スライム、…………?
その昔、世界各国で異世界に通じるゲートが出現した。
ゲートはすぐに閉じるものから、一定期間開くものもあり、開いてる間世界間同士の行き来が可能となる。
そのため、ゲートが開いている間、異世界のモンスター、俗に言う外来種が時おりこの世界にやって来るようになった。
これを危険視した政府は秘密組織を結成。各国の選りすぐりを揃えて、日夜異世界からの外来種に備えている……。
……というのが、組織の概要らしい。
その概要を応接室の黒いソファで座りながら聞いている私は、片時もマルを手放さないように気を使っていた。というのも、この組織の方々は異世界外来種と言われる……つまりモンスターとかをかなり危険視してるみたい。
もしもうっかり手放したら捕獲されたら殺されるかもしれない。うん、絶対手放すもんか。
そもそももう半日離れてたんだもん。離したくない!
なんて思いながら、私は出された紅茶を飲む。うん、美味しい。走り回って喉乾いてたからちょうどよかった。
「以上が説明となりますが……納得はしていただけましたか。」
スーツをきて、メガネを光らせるいかにもな偉い人……斎藤さんがこちらへ声をかけてきた。さっきの説明も全部この人がしてくれたんだけど、なんでも今の話は全部外部に漏れると不味い話らしくて、こうしてお偉いさんが対応することになったらしい。
ちゃんと秘密漏洩の誓約書まで書かされたから、しっかりしてるわ。
「組織については納得しましたが、だからってマルを引き渡すわけないです」
ぎゅっとマルを抱き締めながら、私は正面に座る斎藤さんの右後ろ、私からみれば左側にたっているアーノルド君をにらんだ。彼は彼で居心地悪そうに視線をそらしていた。
あ、ちなみに装備品一式は返してあげた。持ってても仕方ないし、斎藤さんはとりあえず危害を加えないよういってくれたみたいだから。
「私にとってマルは家族です。」
例え私になついているとしても危険性がある以上監視下に置くと言う組織側の意見と、家族を引きはならせたくない私の意見は真っ向から対立してしまう。
そのため斎藤さんは、私にひとつの提案をしてくれた。
「私どもからすれば、みすみす外来種を外に出すわけにはいかない。しかしながら、そのスライムは……」
「マルです」
私は睨みながら噛みついてやる。いまの斎藤さんの発言は、愛玩動物のことを「そこの犬」とか「あの猫」とかそういう言い方でいってるのと同じで感じが悪く聞こえたからだ。
そんなことでいちいち怒るなって話なんだけど……私にとってはそんなことじゃないから。
「……失礼しました。マルはあなたにとっては家族です。それでですね……しばらくの間あなたとマル二人とも監視下におかせていただけないでしょうか。」
……はい?
私は目を点にさせた。マルと引き離せないからってわたしごとってこと? またずいぶんな強行策に出たわね……。
「もちろん、衣食住は保証いたしますし、私どもも情報漏洩の危険性もありますので。しばらく、ですのでずっとというわけではありません。我々どもも解決策を見つけますので……」
つまり双方の納得のいく解決策が見つかるまでここに缶詰ってこと……?
「お仕事の方にも手は回しておきますのでご安心ください。ただ、監視中は外部との連絡はとれません。いかがでしょうか。」
いかがでしょうかって、嫌な聞き方……いまの状況じゃ、話を飲むしかないじゃない。断ればマルがどうなるかわらないし、素直に帰してくれるとも思えない。
「……わかりました。その代わり、生活の保証はしてくれるんでしょうね?」
「それはもちろん。不自由はさせません。」
こうして私たちは一時的に身柄保護、という形の監視下におかれることになった。
ただのOLの私が秘密組織に身柄拘束なんて、笑えない。
笑えないけど、これが現実なのだ。
わたしとマルは荷物を取りに行くため、アーノルド君の監視のもと家へと一時帰宅できた。もうすっかり夜となって暗いアパートに戻るとアーノルド君を部屋の中にいれた。
今は鎧もつけてない、いたって普通の格好だけど。家の前に顔の整った美形がたたれるのは目立つ。それにたたせっぱなしも忍びないから。
大きな荷物は後日回収に来てくれるらしいから、着替えとか、生活に必要なものだけ持ってこいとのこと。
正直不安も多いけど、マルを失うよりは良い。
「あの……もう攻撃しませんから……」
荷造りをしているとアーノルド君が声をかけてきてくれた。彼の目は、私の胸元……だっこされたマルへ向けられている。
あぁ、ずっとだっこしながら作業してたからその事か。確かにこうずっとだっこしてたら、疑ってると思われるか。
アーノルド君は装備品は立派だけど、いわゆる優男だ。押しに弱く、女性の尻にしかれそうなタイプ。
マルと同じく異世界からきたという青年。純粋に興味はあるけど、今は自分の身を心配しないとね。
こうして私たちは荷造りを終えると不安を抱えながら部屋を出た。
でもこのときは知らなかった。
この部屋に……もう帰ってこないことを。