表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

3「暴虐広場」

町の中心に大広場があり、広場を囲むように様々な建物が建てられていた。広場は石畳で補整され、建物も数階建ての石造りで立派なものが多い。


きっとこの場所が、町に住む人にとって最も重要で、一番オシャレなポイントなのだろう。

そんな一等地の一角で、トウタとユリアは遅めの昼食を摂っていた。


2人が選んだカフェは広場側にもテーブルが並べられ、店の外で食事が出来るようになっていた。

一番店から遠いテーブルに座る2人の間には、店で買った様々なモノと共に、美味しそうな食事が並べられている。


ユリアがご機嫌斜めでなければ、優雅なランチと呼べただろう。


「思った以上に、ぼったくられたわ。あの親父、どうしてくれようかしら」

「で、でも……必要なものは揃ったんでしょ?」

「ええ。むしろ、必要ない物まで揃えさせられたわ」


ユリアは、箱に入ったトランプのようなモノを指で叩く。

箱の大きさはまさにトランプで、実際に52枚のカードが入っている。


「これ……魔法のカードなんでしょ?」

「この世界に魔法はないわ。スキルよ」


ユリアは箱からカードを1枚取り出し、トウタに絵柄を見せた。

カードには火の模様と数字の1が書かれていた。


「『ファイア』」

「うわ!」


ユリアがスキルを唱えると、カードが燃え、消えて無くなった。

ロウソクに整髪料のスプレーを吹きかけた位の炎が上がり、トウタは思わずのけぞった。


「このカードは、火、水、風、石の4種類のカードが、レベル1からレベル13まで1枚ずつ入っているわ。今のカードが火のレベル1。着火剤よりも使えないわよ。しかも使い捨て」

「あー……手品には……使えそうだね」

「皆がタネを知ってる手品なんて、誰に見せたら喜ぶのよ」


ユリアは溜息を吐き、トランプとは別のカードを掴んだ。


「短剣を7万G…700万円で売ったのよ?なのに、私達の手元に1000Gも残らないって、どういう事なの?」

「で、でも…10万円って……凄いと思うけど……」

「見知らぬ世界で、私達2人で、10万円で、どうしていくのよ!」

「ご……ごめんって!」


今にも掴み掛らんばかりのユリアの剣幕に、トウタはつい謝ってしまった。


「カードは別に安いし、いいわよ。でも、これは要らなかったでしょ!」


ユリアは、腰に下げた拳銃を抜く。

見た目はトウタの世界の拳銃に近い。しかし中身は、全くの別物だと説明された。


「魔法の弾を打ち出す拳銃だっけ……カッコいいと思うけど…」

「魔法じゃなくて、スキル!そのスキルの入った弾が、安くても1発1000Gするのよ!」

「1発で…10万円……!?」

「そ。勿論、使い捨て」


ユリアは7発装填した自動式の拳銃。トウタは5発装填した回転式の拳銃を持っている。

銃弾だけで、最低120万円するらしい。


「全部任せ切りで……ごめん……」


トウタは、先程までの出来事を思い出す。

店探しや情報収集、店主との交渉など、全てをユリアに頼っていた。自分にはもっと何かできたのではないかと、今更ながらに後悔した。

同時に、『交渉に参加した所で、どうせ役には立たなかっただろう』との自虐が心を引っ掻いていく。


「いいわよ、別に。トウタくんに、そんなこと期待していないモノ」

「……」


それ程怒りの見えない声で言うと、ユリアは拳銃をしまった。紅茶が入ったコップを口に運びながら、コップに添えた右人差し指を自分の後ろに向けた。


「トウタくんに期待してる仕事は、あれ。ちゃんと対処してね」


ユリアの後ろを窺うと、軽薄そうな男が2人、近寄ってきていた。


「……誰?」

「知らないわよ。でも、あいつら、私達が町に入った時から付けてきているわ」

「そうなの……!?」


トウタが驚いている間に2人組はユリアの傍で立ち止まり、下卑た笑みを浮かべた。

背の高い金髪男と、その手下と言う感じの小太りの男だ。


「お嬢ちゃん、ちょっと話があるんだけど、いいかい?」


長身の男は、ユリアに失礼な視線を這わせる。

彼の手には、見せ付ける様に火のレベル13のカードが握られていた。


「別に悪いようにはしねーよ。ただ、お嬢ちゃん、見ない顔だろ?少し話を聞こうってんだ」


長身の男はユリアの肩に手を置き、カードで軽く頬を叩いた。

脅す様な、嬲る様な、ねっとりとした声。

嫌そうなユリアの表情を見て、どうしてかトウタは声を上げていた。


「か、彼女から……離れて下さい!」

「なんだぁ、坊主。用があるのは、こっちの可愛いお嬢ちゃんだけだ。坊主は帰って良いぞ」


ああ、そんな道理の通らない話を聞かされる。

長身の男の身勝手な目を見て、トウタは思わず動いてしまった。


――もしかすると。相手は化け物ではなく、所詮は人間だ。

――なんて。傲慢を想ったのかも知れなかった。


「『ウインド』!」

「うわ!こいつ!」


トウタは、レベル1の風のカードを投げ付ける。カードは長身の男の持つ火のカードを弾き、そのまま風になって火のカードを吹き飛ばした。


「ひ、拾え!レベル13のカードだぞ!」

「へい!」


長身の男と手下の男は、慌てて飛ばされたカードを取りに行く。

トウタも席を離れ、ユリアを背中に隠した。


「ユリアちゃん……行こう……」

「道具を片付けるから、ちょっと相手してて」

「そ、そんな……」

「7百万円使ったのよ?」

「それは……」


関わり合いにならない事を提案するが、ユリアは取り合わない。

悠長にテーブルに広げていた道具の片づけを始めてしまった。


「だいたい、彼らに喧嘩を買ったのは、トウタくんでしょ?」

「あれは……」

「トウタくんって、そんなに好戦的だったっけ?」

「う……ごめん……ちょっと、びっくりさせようと思っただけなんだ」

「あのカードじゃ、ビックリしないって言ったでしょ」

「そうだけど……そうだね…」


トウタは諦めて、手甲を装着する。

トウタとユリアが話している内に、男達はカードを回収した様子。怒りを宿した目をトウタへと向けた。


「この野郎、バカにしやがって!目にモノ見せてやる、『ストーン』!」


長身の男が、トウタに向けてカードを投げる。カードは数メートル飛んだ後、スキルの効果で大きな岩に変化した。

大きさは冷蔵庫くらい。完全にテーブルを吹き飛ばすコースだ。

道具を片付けているユリアが、悲鳴のような声を上げた。


「ちょっと!トウタくん、止めてよ!」

「や、やってみるけど……止めるなんて無理だって!」

「じゃあ、長めに遅くして!」

「出来るか、分からないよ……」


実際あの岩が直撃したら、トウタもユリアもただでは済まない。

トウタは化け物の爪を思い出して恐怖を沈め、飛来する岩に右手で触れた。


「『ディレイ』!!」


重い重い、鉛のみたいな吐き気が込み上げる。

胃が破裂しそうな気持ち悪さを押し込め、トウタは歯を食い縛った。


(長く遅くすると言われても……どうすればいいんだ……?)


とにかく長く続けと、異常を念じ続ける。スキルの継続時間が伸びているのかは定かではないが、時間が経つにつれ、加速度的に意識が遠退いていくのを自覚した。

数日徹夜した時の様な疲労感。朦朧としていく意識に、次第に溺れていってしまう。


(あいつ…何かする気なのか?)


体感では10秒位経っている気がする。

自分以外は加速と遅延を繰り返しており、どう動いているのか正確に認識できない。


ただ、混濁する視界の端。手下の男が、短剣を取り出しているのが見えた。


(………)


自分が何を思い、何をしようとしたのかは認識できない。

結論としてはレベル1の石のカードを、手下の男に向けて投げ付けたらしかった。


「ぅ……!!」


浮遊感に似た虚脱が脳に湧き、突如として世界の音と色が戻る。

ディレイのスキルが切れたのだろう。


「おわ!?」


長身の男が放った岩はテーブルと食事を押し潰し、トウタの投げたらしい石は手下の男の短剣を叩き落としていた。

ユリアと道具、ついでにトウタは無事だ。


「あの岩を避けた!しかも、反撃だと!」


長身の男は、理解できないと恐れ戦く。

トウタが何をしたのかも分からぬまま、闇雲に自分の剣を鞘走った。


「『コンセントレート』!!」

「ひぃ!」


長身の男が構えた刀身を、ユリアが放った紅茶のレーザーが打ち抜いた。


「はぁ…はぁ…ユリアちゃん?」


トウタは、荒い息で膝をつく。

見上げた先には、食べ物でグチャグチャになったユリアの姿が。


「あー……」


岩がテーブルを壊した時に、吹き飛んだ昼食が直撃したのだろろう。


「アナタ達、許さないから!」


声を震わせる彼女の瞳からは、分別の光が消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ