プロローグ
生まれ変わったら、ヒーローになりたい。
そんなことを考える時点で、僕の人生は終わっているのだと思う。
騒がしい興奮を乗せ、観光バスは山道を進む。
今日から5日間、坂之上学園では修学旅行が行われる。空港に向かうバスの中。学生達は思い思いに熱を吐き、イベントと言う日常の拡大に盛り上がりを見せていた。
勿論、バスに乗る生徒40名の全てが、待ち受ける日常の拡大に肯定的な訳ではない。
教師側が決めた日程、惰性的な場所に連れ回されることに、意味もなく反発する者もいる。それは現実が受け入れ難いと言うだけで、積極的な日常ひいてはその延長への嫌悪ではない。
問題は自身の置き場すら分からず、逃げ方も知らず。日々を地獄に晒すしかない者だ。
カースト上位達に荷物を押し付けられ、身じろぎ一つできない彼。藤上トウタも、―-から否定された側の人間である。
2人掛けの座席が荷物で埋まり、その奥に1人の男子生徒が閉じ込められている。異常な光景を見ても、疑問に思う者すらいない。
「おい、トロタ!サビ歌えよ!」
バスの一番後ろを陣取る上位グループが、流行の歌を歌っている。周りが称賛を送る中、彼らはマイクを通してトウタに要求した。
因みにトロタとは、彼らが付けたトウタの蔑称である。
「いや、僕は……」
どうせ荷物に阻まれて、声など聞こえない筈だ。
トウタは答えるでもなく、曖昧に口ごもった。
案の定彼らは、「相変わらずトロイ」だとか「ノリが悪い」だとか言って笑っている。
「……」
一瞬集まった注目は失せ、トウタは目に入らない異物に戻る。せめて誰にも興味を持たれずに5日間を過ごせますようにと、汗臭い空気を吸い込んだ。
「遅い……」
鞄に埋まる腕を無理やり動かして、腕時計を確認する。バスの行程は2時間ほどだが、まだ十分も経っていなかった。
無限に動かない時計の針を眺める事を止め、睡眠に逃げこもうと目を瞑る事にした。
――その時だった。
「!!」
突然バスがブレーキを踏みながら蛇行し、車内に悲鳴が響き渡った。腹に響く重さが車体に突き刺さり、嫌な浮遊感に襲われる。
『トラックにぶつかったんだ』という誰かの嘆き。バスがガードレールを突き破ったのを感じた。
――死んでしまう。
迫る終焉を理解したのと、急激な落下が始まったのは同時だった。
小さな時に乗ったジェットコースターを思い出す。定められたレールと安全確認の取られた恐怖。
今にして思えば、何故あんな作り物を楽しめたのか疑問だ。
「っ…………!」
本物の死は、絶望的なまでに理不尽だ。転がり落ちるバスを止める術などない。
自身の無力を嘆く余裕もなく、
運命の暴力を払う余力もなく、
景色は急速に肥大化し、視界は炎に犯されていく。
グチャグチャに潰れる自分が脳裏をよぎり、現実感の無い現実が滲んでいく。
「う―――!」
次の瞬間、トウタは床に叩きつけられていた。
衝撃に肺が潰され、呼吸が困難になる。意識がグラグラと揺れ、鼻の奥に血の味が広がっていく。
歯が折れた錯覚を覚え、慌てて口を押えた。
「――」
痛みに混乱しながら、自分はいつ死ぬのかと疑問が湧く。
だって痛いという事は、生きているという事だ。
ふと痛み以外に意識を向けると、誰かの声がしている事に気が付いた。
「今回は20連か。Nが3人にSRが1人で、URが1人。SSR+が1人、SSRが3人と、N+が1人、残りの10人がRとR+か。悪くないがバランスが悪いな」
見知らぬ声は勝手な事を呟いていた。