4「時を戻す能力」
吹き荒ぶ風。
舞飛ぶ土塊。
「ひい!」
長身の男の足元の石畳が、風のビームで焼き切られる。
「お助けぇ!」
手下の男の目の前で、水のビームが噴水を爆砕した。
「『コンセントレート』!!」
幾条ものビームを撃ち尽くしたユリアが、再びスキルを発動させる。
壊れた噴水ら噴き上がった水が、スキルに呼応して、広場の上空に集まっていく。水は圧縮と拡散を繰り返し、どこか生物的に蠢いていた。
「爆鳴気……」
化け物の腕を吹き飛ばした現象の再現が、目の前で起きようとしている。
いや、地面から30メートル程の高さに集まっている水の量は、あの時の比ではない。
(いやいやいや……どれだけの規模の爆発になるのさ!?)
トウタは、爆発を止めさせなければとユリアを見る。
が、もう遅い。
ユリアは蠢動する気体に銃を向け、その引き金を引いていた。
撃ち放たれる弾丸は、『爆発』のスキルが付与された起爆信管。爆鳴気の真ん中に到達すると、一気にエネルギーを解放した。
「――――!!」
轟音と呼ぶもの憚られる、空気の鳴動に体が拉げる。巨大な腕に押さえ付けられる錯覚に襲われ、必死に地面にしがみ付く。
町を駆け抜けていく虎落笛が、高音で耳を切り裂いていった。
「そのまま地面に捕まってて。風が戻ってくるわ」
「ユリアちゃん…なんでこんな……」
「囲まれてるのよ、私達。一応殺傷力の低い威力にはしたわ」
「そんな……」
周りを見回すと、長身の男と似た身なりをした輩が、ちらほら見受けられた。
輩達は風に煽られながらも、武器を取り出し、トウタ達を指さしていた。
「囲まれてた訳じゃなくて……騒ぎを起こしたから、警戒されてるだけじゃないの!?あいつらの仲間じゃなくて、警察的な人達じゃない?!」
「どっちでも一緒よ。いいから!風がくるわ」
「うわ!!」
上空で威力を解放した爆発は、自身を含めて全てを吹き飛ばす。
熱も光も空気さえもだ。
爆発元は負圧となり、究極的には真空に陥る。吹き飛ばされて拡散した空気は、今度は真空に吸い込まれて、勢いよく元の場所に戻っていくのだ。
「爆弾の被害って、直接の爆発じゃなくて、戻っていく風に拠るものが多いって言われてるのよ」
「そうかもね……!僕も聞いてなければ……大怪我してたよ!」
戻る風の威力は、爆発時程強くはない。
しかし下から上に吹き戻る風は、殆どの人間が体験したことがない。その為、受け身も取れずに地面や壁に叩き付けられたり、遥か上空まで運ばれてしまったりする訳だ。
「文句はいいから、逃げるわよ!『ウインド』!」
ユリアは風が弱まるのを見計らうと、トウタを床から引き剥がす。
風のカードを発動させ、向かってくる風を相殺しながら、広場の外へと進んで行った。
「この騒ぎ……どうするの?」
トウタは青い顔で、阿鼻叫喚の広場を振り返る。ユリアは威力を抑えたと言ったが、怪我人も出る大騒ぎである。
この世界の法律は知らないが、捕まって刑罰を受けたりするのではないだろうか。
しかし、ユリアは落ち着いたものだった。
「大丈夫よ、これ付けているもの」
「なに……それ?」
いつの間にかユリアは、目より下を隠すヴェールを付けていた。
記憶を辿ってみると、彼女はスキルを使う前に、ヴェールを装備していた気がする。
「存在を認識され難くなる効果のヴェールよ。あの広場の人は、私を覚えてないわよ」
「僕は……!?」
「え?」
「え……?じゃないよ!」
つまり広場の事件は、全てトウタの責任になるらしい。
嵌められたと気付いたものの、やはり既に遅かった。
(僕の能力が、時を巻き戻すものなら良かったのに……)
トウタはそんな事を思い、惨めな気持ちになるのだった。