2「強迫性の正義」
町の中心の大通り沿いに、立派な冒険者協会の建物が建っている。登録された冒険者達が、日々情報交換を行ったり、仕事を受注したりしている施設だ。
冒険者協会の本部は王都にあり、ここにあるのは幾つかある支部の内の1つ。
身一つで始められる冒険者には、荒くれ者や出自の怪しい者も多い。そう言った不逞の輩も含めて、冒険者を登録し、仕事を管理しているのが冒険者協会だ。
登録しなくても仕事が出来ない事はないが、冒険者として成り立たせるのは難しい。
この世界では魔物を倒してもお金やアイテムはドロップしないので、冒険者協会から仕事を貰って報酬を受け取るのが現実的な訳だ。
冒険者の主な仕事は、土地の調査と警備、トレジャーハント、そして神の手伝いだ。
この世界の神とは形而上の概念ではなく、実在する誰か達の事。
尤も、実物を見た者は殆どおらず、大抵は間接的に『神の御使い』と『神の使徒』の手助けをする事となる。
因みに神の御使いはレイカの体を使っている何者かで、神の使徒がトウタ達召喚された者のことを指すらしい。
そんな神の目的は、『魔王を倒す事』と言うのだから笑ってしまう。
いや、笑い事ではない。神の使徒であるトウタ達は、魔王を倒す目的を義務付けられているようなのだ。
(あの化け物を相手にした時だって、死にかけたんだ……あの化け物を使役する魔王の打倒なんて目指したら、命が幾つ在っても足りやしない……)
つまり神の使途として魔王と戦うと言う選択肢は、当然ながら却下だ。
論理に従うのであれば、トウタが持つ選択肢は3つ。
――皆と合流せず、神の使徒という事を隠して生きていく道。
――皆と合流せず、神の使徒という事を隠して帰還の方法を探す道。
――皆と合流して、神の使徒として過ごしつつ帰還を目指す道。
(皆と合流せずに…帰還の方法を探すのが現実的だよね……)
活気のある冒険者協会の待合室を眺めながら、自分に言い聞かせる。
魔王を倒すという選択肢が無いのだから、冒険者として帰還の方法を探せばいい。帰れなければ……それはそれで仕方がないではないか。
「ほら、手続き終わったわよ」
「あ……ありがとう……」
ユリアは先程から受付の窓口で書類を作成していた。
どういった手続きをしたのかは分からないが、これで冒険者として登録されたらしい。
「僕達は…何をする冒険者なの……?」
「とりあえずは町の警備かな。入ってくる魔物を追い払うの」
「……戦うの?」
「殆ど暇らしいわ。その分報酬は少ないそうだけど」
「魔物って……あんな怖い化け物でないよね?」
トウタは自分達が戦った、大きな化け物を思い出した。
「トウタくんなら、あんなのが出ても余裕でしょ?」
「思っても無い癖に……」
「あははっ……きっと大丈夫よ」
ユリアは悪戯っぽく笑うと、トウタに身分証を返した。
「いい感じに情報が集まったら、トレジャーハントとかに行きましょう」
「レアな武器とか……探す仕事だっけ?」
「そ!一攫千金よ」
ユリアはガッツポーズを見せる。
――ああ、そんな生活も良いかも知れない。
紙やすりの様にざらつく妥協を、無力に呑み込んでいく。
その時ふと、冒険者達の声が聞こえてきた。
「お前ら、神の使徒の救出作戦て参加するのか?」
「神の使徒って、捕まったのかえ?」
「知らねーのかよ!召喚直後に襲撃を受けて、全滅だってよ!」
「全滅だったら救出なんてねーよ。半分くらいやられて、残りが捕まったんだっけ?」
「うっひゃー大変なことになってんだな」
――それは大変だ、困難な道だ。
「で?救出作戦に参加するのか?」
――なら、そっちに進まなくてはいけないのだろう?
「あたぼうよ!神様の手伝いは、聖なる仕事だからな!報酬も良いし!」
「お前は報酬目的だろ。だが、俺も参加する」
「でもよ~、今回は神の御使い様も捕まったんだろ?魔人案件になるんじゃないのか~?」
「じゃあ、おめーは参加しないのかよ」
「参加はするけどよ~、神様側が負けるなんてことになったら、世界は大変なことになっちまうっていうしよ~」
「ですね……ん?」
話を聞いている内に、トウタは思わず彼らの側に近寄っていた。
自分でもなぜそんな事をしたのかは、分からなかった。
「神の使徒の救出作戦というのは……どうやったら参加できますか?」
「ちょっと、トウタくん!」
ユリアはトウタに駆け寄ると、大慌てで腕を引いた。
「それはしないんじゃなかったの?」
「ごめん……しないなんて話をしたっけ……?」
「してないけど……トウタくんが、あいつらを助ける必要ないじゃない!」
ユリアはとても怒っていた。
だから、彼女は優しい子なんだな、と。心のどこかで感謝した。
「トウタくんをイジメてた奴らじゃない」
「それは僕が悪いんだよ……僕が逃げて皆に迷惑を掛けたから……期待に応えられなかったから……」
「そんな考え方、おかしいわよ!期待するのなんて人の勝手じゃない!それが思うとおりに行かなかったからって裏切られただなんていうのは、身勝手過ぎる言い分よ!」
「ユリアちゃんだって……僕にがっかりしたでしょ?」
「…っ!」
ユリアは息を呑み、トウタの腕を離した。
強く握り過ぎていたためか、ネイルシールが剥がれかけていた。
「思い上がらないでよ……トウタくんに何が出来るのよ……」
「でも逃「逃げちゃいけないなんて、誰が言うのよ!」
ユリアはネイルシールを軽く整えると、トウタから距離を取った。
「確かに、昨日もそんなこと言ってたわよね。ワーカホリック?強迫観念?やりがい搾取?いい加減誰のための人生なのかを考えないと、拗れた人間になるわよ」
ユリアは叩きつけるように言い、トウタは何も返す事が出来ない。
ユリアは言い返してこないトウタの姿に唇を噛む。
表情を見せないまま、無言で背を向けた。
「そんな顔して道を選ぶ人に、着いて行きたくないの」
「そうだったね……」
やがてぽつりと口にして、彼女はトウタから離れていった。
取り残されたトウタは、ユリアを追うことなど出来ず、ただ拳を握りしめる。
(逃げた先には何もない……困難な道の先にしか、人生の答えは無いって……監督も言ってたんだ……)