残念すぎる残念会
「今日はお疲れさまでした! ファンタズマが消えちゃって、残念だったし! ここにリコ・パーティーの第1回残念会を開催するのだ! では、みなさん! グラスを取って──、乾杯!」
満面の笑みで、リコが乾杯の音頭を取った。
ソリタリオ分家の応接間には料理と酒が並んでいる。
ファンタズマを捕らえられなかった残念会が始まったのだ。
リコが帝都の追放市民解除するためには、方法が三つある。
それは次のとおりだ。
① 魔王の討伐
② 禁書の発見
③ お尋ね者の捕縛連行もしくは殺害
①は皇帝が魔王を天空に追いやったので、ほぼ不可能だ。
②については禁書がどういう物かわからないので、実質無理。
③は、お尋ね者を捕縛連行するか殺害すればポイントがもらえる。
10ポイント貯めれば、追放市民は解除してもらえるのだ。
ファンタズマは死んだのだが、死体がないので証拠がない。なので、今回は1ポイントもリコはもらえない。
それなのに当人はご機嫌で、グラスを傾けている。
「残念だったな、リコ! しかし、S特級ランクのお尋ね者はまだまだいるから安心しろ。愛剣メテオラの封印も解けたから、今後は楽勝だぞ!」
ブラスカさんが剣を颯爽と抜き、天井向けて突き上げた。
「僕、結構頑張ったのにな……」
マジアはかなり残念そうで、何だかお疲れ気味だ。
魔術式、魔具の準備で大変そうだったもんな。
今回の最大の功労者はマジアだろう。
「エイジも今日はご苦労だったし!」
リコが横に来て、俺をねぎらう。
お前、何で、主催者みたいに偉そうなん……?
「まあ、俺なんて大したことしてないけど、お前は幻獣退治で方位魔術が役に立ったよな」
「むっふー! リコの方位魔術は世界一だし!」
方位魔術を誉めると、botみたいに定型文返すよな、こいつ……。
まあ、いいけど……。
「ねえ、エイジ、お願いがあるのだ……」
リコが甘えた声で、俺の腕に手を絡めてくる。
きっと、次のミッション協力のお願いだろう。
「何だ、リコ? 次ももちろん協力するぜ! 日本に早く帰りたいからな」
リコが俺を見上げて、小さな白い歯を見せて微笑んだ。
「お城にリコのパンツ置いてきちゃったから、明日エイジが取ってきて」
「はあ? こんなパンツ要らない、ってお前が捨てたんだろ?」
「リコ、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ。パンツくらい買い直せよ!」
「あれはリコの勝負パンツなのだ。だから、お願いね!」
言いたいことだけ言って、リコは去って行った。
勝負パンツって……。
まあ、確かにファンタズマとの勝負だったけどな。
でも、お漏らしパンツだしなあ……。気が進まねえ……。
「エイジ、今日はお疲れ様!」
今度はブラスカさんがやって来た。
ブラスカさんは、今は淡い青色のドレスを着ている。
女性らしい格好をしていると、憧れの遼子先輩と見間違えそうだ。
「ブラスカさん、そういえばファンタズマが皇帝を重魔術で封印しているみたいなことを言ってたような気がするんですけど、どういうことでしょう?」
「ファンタズマがそんなことを? うーん……。宮廷でもそんな話を聞いたような気もするが、奴の戯言だろう」
「皇帝って、どんな人なんですか?」
「ソロ皇帝陛下は、魔王をも討伐するほどの剣士であり、帝国の皆から愛されている素晴らしい為政者だな」
「へえ、すごい人物なんですね。じゃあ、近衛騎士団にいたブラスカさんは、どうしてお尋ね者になってるんですか?」
「それはだな……。皇帝陛下がいかに立派でも、その下にいるのは出世欲にまみれた大臣や官僚ばかりだからな。私はそいつらの計略に巻きこまれたんだ……」
うーん、俺の元いた世界と同じだな……。
「ブラスカさんは近衛騎士団に戻りたいんでしょ?」
「ああ……。そんなことを考えた頃もあったが、今はそれほどでもないかな……」
ブラスカさんが頬を掻く。どこか遠慮しているような感じだ。
本当は近衛騎士団に戻りたいんだな。
今はお尋ね者の身だから、気が引けるんだろう。
「まあ、今日はお疲れ様だ! エイジ、じゃんじゃん食え! わはは!」
ブラスカさんが必要以上に強く俺の背を叩く。
「ブラスカさん、俺ができることなら協力しますから。何でも言ってください」
「ありがとう、エイジ。ああ、それから……」
「何です? ブラスカさん」
「そのブラスカさんは、もうやめてくれないか。私たちは戦闘を共にした仲間だ。今後は私のことはブラスカと呼び捨ててくれ」
「いいんですか?」
「他人行儀はよそう。わはは! ファンタズマを倒したら、私のことをもてあそんでいいと言ったよな。名前を呼び捨てにして、思う存分いたぶるがいい!」
「いや、そっちは遠慮しておきますよ。ブラスカさん……じゃない、ブラスカ」
「敬語もいいから。今後注意すること!」
ブラスカさん……じゃなくて、ブラスカが新しいグラスを取って、リコの所へ行った。
マジアはソリタリオ分家の当主と話している。当主は獣人ではなく、普通の人間だ。
泊めてもらっているお礼をしとかないと──。
「この方が異世界人の射魔エイジ君だね。ようこそ、ソリタリオ家へ。私が当主のメルカンティ・ソリタリオです。パルテンツァ家当主の対応に追われていたもので、挨拶が遅れて申し訳ない」
当主は美しい白髪オールバックの優しそうなおじさんだった。
物腰が丁寧で、スーツのような正装も決まっており、いかにも経営者という雰囲気がする。
「今回は突然お邪魔しちゃって、どうもご迷惑をおかけします」
敬語は苦手なので、ちょい緊張するな……。
「ははは、『錯乱の扉』をくぐってやって来たガイア人なんて、生きている間にお目にかかれるとは思ってなかったよ。だが……、こうやって目の当たりにすると、私たちと何ら変わらないね」
「おじ様、そうですよね。僕もそう思いました」
「マジア、お前も射魔君から異世界のことをしっかり学びなさい。私たちが見たこともない世界から来たのだから、きっと商売に役立つことがあるだろう」
プチプチ農園の経営者なだけあって、さすが、商売人だな。この、当主は。
異世界人も商売のネタにしようとしてる。成功者というのはこうなんだな。
「おじ様、ところで、ミラジオのギルドに行けば、お尋ね者について調べられますよね?」
「ああ、調べられるとも。マジア、お前、お尋ね者なんて調べて、どうするんだ?」
「いや……、今各地を巡ってるから、お尋ね者には注意しないといけないんですよ」
「そうだな。商売人は用心が何よりも大事だからな。いい心がけだ」
「射魔君、もう少し君と話したいところだが、仕事が残っていてね。じゃあ、私は行くから、ゆっくり楽しんでくれたまえ」
当主が応接間から出て行く。
いい感じの人だな。礼儀正しいところはマジアに通ずるものがある。
「マジア、じゃあ、明日はギルドだな。俺、その前に城に置いてきたリコのパンツを取りに行くから」
「えっ? リコのパンツ?」
「ああ、ちょっと事情があって、リコが城に脱ぎ捨ててきたんだ」
そう言うと、マジアがドン引きの表情で、俺のことを凝視した。
「何だ? どうしたよ、マジア? そんな顔してさ……」
そう尋ねると、俺を無視して、マジアが小声でつぶやき始めた。
「……エイジさん、幼女の使用済みパンツを収集する趣味があるなんて……。しかも他人に隠しもせず……。ちょっと今後は気を付けないと……」
「マジア! 聞こえとるわ!! 俺にそんな趣味ねえし!! リコから頼まれたんだよ!!」
くそっ! 新しいのを買い直すことにしときゃ良かったぜ……。
マジアに妙な誤解をされて、俺にとってはすこぶる残念な残念会となった。