スライム、手当てする
ご飯を食べたら洗い物。これは定番よね。
黒ずみが残るフライパンやら使った包丁をまとめて桶にどぼんしていたため、桶のお水は汚れていた。
「さーて、洗い物洗い物!」
さすがに洗剤やら、科学薬品しか出ない洗い物にマルをつれていくのは憚られる。そのためテレビをつけてマルの注意をそらしてみた。
結果は上々。マルはテレビにかじりついていた。……見てる番組は子供向けのアニメだけど。意味を理解してるかは怪しい。
さて、やりますか洗い物!
……と意気込んだのはいいんだけど……あれ、この流れまたか。
こびりついた黒こげがまぁ落ちない!
めちゃくちゃ擦るけど落ちない!
洗剤つけまくるけど落ちない!
なにやっても落ちない!!
……10分くらい格闘してようやくすこし落ちたけど、ほんと頑固汚れ……。
世の主婦様はこれと格闘してるのか……ほんとすごい。
次から桶に洗剤をいれてからぶっ混むことにしよう、うん。
なんてのんきに考え事なんてしてたらかなんだと思う。注意力が散漫になって……
「いたっ!」
洗っていた包丁を滑らせて見事に手を切っちゃった。手のひらに赤い線がにじみ出てくる。
うぅ……こんな初歩的なミスするって、私本当に料理下手というか、不器用だなぁ。
ぷるん!!
私の声に驚いたマルが部屋から出てきた。そして私の手の傷を見るなり
ぽよーーん!ぽよんぽよーん!
すぐさまキッチンまで上がってくると体全身を跳び跳ねさせた。たぶん、ビックリしたってことなんだろうな。
と、そこまではよかった。
バクン!
………ん?
手になんだかねっとりとした感触を感じた。それも怪我をした方の手からだ。
ゆっくりと、手の方へと手を向けた。
そこには……
なんと私の手を食べてるマルがいた。そう、私の手はマルと合体していたのだ!
…………
えーーーー!?
何がなんだかわからずフリーズしていると、更に理解不能な出来事が起こる。
じゅわぁ
マルが物を食べるときみたいに、私の傷がみるみるうちに溶け出していく。
例えるなら、入浴剤が溶ける感じににている。ものの数秒で傷が塞がると、ロケットパンチできそうなフォルムが解除され、マルはキッチンに降り立った。
手をグーパー握る。
うん、どこも溶けてない。
手も普通に動く。
でもあんなにざっくり切った傷だけはきれいになくなっている。
……なんだこのミステリーは!!
いやスライム飼ってる時点でファンタジーだけど、こんな一瞬で傷がなくなるなんて非科学にもほどがあるじゃん!
スライムはほら、理科の実験で作るけど! こんな超速再生みたいなのどこの科学にも存在しないよ!!
ぷるん!!
えっへん! と自信満々なマル。
もしかして……。
「私が怪我したから治してくれたの?」
ぽよーん!
マルは大きく跳び跳ねた。それが肯定の合図とわかると、驚きよりも嬉しさが込み上げてきた。
例えオフィスで指を切っても、きっと誰も手当てなんてしてくれないだろう。ましてや、心配なんて……迷惑がられるだけだ。
それをマルは、驚いてくれて、手当てまでしてくれた。手当ての方法にはビックリしたけど、マルなりの優しさでやってくれたことだったんだ。
これって、すごく嬉しいことじゃない。
「ありがとう、マル!」
私はたまらず嬉しくなってマルを抱き締めた。ちょっと焦げた色をしたマル、ひんやりしていてつるつるする。
ぷるん
思いっきり抱き締めたら、絞めたぶんだけのびちゃって真ん丸が楕円形になっちゃったので、慌てて離してあげる。
マルが来て数日しかたってないけど、この子のお陰でどれだけ心が救われたか。
忙殺されて、心にゆとりもなく、一人孤独だった。
それを助けてくれたのは、間違いなくこの子だ。
ありがとう
何度だって伝えたくなる。
こんなにかわいい子が来てくれるなんて、神様には感謝だ。
こうして傷もきれいに治ったことだし、洗い物の続きを……とおもったら……
マルがフライパンやら食器やらを食べてた。
………………。
って、ちょっとおぉお!?
ぺっ
吐き出させようとしたら、先に吐き出された。
「マル!? 洗剤ついてたのよ!?」
様子をうかがうが、気分を悪くはしてなさそう。いたって元気に跳び跳ねていた。
……スライムって化学物質大丈夫なの……? いやそもそも、何でできてるかわからないから有害なのかどうかもわからないけど、こういう洗剤って大抵の生物には有害よね?
大丈夫な様子を確認してから、続いてフライパンを確認。うん、こっちも綺麗なまま。かけたりしてな……ん?
あれ、なんかきれいすぎるような……。
急ぎマルを見ると、マルがまた一段と黒くなっていた。
まさか……焦げや汚れを食べたの!?
「もぉ、マル! 何でもかんでも食べないの!」
なんて怒っているけど、私は大笑いしていた。だって黒くなったマルが、ガングロに見えたんだもん。
ぷるん?
マルは不思議そうに胴を傾けたけど、私の笑いはしばらく収まらなかったのでした。