邪気眼少女の極唱魔法(エクスペル)外伝 EP32『魔王業務、分担』
これは『王立迷宮学院』が開校する前のお話。
ナターシャちゃんこと私が、地道に努力しているあんまり人の見せたくない場面だ。
何故か? それは私が貴族だから。
『恵まれた生まれの者は努力や下積みの苦労をひけらかしてはならない。才能として誇るべし』
これがエンシア貴族の間にある暗黙のルールなのである。
面倒だけども日本人的な考えだったのですぐに順応できた。
まぁ、さくっと見せますか。
ではどうぞ。
◇
二月後半、春はあけぼのって欲しいと願うような閑散期。
しかし私は忙しい。バカみたいに。
だって魔王だから。
リズールに家庭教師をして貰いながら、新たにメイドとして加わったイリエスタ家の方々から魔王としての知名度を上げる活動報告を聞きつつ、職人志望の領民や新たな魔鉱夫(魔石を掘ることのみを生業とする人の総称だ)を増やすための布教・宣伝活動を開始させ。
私の力の一端を授かったおかげで、それなりに一人前の魔物になった『永久不死の迷宮』ダンジョンマスターのスラミーと、その監査・事務方である、冒険者ギルド魔法教官兼、ユリスタシア家専属職員のアーデルハイドさんから月一で送られてくる魔石の産出量報告の確認。
さらに現状、ユリスタシア家一強になりがちな異世界で、貴族の反発を防ぐために利権として生み出した魔石管理組合。いわゆる談合カルテル。
そこから上がってきた、今月分の等級別販売希望額の最終確認と承認を行って――――
「学業と魔王業を両立するのムリー! うわああああああッ!」
「我が盟主、お気を確かに。あと一月待てばマグナギアとエンシアから有望な魔導技師と宮廷貴族が派遣されます。それまで耐えましょう」
「やだ休むー! あーん!」
――ついに仕事のストレスに耐えきれなくなってベッドに飛び込んだ。
「マイロード、まだ仕事が残っていますよ?」
「分かってるけどぉ、私に重要案件が集中しすぎなんだよー! 誰かに任せられない!?」
「分業化ですか……たしかにもう必要な時期ではありますね……少しお待ちを」
リズールは思案し、こう提案を出した。
「ではまず、マイロードが生み出す利権を大まかに整理しましょう。簡素に」
「うん」
「1つ目、ダンジョン産業。自在な迷宮を生み出すことが可能で、不可能はありません。
2つ目、鉄道事業。エンシア国内に張り巡らされた鉄道網の八割はユリスタシア家が管理しています。重要な人員・物資輸送方法であり、ダンジョン産業と合わせて、我が領地の主要な収入源になっています。
3つ目、魔石の価格操作カルテル。我が領地のような純魔力物質とは行かずとも、一部の鉱山型ダンジョンではそれに近いレベルの魔石が採掘され、鉄道業に貢献しています。これらは南西の地方貴族・豪族の重要な収入源となっていて、安易に切り離すと謀反を起こしかねません。
最後の四つ目が、次元門の先に存在する『日本』という国との外交。あちらは魔力資源そのものに興味を抱いていて、ここでの貿易はエンシア王家が異世界の外貨を稼ぐ重要な手段であり、領内に王家の血族を抱えている事情もありますので、今は任せきりで良いでしょう」
多いなぁ。
「その中で一番私の負担になっているのは?」
「間違いなくダンジョンオーブの生産ですね。マイロード以外の人間にその力を授けられば、業務のスマート化が達成され、つつがない学生生活を送れるようになると具申致します」
「分かった……なら、誰か信頼できる人に創造の力を渡そうか」
「それについては一つの提案があります」
「提案? なぁに?」
ベッドでゴロンと寝返りをうち、視線だけリズールに向ける。
彼女はこう語った。
「四月開校の迷宮学院に『迷宮作成科』を導入し、関わる先生や生徒に作る権利を授けるのです」
「するとどうなるの?」
「さまざまな趣向を凝らしたダンジョンが生まれるようになります。ダンジョンの多様化ですね。永久不死の迷宮という作成基盤にあることが前提ですが、既存の考えに囚われない発想が迷宮革新を起こすかと」
「なるほど、良いね。採用」
「ありがとうございます」
「じゃあスキルで分離するね」
「え?」
私は魔王としての防御スキル『心象世界・小宇宙』の『虚有理素子解体』を流用し、『ダンジョンオーブ創造』の力だけを単離。
さらにそこから百分割することで、『使用者の魔力量に応じたダンジョンが出来上がる』ように調整した。
「はい。好きに使って」
「……もう、終わったのですか?」
「まぁこう見えて世界神を倒してるから。そのせいか半全能になっちゃってるんだよね私」
「いえ、流石は魔王だと感服しました」
「いやー、正直言って要らないよ? 何でも出来るし。まだ魔王候補名乗ってた頃の方が楽しかった」
「私にはけして分からない領域ですが……こう思いました」
「なーに?」
リズールはコホンと咳払いすると、こう言った。
「もし人生がつまらないと感じておられるなら、邪魔な力やスキルを全て分離して捨て、本当に進みたかった道を再び歩み始めるべきです。実は、魔王の称号は最強だからと与えられるわけではありません。天界とは違う高次元の意思決定体である『世界』が、その称号に見合う偉業を成し遂げたと認めて、初めて授けられるご褒美だからです」
「へぇ……つまり?」
「要らないなら捨てていい。何故なら魔王は魔法世界の王の略。ゆえに何をしても許されます」
「はえー、初めて知った」
「本来は今年の夏に教える予定でしたので」
「なら、邪魔なの全部捨てるか」
レッツ断捨離。
先ほどの防御系スキルで、神殺しをしたことで自動カンストしたLv8999分のチートステータス、元の中二病に関わらない当代魔王専用スキル、大した努力もしてないのに上がったLv10・LvExスキルなどをまとめて単離・分解し、Fランクの無色からURランクの虹色に至るまで、色とりどりの手乗りスキルオーブに変換した。
「気分はどうですか?」
「うん、ひさびさにスッキリした。ただの幼女に戻れた気がするー」
「それは良かったです。スキルオーブは売却なされますか?」
「あ、売却相手にいい人知ってるんだ。リズール、ガチャって知ってる?」
「コインを入れて当たりを引くまで続けるおみくじですよね」
あってる……のかな?
ああでも、いや、あってるかも……
「まぁそれは良いとして、あの、あれ。最近さ、変わり者のエルフさんが移住してきたじゃん?」
「はい、そう……ですね。開校前なのに、学院の魔導研究室に籠もって出てこないと噂の女性ハイエルフ」
「そうその人。あの人さ、現代日本のガチャ産業に興味持ったみたいなんだけど、試遊台を動かそうにも当たり景品が無くて困ってたと思うんだ。彼女に売ると良いよ。値段交渉は任せる」
「分かりました、そういたします」
ナターシャから生まれたスキルオーブは、全てリズールの収納魔法に入れられた。
「では勉強の続きですね」
「めんどくさーい……」
ひと悶着起こしたあとは、またしても勉強に戻るナターシャなのであった……
おしまい。