4「強襲」
空は厚い雲に覆われ、日の傾きすら分からない。
不気味な獣の声が方々で響き、周りの岩々を震わせていた。
トウタ達が呼び出された召喚神殿は、険しい山に建っていた。神殿と言っても参拝を目的としたものではなく、魔的な場所を抑えるための護封の意味が備わっているらしい。
山は鋭い岩々で形作られており、道も整備されておらず、下るには険しい秘境。
右手には崖のような急斜面、左手には高さ50メートルの絶壁。生徒達は崖の途中にかろうじて残っている狭道を、少々隊列を崩しながら進んでいた。
「ねえ、ちょっと相談があるんだけど」
最後方で歩くトウタ、ユウ、ケイジに声を掛けてきたのは、隊列の中程に居る筈のユリアだった。
「ど……どうしたの?」
学年で2番目、学校全体でも2番目に可愛いと言われるユリア。
話しかけられたトウタが、にわかに緊張の色を見せた。
「大事な話があるの。いいでしょ、別に?」
ユリアは、3人の後ろを歩くレイカに質問する。
「私、一応SRよ」
「まあ、いいだろう」
難しい顔を見せたレイカだったが、程なく了解を出した。
ユリアを含めた4人は、歩きながら話をする。
「言ってしまうとね。私、隊列の後ろにいたいの」
「後ろとは、ここかい?」
ユリアの提案に、ユウが戸惑いを見せる。
「そ!隊列の外」
「交代ということか?」
「交代でも、変更でも、どっちでもいいわ。私がここにいられるなら」
意見を求める様に、ユウ達はレイカの方を見る。
レイカは結論を逃がすように、視線を空に向けた。
「ただで、とは言わないわ」
ユリアはそう言うと、背負っていた布袋を開ける。
赤茶の布から現れた剣に、3人から驚きが漏れた。
立派な装飾のされた剣のレア度はSRで、付与されているスキルは『大斬撃』。
カズオも持っている、全体攻撃系の剣撃らしい。
「これをあげるわ」
「いいのか?」
「私のスキルって、ゲームで言うと魔法使いなのよ。その剣は、多分役に立たない。念のために持ってきただけ」
「ふむ……私としては、先の通りトウタくんに持っていて貰いたいのだが」
「僕は良いよ……これがあるし……」
トウタは懐からレア度Nのナイフを取り出して見せた。
ナイフを使う気はなかったが、SRの剣を渡されても困ってしまう。
「僕の能力は……ディレイだけだから…剣を持って前に行っても仕方ないよ……」
「私はフリーズだ……ケンジくんはムーブだったか」
「うん。モノを動かすスキルさ。サイコキネシスみたいに、使い易いモノじゃないっぽいけど」
「うーむ……交代は別として、使いこなせる者が剣を持つのは必要だ。どうすべきか?」
――誰も剣なんて使いこなせないよ。僕らはただの学生なんだから。
トウタが無意味な提言を飲み込んだ時、爆発と誰かの悲鳴が響いた。
「きゃあああ!!化け物よ!!」
恐怖に引き攣る女生徒の怯えの先。黒い悪魔の様な獣が、崖の上から駆け下りて来ていた。
獣は走り様に、連続して熱線を吐き出し、岩や生徒達を焼いていった。
「あ……あ……」
目にした異形は悍しく、恐怖は内臓をも鷲掴み。
隊列に響き渡る爆音は、血管すらも焼いていく。
方々から狂騒する悲鳴、鋭く精神を切り裂いて、
学友が焼ける香ばしさに、矛盾倒錯を知覚した。
「ケイジ、ムーブっていうので……化け物を移動させる事ってできないの!?」
「止まっているものか、ほぼ止まっているものしか動かせないんだ!」
「ユリアくん!剣を借りるぞ!」
混乱するトウタとケイジを尻目に、ユウはSRの剣を持って前に出る。
「『大斬撃』!」
ユウがスキルを振るう。
斬撃が崖を切り崩しながら、化け物へと向かっていった。
「……くるぞ!」
しかし、斬撃は化け物の右腕で叩き消されてしまう。
化け物は口を開けると、大きな咆哮を上げた。
「うわあ!」
「ぎゃあ!」
咆哮は隊列の真ん中に着弾し、爆発を引き起こす。
「トウタくん、頭を下げて!」
「っつ!?」
ケイジの声に反応して、トウタは身を屈めた。
さっきまで頭が在った所を、巨大な蝙蝠のような何かが引き裂いていった。
「痛ぇ!いてえ!!」
トウタへの攻撃を外した蝙蝠は、勢いのままにジュンに噛み付き、押し倒していた。
「は……放れろよ!!」
トウタは地面に転がっていた誰かの剣を拾い、蝙蝠に打ち付けた。
「硬っ!」
蝙蝠は非常に硬く、刃が全く通らない。
衝撃でコウモリは吹き飛び、ジュンからは引き剥がせたものの、ダメージを受けた様子はない。今度はトウタに襲い掛かってきた。
「『ファイヤーボール』!!」
鋭い牙がトウタに向けられた時、ジュンのスキルが蝙蝠を吹き飛ばした。
蝙蝠は苦しむような悲鳴を上げ、灰と消えていく。
「たすか……」
った、と礼を言おうとしたが、ジュンはトウタを怒鳴り付けた。
「レア度Nが、俺を助けたつもりかよ?格好付けずに、後ろに下がってろよ!」
「あ……ごめん……」
トウタは下を向き、剣の束を握りしめた。
ジュンは鼻を鳴らすと、隊列を取り囲もうとしている魔物達の迎撃に加わる。
「また来るぞ!」
カズオ達と共に化け物の相手をしているユウの声が、急斜面の上の方から降ってきた。
見ると、化け物は口を開け、再度の咆哮を放とうとしていた。
「うわ……!」
化け物の攻撃に備えようとした時、地面が大きく揺れた。
いや、崩れた。
「きゃぁ!!」
トウタが後方を見ると、足場を無くしたユリアが崖下へと落ちていくのが目に入る。
「ケイジ……ムーブを頼んだ!」
「無理だ!動いているモノは動かせない!」
「僕が止める……!」
崖は高さ50メートル。落ちれば助からないだろう。
「ユリアちゃん……!」
「え、トウタくん?」
トウタは無我夢中で飛び出し、空中でユリアの腕を掴んだ。
ユリアを引き寄せて腕の中に隠すと、スキルを発動させる。
「『ディレイ』!!」
瞬間、世界がゆっくりになり、音も皮膚感覚も消え失せる。
蟲の様な吐き気が胃の中を暴れ回り、喉を突き破る錯覚に襲われた。
「『ムーブ』!!」
ディレイが切れて、世界が正常に戻ったと思ったら、今度は無辺世界に放り出された。
物理法則を無視した速度で、トウタとユリアは斜め下に吹き飛んでいく。
痛みもなく地面に擦られながらも、異常な挙動は止まらない。
暫く大きな岩にぶつかり続け、ようやく無痛と無重力が終了した。
「助かった……?」
トウタは立ち上がり、自分達が飛んできた方向を見上げる。
崖の上では、ケイジらしき人物が覗きこんでいた。心配そうだった彼だったが、トウタとユリアが動き出したのを確認してか、ほっと胸を撫で下ろした。
そして――
「きゃああ!!」
「ケイジ!」
黒い羽根を生やした悪魔が、ケイジの顔面を破砕した。