く、普通より遅い攻撃なら……避けられる……!」
トウタは再度振り下ろされる右腕を掻い潜り、化け物の懐に入った。
「はあ!」
トウタは右拳を化け物の腹に叩き込む。
が、コンクリートを殴ったような感触があるばかり。効いている様子はない。
「『ディレイ』!!」
慌ててディレイを掛ける。世界がぐにゃりと気持ち悪いモノにすげ変わる。
ほぼ停止した世界で、トウタは相手の出方を考察する。
(僕の攻撃で体勢を崩した感じは無い。相手はきっと左の腕で僕を払おうとする……)
「く……!」
ディレイが解け、予想通りトウタを掴もうと迫る左腕。身を屈めて躱す。
「『ディレイ』!!」
化け物が右足を引いてトウタを蹴り飛ばそうとしているのを察知する。
トウタは化け物の左足に組み付いてスキルを発動した。
(………!!)
スキルを連続発動した反動か、強烈な頭痛と酩酊が襲い来る。
3徹したような気持ち悪さ、脳に汚物が貯まっていく感触が生まれ、情報処理速度が一気に下がった。
(はき……そう……)
スキルは処理能力を超えた駆動なのだろう。発動する度に、脳や肉体が壊れていく。
このままでは、化け物に殺されるか、自分のスキルで崩壊するのかのどちらかだろう。
それでも、トウタはスキルを使い続けるしかない。
「でぃ……『ディレイ』!」
トウタにできるのは、結果の先延ばし。
今も昔も、それだけなのだから。
「あ―――」
意識が途切れる。
スキルの発動に失敗したのだろうか?
何も見えない、何も聞こえない。突如消える現実感。
まるでテレビ画面を見ている気分で、自分を殺すであろう化け物の攻撃を眺めていた。
――無防備なトウタの脇を氷槍が通過。轟音を立てながら突き穿つ。
ギャアアアアアアアアアアアア
時が動き出したトウタが目にしたのは、右肩に氷槍が刺さり、悲鳴を上げる化け物の姿だった。
「ユリアちゃんの……攻撃?」
化け物の右腕は砕かれ、だらりと垂れ下がっている。
大きなダメージなのは確かだ。しかし、致命傷には程遠い。
(逃げても、すぐに追いつかれる……いっそ、もう一度くっついて、時間を稼ぐしかない?)
「…ぇ、聞こえてる!?逃げて!トウタ!」
再度懐に入り込もうとした途端、ユリアの切羽詰まった声が耳朶を叩いた。
「あ……」
――間に合わないと分かってしまった。
巨大な氷の槍が一瞬で凝縮される。
圧縮により、急激に温度の上昇した氷は、瞬間的に蒸発し、原子レベルに分解される。
恐らくは、爆鳴気と呼ばれる状態。
その爆鳴気も一瞬で圧縮され、温度が急上昇していく。
「う……」
450℃程度で着火された爆鳴気は、音速を超える速度で燃焼。
4000℃を超える熱と衝撃波を発生させる。
簡単に言えば大爆発を起こすのである。
ユリアの声の切迫具合から察するに、トウタが耐えられる衝撃ではないのだろう。
――死ぬ!
化け物に殺されるのではなく、調整を間違えた味方の攻撃で殺される。
最悪な未来を想像し、トウタの意識は遠のいた。
「―――」
喉が声にならない叫びを漏らし、世界はゆっくり動き出す。爆鳴気が圧縮されて熱を獲得していくのが目に入り、プラズマの解放が確認できた。
――死んだ。
そんな事実を認識した瞬間、
「きゃあ!」
「うわ!」
トウタは柔らかい何かに激突した。
何が起きたのかと混乱する間に、後頭部を掴まれる。
「頭を下げて!」
「むぐ!」
「『ショックガン』!」
ユリアの指輪から生じた衝撃が、化け物の左爪による攻撃を弾き飛ばす。
吹き飛ばされた化け物の左腕は、変な方向に折れ曲がった。
「なに……が……?」
化け物は大きな爆発に巻き込まれたかのように、無残な姿になっていた。
いや、実際に先程の大爆発に巻き込まれたのだろう。
「まだ来るの!!」
それでも止まらない。怒りに燃えた化け物は、両腕を失っても尚向かってくる。
大きな口を開け、ユリアを噛み砕かんと肉薄する。
「ユリア…ちゃん……!!」
「…っ!!」
トウタは化け物の口に、自ら右拳を突っ込んだ。
手甲がミシリと音を立てる。
機械の歯車に挟まれたように、手は引き抜けず、ゆっくりと潰れていく。
しかし逃げ場がないのは、化け物だって同じ筈だ。
「トウタくん!」
「大丈夫、『ディレイ』!!」
トウタと化け物が停止し、ユリアが息を呑む。
彼らが時の理から外れている猶予は長くない。
だからこそ、世界に残されたユリアに出来ることは1つだけ。
「決めるしかないわよね!『ショックガン』全弾解放!!」
指が砕けようが構わない。
8つの指輪に備わったスキルの全てを、化け物の体に叩き込んだ。