スライム、撃退する1
それは風子が寝静まった頃。風子の大きな胸の上で眠っていたマルは目を覚ました。
風子は知らない。いつも帰り際につけられていたことを。
そのつけていた相手が、自分ではなくマルを追いかけてきたことを。
マルはするりと、布団からでる。決して飼い主を起こさないように。
そうしてこの部屋に来たときと同じように、窓の隙間から少しずつ外へと出ていく。骨の無い液状の体は少しのすきまでも通り抜けることができた。
そう、マルがこの部屋に来たのはたまたまだったが、決して窓の開けっぱなしが原因ではなかったのだ。
そして外に出ると、マルは真っ先に街頭の下へ目を凝らす。
そこにはスーツを来た二人組が、何やら会話をしていた。
マルは自分の体の色を変え、できる限り外の風景と同化しながら、二人の様子を探る。こちらに敵意はないようだが、明らかに監視している雰囲気だった。
マルはベランダから木を伝って降りると、二人組の近くまでやって来た。しかし二人とも、マルには気づいていない。
この暗闇で、透明の物体を目視するのは相当難しいことだからだ。
「先輩、ほんとにあんなぼろアパートにいるんですか?」
「さぁな。目撃情報がこの辺りで消えてるんだ。アパートのどこかにいるのはまちがいねぇよ。」
二人組は男女のバディーだった。顔立ちのいい黒髪を耳上でカットした男性は、口を尖らせる茶毛をポニーテールにした女性をたしなめていた。
「ただのスライムですよねぇ。ほっとく……わけにもいきませんよねぇ。」
「ただのスライムでも、一般人からすれば驚異だからな。早めに駆除を……」
駆除。
その言葉を聞いた瞬間に、マルのなかで二人組は敵と認識された。
マルはこの生活が好きだ。
飼い主の風子は優しくて、自分に愛情を注いでくれる。
最弱モンスターとして狩られるだけの存在だった自分に、だ。
それにどれ程救われたか。
だからこんなところで、死にたくない。
その強い思いが、マルへ大きな変化を与えた。
マルの頭のなかで声が響く。それはきっと、神様がくれた贈り物なのだろう。
主人を、守れと
「それにしても出てこねぇな。おい、一旦お前だけでも休憩にいけよ。」
男は双眼鏡を覗き後輩の女に声をかけた。しかし、いつもならはーい、と決して先輩に言うような礼儀ある台詞とは思えない返事があるはずだが、今日はない。
男は不振に思い双眼鏡を外し……そこで宙に浮いた後輩を見つけた。
頭の半分を、マルに食われて窒息しかかっている後輩を、だ。マルの丸いボディは変形し、体の半分で女性の頭を食いあげていた。
「なっ!!」
マルはすぐに女を吐き出すと、続いて男の顔をばくりと飲み込んだ。これにより、男は息をすることができないどころか、液体のマルの体をさわることができずじたばたと暴れだした。
そうして男もまた気絶するとマルは男を吐き出した。このときマルは、男たちの記憶も食べていた。
食べる
そう、それがマルの能力だった。たったそれだけの能力。決して、強いわけではない。
しかしこの事を風子は知らない。
自分が飼っているスライムが、夜な夜な自分達の生活を守ってくれていたことを……。
マルは倒れた二人を壁にもたれさせた。これで車に引かれることもないだろう。マルは知っている、人間は脆く壊れやすいことを。そして風子は、自分に人殺しをさせたくないであろうことを。
マルは来た道を戻る。ゆっくり時間をかけて、気づかれないように部屋に戻るとまた風子の眠る布団にもぐる。
「んん……」
むにゃむにゃと風子は寝返りを打つ。そして横に向いた手がマルに触れると、そのままマルを抱き締めたのだ。
「マルゥ……」
すやすや眠る主人に抱かれて、スライムも寝息をたてる。何事もなかったように。
こうして、今日も平和に一日が終わったのだった。