表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/35

7「凶行」

宿屋『猫の足音』の一階部分は、色んな人が利用できる食堂になっている。

ただ、今はトウタ以外の客はおらず、明かりも半分落とされていた。


「見ない方ですね~?」

「あ……はい。旅をしてまして……もう閉店ですか?」


トウタが1人でスープを飲んでいると、同じ年くらいの女の子に声を掛けられた。

女の子は厨房から出てきたので、宿屋の関係者なのだろう。


「注文はお終いですけど、食堂はずっと開いてますよ~。ラウンジと兼用なので」


彼女は栗色の髪をツインテールにしていて、穏やかな笑みを湛えていた。

接客に馴れているのだろう。


「今の時期の旅人さんと言う事は、『神の使徒』の関連ですか~?」


女の子はトウタに近寄って、隣のテーブルの席に座った。

話半分なのか、何かしらの情報収集なのか。判断が付かなかったトウタは、曖昧に頷いた。


「殆ど……観光目的です……」

「そうなんですか?『神の使徒』関連は実入りが良いって聞いてますよ~」

「『神の使徒』って……何ですか?」

「またまた~。神様に召喚された、強い戦士さん達のことですよ。なんでも魔王を倒すとかいう」


女の子は身を乗り出して、目を輝かせる。

どうやら興味本位で話し相手が欲しい様子。トウタは話を合わせることにした。


「『神の使徒』は……王都に付く前に襲われたって、聞きましたよ?」

「なんだ~、やっぱり知ってるんじゃないですか~」


女の子は隣の席を離れ、トウタと同じテーブルに座り直した。


「襲われて、一部が魔王軍に捕まったらしいですよ。それで、神の使徒を助ける部隊が組まれるんだとか~」

「捕まった……」


トウタは心臓を握り潰される気がした。

しかし捕まったのなら、無事な人もいる筈だ。


「捕まった人数とか……詳しい状況とか分かりますか?」

「それは聞いてないですね~。でも、お客さんが、『神の代行者』も捕まっちゃったって言ってましたね」


神の代行者……レイカ先生の事だろうか?


「変なこと聞いて、すいません……『神の使徒』を助ける部隊は、誰でも参加できるんですか?」

「腕に覚えがあれば、誰でも参加できるそうですよ~。あ!勿論、冒険者協会に登録している必要がありますけど。多分明日にでも、協会で募集が掛かるんじゃないですか?」

「そうですよね……」


よく分からないが、参加は難しいのだろうか?

部隊に参加できなくても、どうにか手伝う事は出来ないかと、トウタは考え込んだ。


しかし、女の子は意外な事を口にするのだった。


「アナタが参加してくれるなら、皆きっと喜びますよ~」

「え?」

「噴水広場で凄いスキルを使ったって、皆が噂していましたよ~!」


女の子はトウタに顔を寄せ、期待の眼差しを向けた。


キラキラと輝く信頼に見詰められ――


「う……!!」


――トウタは強烈な不快感に襲われた。


「そ……それは人違いだから……」

「そうなんですか~?」


トウタは立ち上がり、席を離れる。

慌てて食器を返却口に返すと、女の子の声を背に受けながら、覚束ない足取りで部屋に戻る。


『美人の彼女さんによろしく~』なんてとんでもないことが聞こえた気がしたが。

顔が熱く、体の芯が氷の様。


張り裂ける心臓を、胸の上から拳で押さえつけた。

逆流する胃の内壁を、息を殺して押し留める事で精一杯だった。



明かりの絞られた階段を静かに登る。

動悸を必死に抑えて平常を取り繕うが、手の震えが止まらなかった。


トウタは自室の前で立ち止まり、一人呟いた。


「期待の目を見るだけでこれだ……それなのにヒーローに生まれ変わりたいなんて、思ってるんだから……救いが無いよ……」


見知らぬ女の子に、ちょっと期待を向けられた位でこの様だ。

もう既に自分は壊れてしまっているのだろう。

こんなガラクタみたいな自分に、寛容な社会などありはしない。


「この世界なら……生まれ変わらなくてもヒーローになれるんじゃ……なんて……」


そんな事を考えて、深い自己嫌悪に陥った。

ユリアに何を問われて、自分は何と返したのか。

彼女の評価が怖くて顔をそむけたのに、その考えを肯定しかねない衝動に身の毛がよだつ。


「結局……ユリアちゃんの僕の見立ての方が正しいって事に……あれ?鍵が開いてる」


鍵を開けようとしたが、既に鍵は開いていた。トウタは出る時、確かに鍵を閉めた筈だ。

ユリアが開けて外に出たのか?

一瞬そう考えたが、部屋の中に複数の気配を感じた。


(誰かが……侵入してる!)


最悪の想像に背筋が凍る。トウタは慌てて扉を開け、部屋の中に駆け込んだ。


部屋は暗く、全容が掴めない。

しかし目の前の誰かが、右拳を突き出してくるのを感じた。


「これくらい……なら!」


トウタは拳を避けると、そのまま手首を掴む。

相手の背中に腕を回して、思い切り捻り上げた。


「いたたたた!」


どこかで聞いた声が聞こえたが、その瞬間、後ろから何かで殴られた。


「ぐ……『ディレイ』!!」


トウタは痛みで、思わずスキルと唱えてしまう。

途端に周りの動きが高速になる。


「がは!!」

「ぎゃああ!腕が!!」


ディレイが解けると、トウタは1人の腕を捕まえたまま床に倒れた。右腕を掴まれていた男は、『腕が折れた』だのと騒いで、床をのたうち回っている。

トウタはと言うと、背中を何発も殴られた痛みに襲われ、息が出来なくなっていた。


(これって……ディレイ中のダメージが一気に来たの?……やっぱり使えない能力だ……)


「おら!」


床に倒れたトウタに、別の男の踏み付けが肉薄する。

すんでの所で足を避けたトウタは、起き上がり、中腰の体勢になる。


「『ディレイ』!!」


飛んできた男の右足を、スキルを発動させて止めようとする。


しかし、暗闇で目測を誤ったのか、手甲を付けていなかったからか。

相手にはディレイが掛からず、自分だけが遅くなってしまう。


(しまった……!)


相手は足を掴もうとしたトウタの腕を蹴り払い、即座に二発目の蹴りを放つ。

あの足を避けて反撃しないと!!

トウタはすぐにスキルを停止して、男に殴り掛かる。


「え?」


男はトウタを見失ったのか、蹴りが空を切る。


「はあ……!」

「うわあ!」


蹴りを外した男がたたらを踏んでいる隙に、トウタが男の横っ面を殴り付ける。

男は壁に激突し、地面に倒れた。


「おーおー、中々強いな。坊主『ファイア』」

「うわ!」


ベッドの上に3人目の男がいたらしい。

突然目の前に炎が広がり、トウタは怯んでしまう。


「こいつ!」

「しま……うぐ!」


先程殴り倒した男が立ち上がり、トウタを組み伏せた。

床に押さえ付けられたトウタは暴れるが、ベッドに居た男の厭らしい声で止められる。


「動くなよ、この子がどうなっても良いのか?」


男はトウタにナイフを見せ付け、ユリアの上に跨った。

彼は昼間に広場で絡んできた金髪で長身の男、タカだった。腕が折れたと騒いでいる男がトンビで、トウタを押さえ付けているのはワシだ。


「まあ、この子はどうにかするんだけどな、あっはっはっはっはっ」


タカは眠っているユリアにナイフを突きつける。

そして、ナイフでユリアの服のボタンを千切っていった。


「ユリアちゃん……!」

「うるせーなー小僧。騒いだって外に音は聞こえないし、ユリアちゃん?は起きねーよ」

「そんな……!」

「部屋にはサイレントのスキルを使ったし、ユリアちゃんには、これ使ってるからな」


タカは何かのカードを見せ、勝ち誇ったように笑う。


「1周り楽しんで、この子が抵抗する体力無くなったら、今度は起こして楽しむけどな。こんな可愛い女、小僧にはもったいないねー。俺達が貰っとくぜ」


タカは興奮した声で言い、トウタにカードを投げ付けた。


「『スリープ』。夢に落ちとけ。目が覚めたら全部終わって、俺達もユリアちゃんもいなくなっているからよ」

「う……く……そ……」


スキルが発動し、トウタは強烈な眠気に襲われる。

血管中を鉛が這い回り、脳が重い睡魔に溶かされるよう。


抗えぬ悪夢が躯を侵食していく。

抵抗出来ぬ深く、夢の中。トウタは何処までも沈んで行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ